連載慢性期医療の今、未来

食支援のプロが語る「口から食べること」の大切さ

公開日

2021年05月21日

更新日

2021年05月21日

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2021年05月21日

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病気やけがなどの理由で口から食べることが難しくなった場合、胃などに直接栄養や水を取り込む「人工栄養(経管栄養)」を選択することがあります。現状の医療・介護の現場では、口から食べたいという本人やご家族の願いがかなわず、人工栄養となるケースも少なくありません。「口から食べることは生命を育む根幹」と話す看護師の小山珠美さんは、2013年にNPO法人口から食べる幸せを守る会を発足し、啓発活動や研修などを続けています。小山さんに、口から食べることの重要性についてお話を伺いました。

※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。

「口から食べること」の重要性

生物が生命を維持するうえで栄養・水分の摂取は必須であり、食べることが身体的に必要であることは自明です。口から食べることによる体の変化は多彩で、たとえば、五感を使うことによる脳の活性化、唾液の分泌の促進、胃腸で消化・吸収を行うことによる蠕動(ぜんどう)運動の誘発などが起こります。

それらに加えて、人間の場合はおいしく・楽しく食べることで心が満たされたり、日々の活力を得られたりしますよね。つまり、食べることは生命維持だけでなく精神的にも必要なのです。さらに、私たちは食事を通じて人と交流したり、関係を構築したりして社会生活を営んでいます。これは人間にとって食べることが社会的にも必要であることの証です。

もし口から固形物を食べられなければ、とろみのついたゼリー食などで栄養・水分を取ることはできますが、心は十分に満たされないでしょうし、食事を介した社会生活にも支障をきたします。口から食べることは、人間にとって身体的・精神的・社会的に必要なものであり、ひいては私たちの魂にも通ずるたいへん重要なものといえるでしょう。

写真:PIXTA
写真:PIXTA

口から食べられないとどうなってしまうの?

口から食べられなくなると、さまざまな影響が出ます。まず食べ物を目で見て匂いをかぎ、音を聞き、手を使って味を感じる行為が制限され、五感を含めた脳機能が低下します。

また、口の開閉や舌の動きが減ることで、唾液の分泌量も減少し、咀嚼(そしゃく)嚥下(えんげ)機能が低下するなどします。健康な成人では咀嚼や会話などで1日1.0〜1.5Lほどの唾液が分泌されますが、それが大幅に減ってしまうのです。唾液の成分の99%以上は水分ですが、消化・抗菌・免疫などのはたらきを持つ重要な体液です。そのため、唾液の分泌量が低下すると口腔(こうくう)内が乾燥し、細菌の温床になり、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)(細菌を含んだ唾液や食べ物などが気管に入り、感染を引き起こす肺炎)のリスクが高くなります。

静脈栄養(血管に直接水分や栄養を入れる)や胃・腸へ直接栄養を送る「人工栄養」のみを長期的に行う場合、胃や腸など消化管が本来のはたらきをしなくなり、脳機能はさらに低下します。また、排泄(はいせつ)機能も低下して便秘やイレウス(腸閉塞(ちょうへいそく))を起こすことがあります。このように、人工栄養を長期間にわたって続けることで元々問題のなかった体の機能まで衰え、廃用症候群(体を動かさないことよって引き起こされる二次的な障害)に陥る可能性があるため、注意が必要です。

そのほかにも、おいしく・楽しく食べる機会を喪失することで慢性的なうつ状態になったり、生活全般での意欲低下を引き起こしたりします。このように、口から食べられないことによる影響は多岐にわたるのです。

若い方や子どもでも経口摂取が困難になる場合も

高齢になると、嚥下機能が低下し、自分で口から食べられなくなり人工栄養の問題に直面する可能性があります。たとえば、加齢に伴う筋肉量や運動機能の低下、歯の喪失や舌の筋肉の萎縮など口腔トラブル、脳が器質的・機能的にダメージを受けて進行する認知症、あるいは脳卒中やがんなどの病気といったように、さまざまなことが誘因となるのです。

ただし、口から食べられなくなる可能性があるのは高齢の方だけではありません。若年の方や子どもであっても、何らかの病気やけがで口から食べることが難しくなる可能性があるのです。たとえば、がんや脳卒中、交通事故などによる外傷、あるいは先天的な障害や神経難病なども原因になり得ます。

実際に看護師として見た中では、10歳代の子どもが交通事故による頭部外傷で重度の脳機能障害を発症した例があります。お母さんが「少しでも食べさせてあげたい」と希望され、喉頭気管分離術(呼吸路と嚥下路を切り離す手術)を行いました。そのほかにも、プールで溺れたことによる低酸素脳症(循環不全または呼吸不全などにより十分な酸素供給ができなくなり、脳に障害をきたした状態)や、インフルエンザ脳症などで口から食べることが困難になる方を何人も見てきました。

そのようなときはご本人やご家族の希望を伺いながら、常に当事者の目線で「自分だったらどうしてもらいたいか」「自分の家族が同じような状態ならどう感じるか」を考え、そこに技術と知識を結集させて最善の支援をしようと心がけています。

次のページでは、小山さんが口から食べる重要性に気付いた経験について伺います。

 

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