女性に多くみられる不調の中には、西洋医学では対処が難しかったり、複数の診療科を別々に受診するよう求められたりするものもあります。そのような症状でも、漢方ならば“ワンストップ”で対処できる可能性があります。名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学講座、梶山広明主任教授(日本東洋医学会漢方専門医・指導医)に、女性の不調に漢方が合う理由、診療を受けたいときの医師の探し方などについてお聞きしました。
最初に漢方診療がうまく合った患者さんの例をご紹介します。
20代後半の女性で、別の婦人科系の病気で外来受診中、月経困難症と不安感があると相談を受けました。話を聞くと、ほかに便秘もあるとのことで、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)を処方しました。「血流を改善させて、余分なものを少し捨てる」作用があるとされている薬です。患者さんが訴える「不安」は、安定した精神に対して何か余分なものと考えることができます。便秘も本来排出すべき余分なものが体内にとどまっている状態です。それらを捨て、血流改善により月経困難症の改善も期待できますが、体に合うか分からないため「飲めたら飲んでみてください」と、まずは2週間分処方しました。
2週間後の診察で、患者さんから「服薬を続けられた」と報告があり、腹部エコー検査では血流が改善しているように感じられました。患者さんも「ちょっといい感じ」とお話しになっていたので続けて服用してもらい、4カ月ほどたつのでそろそろやめ時を考えています。
このような症状を訴える患者さんは、西洋医学であれば▽月経困難症は婦人科▽不安感は心療内科か精神科▽便秘は消化器内科――など別々の診療科で治療をするのが一般的です。しかし、漢方ではまず症状をみるため、うまくはまれば1つの薬で改善が期待できます。
私の個人的な印象ですが、漢方は非常に女性に合っていると思っています。というのは、女性は「リズムの中で生きて」おり、漢方にはリズムを整えるはたらきもあるからです。月経という月のリズム、妊娠・出産の時期や更年期など、女性の生活にはさまざまな波があります。
妊娠すると、直径0.1mmほどの受精卵が臨月には両手で抱えるほどの大きさに育ちます。その間、約10カ月にわたって子宮の中で胎児を育むために女性のおなかは血流が発達している一方で、血液のうっ滞(流れが滞ること)を招きやすくなっています。
女性に多い「冷え症」は、血液がうっ滞するところと逆に不足するところが生じることで起こると考えられます。冷え症という概念は、西洋医学にはありません。一方、特に女性に多い冷え症、疲れやだるさ、こり、腰痛といった症状は、漢方では「瘀血(おけつ)」という血の流れが悪い状態によって引き起こされると考えます。こうした症状に対し、西洋医学とは異なるアプローチから「流れを整える」のが漢方なのです。
漢方薬と西洋薬は「違うもの」というイメージを持っている方も多いと思います。しかし「薬効」という意味では違いはありません。
漢方薬は生薬が持つ多種多様な薬効成分が風呂敷で包むように効果を発揮します。一方の西洋薬は1つの成分を選んで純化(Purify)し、槍で突くように効果を発揮します。西洋薬のよいところは、原因がはっきりしている症状に対してはシャープな効果がみられることです。細菌感染に対する抗菌薬や、ホルモン不足に対するホルモン補充薬などはその好例といえるでしょう。
あまり意識されていないかもしれませんが、西洋医学には「検査」があります。検査によって得た数字と画像を用いて診断し、それに対応した治療をします。ところが、数字にも画像にも異常がないと、きちんとした診断がつけられないので、痛みに対して鎮痛薬を出すような対症療法や、「ちょっと様子を見ましょう」という経過観察になってしまいます。
これに対して漢方は、必ずしも病名は必要ありません。症状をみて「気・血・水」のバランスを整え、体調の改善を目指します。気とは生命エネルギー、血は全身をめぐって組織に栄養を与える液体、水は体内にある透明な液体――を表します。1700年代終わりから1800年代初めの江戸時代に考えられたもので、具体的な物質を指すのではなく、機能的な概念です。それが今でも使われているのは、現実に即していて診療が可能だからです。たとえば、疲れがあってだるく、頭痛、めまい、食欲不振があるような場合、漢方だと全て「水滞(水のバランスが悪い状態)」によって起こると考えるため、水のバランスを整える1つの薬で事足りるのです。西洋医学だと、めまいは耳鼻咽喉科、食欲不振は消化器内科、頭痛は神経内科……とさまざまな診療科を受診する必要があります。
「気・血・水」のように西洋医学では説明できない概念が出てきますが、漢方薬も西洋薬も薬効成分という観点では違いがありません。西洋薬は適合すれば強い効果があります。一方で、外れると副作用だけが出て効果がみられないことも起こり得ます。漢方薬の中にも西洋薬的な強い薬はありますし、緩くじんわりと効くものもあります。漢方が淘汰されず1000年以上にわたって残ってきたのは、一定の人にとって福音となる部分があったからこそだと思っています。
漢方と西洋医学は、優劣があるわけではなく、症状や体の状態に合わせて使い分けるべきものなのです。先の例のような“ハイブリッドな症状”があるような患者さんには、体調の改善のために漢方薬をうまく使えば非常に有効であると考えられます。
海外では、漢方薬を処方するためには別の国家資格を必要とする国もありますが、日本では医師免許があれば漢方薬も西洋薬も処方することができます。これは利点ではありますが、裏を返せば造詣が深くなくても漢方薬を出すことができます。そのような場合、「この病気にはこの漢方薬」といったように“病名処方”してしまいがちです。ただ、効果があまりみられないと次の手が打ちにくくなってしまいます。
漢方に造詣が深ければ、最初に出した薬はどこが効き、どこが効かなかったかを患者さんから聞いて処方の微修正ができ、何度かやりとりしているうちにちょうどよいところに落とし込んでいけます。
漢方に造詣の深い医師の診察を受けたいと思ったら、日本東洋医学会のウェブサイトで学会認定専門医を探すのがよいでしょう。住所や西洋医学の分野で絞り込める検索ページを使えば、「名古屋市の産婦人科」のような探し方もできるので、参考になると思います。
漢方治療を受けるにあたり、いくつかご理解いただきたいことをお話ししておきます。
「漢方薬には副作用がない」と思っている方がいるかもしれませんが、副作用はあり得ます。ですから、西洋薬同様、用法・用量を守り医師の指示にしたがって使用する必要があります。
漢方に限った話ではありませんが、薬を飲めばそれだけで症状が改善されるというわけではありません。食事や運動など不調の原因となっているライフスタイルがあれば、改善することも重要です。
漢方薬の中には、やや“マニアック”で医師の診断を受けて服用してもらいたいというものもあります。一方で、西洋薬のような効果が期待できるものについては、市販薬も選択肢の1つだと思います。ただ、市販薬は広めに安全域をとっていて1回分の成分量が少なくなっているので、同じ漢方薬でも医師が処方した医療用のほうが、より効果が見込めるかもしれません。
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