日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会(以下「日耳鼻」)は、毎年7月を「頭頸部外科月間」として頭頸部の病気に関するさまざまな情報を発信している。今年は頭頸部がんをメインテーマとして取り上げる予定だ。そこで本稿では、新潟大学大学院医歯学総合研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野特任助教、高橋剛史先生に聞いた頭頸部がんの特徴や早期発見に必要なこと、治療などについて解説する。
頭頸部外科月間に合わせた日耳鼻の特設サイトでは「頭頸部がんの治療」をテーマに「頭頸部がんに対する経口的ロボット支援手術」「頭頸部アルミノックス治療 光免疫療法」などの解説動画の公開を予定しています。
頭頸部とは鎖骨から上の目と脳を除いた領域です。ここには口、鼻、耳、のどといった、嗅覚、味覚、聴覚、発声、飲み込みなど、生活の質(QOL)を担保する機能を持つ器官が集中しています。そこにがんが発生すると、病気の進行に伴ってQOLが低下していきます。
病気が進行してから見つかった場合、QOLにかかわる機能を犠牲にしないと治せないこともあります。逆に言うと、早期に発見できればそうした機能を温存して治療ができるメリットがあります。
耳鼻咽喉科頭頸部外科は「命と機能を守る診療科」であることを強く打ち出し、頭頸部がんの早期発見に力を入れていきたいと考えています。
頭頸部がんのリスクとしては、たばことアルコールがあります。たばこがさまざまながんの原因になることはよく知られていると思いますが、頭頸部がんではアルコールにも注意が必要です。特に「フラッシャー」という、お酒ですぐに顔が赤くなってしまう体質の方は、そうでない方に比べて咽頭がん、喉頭がんのリスクが高くなります。また、食道がんや胃がんとは病気が発生するリスクが重なり、それらを患った方はのどや口にもがんが発生することが多いので、気になることがあれば早めに受診していただきたいと思います。
「早めに」といわれても、何かきっかけがなければなかなか受診という行動を起こせないかもしれません。頭頸部がんに関して日本では、がん検診は行われていないのが現状です。一般の方から「血液検査で腫瘍マーカーを調べて発見できないのか」と質問されることがよくありますが、残念ながら精度の高い頭頸部がんのマーカーは現時点で見つかっていません。ですから、人間ドックや一般健診で早期発見するのは難しいと思われます。
ではどうするか。近年、胃の内視鏡検査の際に早期の頭頸部がんが見つかることが増えています。また、「声がれ」や「飲み込みの違和感」「首のしこり」といったことが気になったら、のどの内視鏡検査もできる耳鼻咽喉科に受診していただければ、早期発見につながることが期待できます。
口の中やのどに違和感があるとき、どの診療科に行けばよいか迷ってしまう方がいるかもしれません。耳鼻咽喉科頭頸部外科では、のどや口の中など病気が最初に発生した部位の治療に加えて、仮にリンパ節や他の臓器に転移したとしても全身治療を行うことができます。
市中のクリニックなどの場合、「耳鼻科」「耳鼻咽喉科」を標榜して開業していますが、「耳鼻科の先生」も専門医制度によって大学や関連病院で頭頸部外科の研修も受けています。耳鼻咽喉科頭頸部外科の専門医を取得している先生は、頭頸部がんを診ることができることを知っておいてください。
頭頸部がんでも治療の基本は手術、放射線、薬物療法(抗がん薬)です。病気の進行具合によって、選択される方法が大別されます。
ステージが低く局所にとどまっている状態では、機能温存を目指した低侵襲手術や放射線治療を選択することが多くなります。放射線治療の場合、ステージが低い(がんがあまり進行していない)場合は放射線単独、ステージが進むと抗がん薬を併用するのが一般的です。また、転移した病変に対する全身治療の場合は薬物単体が一般的です。
さらに、肺や胃、食道などにステージ4のがんが発生した場合は抗がん薬や放射線による治療を選択することが多いのですが、頭頸部領域ではむしろ手術で腫瘍を取り除いたほうが予後がよい、あるいは生活の質をある程度残せるという場合があります。そうしたケースではステージ4でも手術を選択するというのが、ほかの臓器とは違う特徴です。
