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全日病新会長・神野正博さんに聞く――「病院をぶっ壊せ」に込めた変革への決意

公開日

2025年10月08日

更新日

2025年10月08日

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2025年10月08日

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全国約2580病院が加入(2025年9月時点)する全日本病院協会(以下、全日病)は2025年6月28日の理事会で、4期8年務めた猪口雄二さんに代わって神野正博さん(恵寿総合病院<石川県七尾市>理事長)を新会長に選出しました(猪口さんは名誉会長に就任)。医療機関の収入の柱である診療報酬が微増にとどまる一方で、物価や人件費の高騰に圧迫されて多くの病院は苦しい経営状況に置かれています。高齢化や人口減少で病院を取り巻く環境は今後も予断を許さないなかで、15年後に思いをはせ、改革に取り組もうとしている神野新会長に、全日病のミッションや病院のあり方、経営改善のために考えられることなどについて聞きました。

「護送船団からの脱却」掲げる

会長に就任してから、会員の皆さん、メディアや行政の方々からいただく「全日病が変わる」ことへの期待感には、非常に重いものがあると感じています。

会長に選ばれた日に行われた支部長・副支部長会で講演し、新会長として取り組む「全日病のミッション」として次の3点を掲げました。

  • 病院経営のための研究・要望
  • 病院のあり方の見直し
  • 次世代へ

その中でも、病院のあり方の見直しでは「護送船団からの脱却」というお話をしました。自ら何も変わろうとせず、診療報酬を上げてほしいとだけ要求するような時代ではなくなりました。「危機感を持って自らの意識を高め、変革を求める病院」として奮起を促すことを会員に求め、「やる気のある病院」の支援に取り組んでいこうと考えています。

私の信念として「現状維持は退歩」だと思っています。進歩とは現状を超えることで、この厳しい時代だからこそそれが求められるのです。

講演では「病院をぶっ壊せ」ともお話ししました。人口減少社会では病院に来る患者さんもいずれ減ってゆくなかで、「病気を治しておしまい」では私たちの仕事はなくなってしまいます。病院は、医療だけではなく健康や生活支援にも守備範囲を広げて「健院」「健康院」といったものに変わっていく必要があると考えています。

先を見据えた診療報酬改定への提言

四病院団体協議会(全日病、日本病院会:日病、日本精神科病院協会:日精協、日本医療法人協会:医法協)などが行っているさまざまな調査で、物価や人件費の上昇に診療報酬改定が追いついておらず、病院経営が危機的状況になっているという結果が出ています。2026年度に予定されている次回の診療報酬改定に向けて、これらの団体が歩調を合わせて要望や提言を出していく必要があると考えます。

骨太の方針2025(経済財政運営と改革の基本方針2025)に「医療・介護・障害福祉などの分野でコストカット型からの転換を明確に図る必要があり、賃上げや物価上昇による影響などについて、経営の安定や幅広い職種の賃上げに確実につながるよう的確に対応する」という方針が書かれたことは非常に大きな進歩ではあります。

ただ、目先の改定だけではなく、もっと先を見据えた改定への要望もしていく必要があると感じています。医療費の総額はP(単価)×Q(量)で表されます。我々にとってPが診療報酬で、Qは病床数や稼働率、外来数などになります。Pの増額がかなったとしても、病床数の削減や入院日数の制限などでQを下げようという動きが出てくる可能性もあります。ですから、私たちが求めていくのは、Pを上げるとともにQを抑えすぎないようメッセージを出すことです。

病院が赤字になる「根源」とその解決策

国民医療費の総額は毎年増えているのに、病院は経営に苦しんでいます。病院の利益は(P-C<コスト>)×Qで表すことができます。公定価格であるPは微増ですが、それ以上に材料原価や人件費、光熱費などのCがとても大きくなって、P-Cがマイナス、つまり「原価割れ」しているのです。マイナスにどれだけQをかけてもマイナスにしかならないのが今の状況です。

ではどうするかというと、人員配置基準を緩めることでコストを抑えることが考えられます。現在、医療法と診療報酬に基づく看護師配置基準で、一般病棟の入院患者さん7人、あるいは10人に対して看護師1人を配置すると入院基本料などが多くなります。タスクシェアやDX導入で、質を落とさずに看護師を減らすことは可能ですが、現在の制度では省力化しても病院の収入増には寄与しないのです。

