さまざまな診療科の中で、外科は「職人技」がモノをいう世界。技術は医局の先輩から受け継がれ、育成過程は「徒弟制度」と表現されることもありました。“修業”の厳しさから外科医志望者が減少し、社会問題として話題になりました。時代に合わせて変わる医局の姿をリポートするシリーズ第2回は、症例数を増やすことで好循環を生み出し、医局を変えようと奮闘している近畿大学医学部心臓血管学教室教授の坂口元一先生と、准教授の岡本一真先生のお話です。
坂口先生:着任してまず手を付けたのが、手術数を増やすことです。
何をしたかというと、近隣の開業医の先生への“営業”です。手術が終わってから地域連携の担当者と一緒にアポなしで“飛び込み営業”をかけ、外来の診察室に行っては名刺を配っていました。着任から数カ月の間に200カ所ぐらい回り、循環器疾患は何でも近畿大学に紹介してください、とお願いしました。
たとえば胸部大動脈瘤(どうみゃくりゅう)など大動脈(心臓から全身に向けて血液を送り出す太い血管)の病気の患者さんは、ガイドラインに照らすと手術による治療が推奨されるレベルまで悪化していても、リスクが高いので躊躇(ちゅうちょ)している症例がどこの病院にもたくさんあります。そういう手術もどんどん手掛けました。一度始めると「近畿大学なら手術ができる」ということで、いろいろな医療機関から紹介が来るようになりました。
救急患者を断らないということも続けてきました。大学病院というところは難しくて、ICUや手術室の看護師さんなどから猛反対が出ることもあるのですが、近畿大学では非常に手術がやりやすい環境にあることにも助けられています。
そのようなことをやって、着任から2年で手術数を増やしてきました。たとえばTAVI(経カテーテル的大動脈弁植込み術:カテーテルという細い管を心臓まで送り込み、機能の衰えた大動脈弁を人工弁に置き換える手術。傷口が小さく人工心肺も使用しないため、患者の体への負担が小さい治療法)の症例数は約3倍に増えました。
さらに、明石医療センター心臓血管低侵襲治療センター長の岡本一真先生を准教授として招きました。岡本先生はTAVIやMICS(低侵襲心臓外科手術:胸骨を切らずに小さな切開で内視鏡を使って行う心臓手術)を自ら手掛けてきており、着任以降そうした低侵襲手術が増えています。
岡本先生の手術を見るのは、医局員にとって勉強になるはずです。それに加えて情報収集力・発信力があります。それは、これまで近畿大学心臓血管外科になかったものなので、そこにも期待しています。
岡本先生:僧帽弁閉鎖不全症(左心房と左心室の間で血液の逆流を防ぐ弁がうまく閉じなくなる病気)の治療で、新しく出てきた「MitraClip(マイトラクリップ)」という修復術があり、日本でも多くの施設で実施されるようになっています。そうした新しい術式は慣例として、兵庫県だとまず神戸市立医療センター中央市民病院が最初に手掛け、次に神戸大学医学部附属病院がやった後でなければ、そのほかの病院ではできない、というようなことがあります。小さい病院にいるとそうした後塵を拝するということもあり、忸怩(じくじ)たる思いでいました。
大学病院でなければできない治療というのが絶対にあると考えていたときに坂口先生から声がかかり、一緒にやったら今とは違うものが見えるかもしれないと思いました。
MICSは坂口先生もやっていましたし、僕が来たからすぐに変わるということはないでしょうが、孤軍奮闘するよりも2人でやったほうがインパクトもより大きくなると思っています。
患者さんを前にして「あの病院ならできる治療が、この病院にいるからできない」ということがあっていいのかと思っています。近畿大学なら、その患者さんに適した治療ができる素地があります。
外科医には、多くの施設で行われている治療をたくさん手掛けることに幸せを感じる人もいれば、新しいものに取り組んで後に続く人のために道筋をつけることに喜びを感じる人もいます。僕は、新しいものに取り組んでより安全な形で引き継ぐのが楽しいので、それができる近畿大学が合っていると思います。
坂口先生:医局の目指す方向としては、手術が生きがいというタイプの人に楽しんでもらえるような雰囲気を作りたいと思っています。
どんな緊急の患者さんでも、スムーズに手術ができる雰囲気を作っています。手術が難しいとされる大動脈解離などの患者さんでも、当直医との2人でスムーズにできるようになれば、難しい症例の患者さんが来ても皆やってくれるでしょう。
実際、大動脈解離の患者さんが増えて医局員も手術がスムーズに終わるようになってきました。人工心肺をどう回すかなどのシステムをしっかり作っておけば、血管を縫ったりするのは難しいわけではありません。
症例数があるからこそシステムが作れて、やり方を統一できるというところがあります。
岡本先生:緊急の症例に関しては、基本的に当直医が執刀医になるのがルールです。大動脈解離のような手術だと、(立場が)上から2、3人しか手術できず、当直医はサポート、助手と術後管理のみということも多いのですが、ここでは皆が術者になるというシステムになっていて、技術を磨くことができます。
坂口先生:そのような形で、これまでは症例数を増やすことに腐心して、学術は後回しにしてきた部分がありました。
ただ、臨床症例が集まってきたら学術は後からついてきます。症例の少ないところには共同研究の話も来ません。症例数は増やしましたが、データとしてまとめてこなかったので、岡本先生にデータベースを作ってもらって、それを基に臨床研究をしてもらおうと思っています。
大学病院の役割として、アカデミックサージャン(学術志向の外科医)を育てるのも1つの使命です。その部分のモチベーションを高めていけるような策も、これから打っていきます。
岡本先生:実はここに来るまで、近畿大学で植込み型補助人工心臓、小児先天性心疾患、ロボットなど、さまざまな手術をやっているということをまったく知りませんでした。アピール不足はあったと思います。それを変えていけば、どんどん人は集まってくると思っています。
坂口先生:大学医局は「1度入るとそこに縛り付けられる」というイメージがあるかもしれませんが、近畿大学心臓血管外科も循環器内科も、出入り自由と言っています。1年か2年の通過点として過ごすのでも構いません。
修練の場として利用した後で地元に帰って就職することがあってもいいし、少ないながら関連病院もあるのでそこで活躍するチャンスもあります。決まったルートはないので、皆さんがイメージする“医局”とは違う、それぞれの将来像に合わせた使い方が、ここにはあるということをアピールしたいです。
今、医局員が8人(2021年6月時点)で、日本の医局では平均的な規模です。京都大学や大阪大学のように何十もの関連病院と100人規模の医局員を抱えるところとは違う世界です。ここで症例数を増やし、人を増やし、関連病院を広げてレベルを上げていく。それが今のメインの仕事と心得ています。
さらに症例数を増やし、学術もやっていけば自然と人も集まってくるでしょう。ハードウエアはそろっていますし、ポテンシャルもあるので、これからは内容、症例数で関西ナンバー1を目指します。
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