頭頸部がんに対する放射線治療は、後遺症として、味覚の低下、唾液が出にくくなることによる口渇感や飲み込みづらさと、それによる肺炎といったデメリットがあり得ます。早期がんで放射線治療をせずに手術を選択すると、そうした後遺症を避けることができます。手術と放射線のどちらでも治療の効果がほぼ変わらないステージの場合は、残せる機能や後遺症を鑑み、患者さんの今後の生活を考えて治療方針を決めます。
現在は診療ガイドラインが充実していて、部位とステージで一番に推奨される治療法はかなり決まっています。その中で、患者さんが望む“その後の生活”を一緒に考えて治療法を選択したいと思っています。
これまで説明した従来の“3大療法”に加え、最近保険適用された治療法として「光免疫療法」と「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」があります。
光免疫療法とは、がん細胞に取りついた薬にレーザー光を当てることでがん細胞を死滅させるものです。薬は、がん細胞の表面に多くある目印(抗原)と結合しやすいタンパク質と光に反応する色素がくっついています。がん細胞の表面に集まる一方、正常細胞にはほとんど結合しません。また、照射するレーザー光だけでは人体に害を及ぼしません。薬が結合してレーザー光を照射されたがん細胞は破裂し、中にあったタンパク質が周囲の免疫細胞を“教育”してがん細胞に対する免疫が活性化される――という原理です。
一方のBNCTは、がん細胞に取り込まれやすいホウ素の同位体を含んだ薬を投与した後、熱中性子線を照射する治療法です。熱中性子の衝突でホウ素はリチウム原子核とヘリウム原子核(α粒子)に分裂して細胞を破壊します。この粒子は細胞1つ分程度の飛距離しかないとされ、がん細胞だけが破壊されます。
光免疫療法、BNCTとも、手術や放射線などの標準治療が行われた後で再発した場合の“次の一手”として行われます。ただし、遠隔転移や病変が各所に多発していたり、重要な臓器にがんが接していたりするような状態は対象外です。私たちは「最後の局所療法」と考えています。光免疫療法とBNCTは患者背景などがほぼ重なり、どちらを選ぶのが正解かという比較はできません。ただ、BNCTは中性子線を照射するための原子炉や陽子加速器といった大規模な施設が必要になります。光免疫療法はそれがないので、施行できる施設が増えつつあり身近な医療機関で治療できる可能性が高くなっています。
原理からは「低侵襲で、がん細胞をピンポイントで死滅させる」というイメージを持たれるかもしれません。しかし実際に光免疫療法を施してみると、周囲の正常な細胞も多少は影響を受けますし、まったく侵襲がない治療というわけではありません。BNCTも同様の印象です。
いずれも始まってからあまり時間がたっておらずデータが出そろっていないので、“これからの治療”と考えています。
舌を含む口の中や鼻、耳、のど、甲状腺や唾液腺を含む首には、若い人から高齢の方まで腫瘍、できものが発生する可能性があります。そうした場所に違和感があったり異常を感じたり、気になることがあったりした場合は、お近くの「耳鼻科」に相談してください。耳鼻科で診る病気といえばアレルギー性鼻炎や中耳炎のイメージが強いと思います。しかし、頭頸部領域に発生する腫瘍を専門に扱い、手術や放射線治療、抗がん薬治療などを総合的に駆使して私たちは治療しています。早期発見・早期治療は命を守るのみならず、生活の質を高める機能を守ることに直結します。
今回は詳しく触れていませんが、私たちは「飲み込み(嚥下<えんげ>)も専門としています。高齢化が進むなか、生活の質を高めるためには嚥下機能の維持も大切です。飲み込みの中心はのどにあり、手術を含めた治療法を耳鼻科は1つの武器として持っています。リハビリテーションを含めて耳鼻科がお手伝いをできることがたくさんあるので、飲み込みの問題を感じたときにもご相談ください。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。