たとえば、重症の脳梗塞(のうこうそく)で救急搬送されて、なんとか救命後6か月回復期リハビリテーション病棟に入院した患者さんの病状、治療内容、看護の経過などをまとめた「看護サマリー」を当院の看護師に書いてもらうと、2時間ほどかかります。これをAIにまとめさせると、最終的に人間の確認は必要ではありますが、文書化自体は数分でできます。会議やカンファレンス(患者さんの病状や治療方針などについて、医師や看護師をはじめとする職員が情報共有、意見交換するミーティング)などの要約もAIで文字化できますので、文書業務にかかる時間が大幅に削減できます。ロボットに任せられる仕事もたくさんあります。

そのような省力化の手段はあるのですが、現在の診療報酬体系からはそうした投資の経費は出てきません。また、省力化してもその分の人を減らすことができなければ、投資効果は出ません。現場から声を上げなければ、国はなかなか動かないので、診療報酬が上がらない分は人員配置基準の緩和でコスト削減ができるといったことも主張しなければいけないと思っています。

「国民皆保険」のあり方議論も必要

先ほどお話しした3つのミッションとは別に、今一番議論しなければいけないのは、「国民皆保険」のあり方が今のままでよいのかということです。たとえば、基礎部分として救急や命にかかわる医療については今の健康保険制度のままでよいとして、それを超えたりはみ出したりする部分については自費の比率を高くするといったような「2階建て」の制度について提言する時代になっているのではないかと考えています。

コストと質とアクセスの3つを同時に満たすことは、世界の医療では「非常識」です。たとえば、アクセスがよくて質が高いならコストは高くなります。あるいはコストが安くて質がよければ、アクセスをあきらめて長い待ち時間を甘受する、といったように少なくともどれか1つはあきらめてもらわなければなりません。日本の医療はこれまで、その非常識を実現し、国民はそれを当然と思ってきました。それが可能だったのは、医療者が犠牲になってきたからです。しかし、若者を中心に医療者も「犠牲になるのは嫌だ」と声を上げ始めました。

全日病は数年に一度「病院のあり方に関する報告書」を作成しています。前回2021年版は、今の国の制度を前提に、20年後の病院がどうあるべきかを論じていました。次はもう少し思い切って「2040年にはこんな病院をつくりたい」といったように、国の制度の後追いではないものを出したいです。そのため、報告書を検討する委員会の委員を15年後も現役でいる若手に全面入れ替えし、「自分たちはこれからどう生きるか」ということを提言するようなものをつくってもらいます。「10年後の診療報酬はこうあるべきだ」「国民医療費の配分はこうすべきだ」といったことまで踏み込んでいきたいと考えています。

「ATM(明るく・楽しく・前向きに)」旗印に皆で進む

2007年から18年間、副会長を務めてきましたが、会長と副会長では立場や発言の重みがまったく違うと感じています。大勢の方が面会においでになり、都合がつく限りウェルカムで会ってお話をし、さまざまな知識や情報を得ています。また、全日病には、事業達成に向けて各論を検討するために設置した「管理」「専門」「研究」「事業」4部門に23の委員会があり、全ての委員会から報告を聞いていますし、全てではないのですが各委員会にも出席しています。病院の団体として、政治家や役所の方たちとお話しする機会や会食も非常に増えているのが現状です。

私の病院がある七尾と東京の行き来には乗り換えを含めると片道5時間ほどかかります。副会長時代は、多いときだと週に3往復したこともあり、会長として東京での仕事がさらに増えるため全日病の事務所近くに部屋を借りて生活しています。往復の時間が節約できて、芝居や落語を見に行くような余裕ができるかと期待していたのですが、残念ながらまったくそのような暇がないほどスケジュールが密になっています。そうしたことも含めて、人生が変わりました。

全日病は皆が明るく楽しく会話ができる組織でもあります。冒頭で触れた講演の最後では「共にATMで頑張りましょう」とお話ししました。全日病は「明るく(A)・楽しく(T)・前向きに(M)」を旗印に進んでいくことを前面に押し出していきたいと考えています。
 

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