連載“そんなとき”の漢方

つらいせきに漢方薬という選択肢―使い方の注意点は

公開日

2025年01月27日

更新日

2025年01月27日

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2025年01月27日

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新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、電車や町中でせきをしていると周囲から避けられるなど、「せき」に対する世間の目が厳しくなっている。発熱など風邪の諸症状が治まった後、せきが長引いていてもそれだけでは学校や会社を休むわけにもいかず、一方でせきを我慢するのは困難だ。長く続くせきは生活の質を低下させるが、せきだけでは医療機関にかからず、我慢するか市販薬に頼る人も多いのではないだろうか。せき止めには漢方薬という選択肢もある。普段から治療に漢方薬を活用しているという昭和大学病院長/同大学医学部内科学講座呼吸器・アレルギー内科学部門特任教授の相良博典先生に、せきをはじめとする呼吸器疾患に対して漢方薬に期待できる効果や使い方の注意点などについて聞いた。

せきの種類と漢方薬の使い分け

一口に「せき」といいますが、「コンコン」という乾性咳嗽(かんせいがいそう=乾いたせき)、「ゴホゴホ」という湿性咳嗽(たんが絡んだ湿ったせき)の2つに大きく分けられます。一方、せき止め薬は「中枢性鎮咳薬(ちゅうすうせいちんがいやく=脳の咳中枢(せきちゅうすう)に作用することでせきを抑える)」と、「末梢性鎮咳薬(気管や気管支、肺などに分布するセンサーの刺激を低減することでせきを抑える)」の2つに分けられ、症状に合った漢方薬を使い分ける必要があります。

「麦門冬湯(ばくもんどうとう)」はあまりたんが出ず乾いたせきが出る人によく使います。中枢から末梢まで幅広い抑制効果を持つせき止め薬で、乾性咳嗽でも病気が合併したぜんそくでも効果が期待できます。また、湿性咳嗽には「清肺湯(せいはいとう)」や「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」などを使っています。

急性期に使うべき薬か慢性期に使うべきものかについても、分けて考える必要があります。たとえば風邪の初期には「麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)」や「麻黄湯(まおうとう)」などを使いますが、いずれも麻黄(マオウ)を含みます。麻黄の薬効成分は中枢興奮作用があるエフェドリンで、これを含む薬は長期の連続使用を避けるべきでしょう。ですから、風邪などウイルス感染症は初期にこれらの薬を使ってせきや風邪の諸症状を治め、その後は麦門冬湯に切り替えるといった使い方をするとよいかと思います。

せきには「時間軸」があります。▽0から3週までが、ほぼ感染症によって起こるせき▽3~8週は遷延性(病気などが長引くこと)のせき▽8週以上が慢性のせき――と区分します。初期は感染症によって起こるせきが主体なので、まずは感染に対する治療薬を使います。長く続くものは感染以外で起こっている可能性もあるので、原因をしっかり鑑別して薬を選択する必要があります。

せきが起こる原因は全てが良性の病気ではなく、結核のような感染症をはじめとした悪性の病気の可能性もあります。ですから、市販薬を使うにしても、長引くせきはまず受診してそのような病気の可能性を除外する必要があります。

感染症やCOPDにも効果を期待

漢方薬は感染症やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など呼吸器の病気に対する効果も期待できます。

感染症が原因でたんが出るような場合は、それを排出しようとせきが出ます。生理的反応ですから、咳中枢を抑制する薬を使うのではなく、喉に潤いを持たせてたんが出やすくなるような薬が効果的です。小青竜湯や清肺湯は、たんを出しやすくしながら炎症を鎮めるはたらきがあるので、そのような漢方薬を選ぶとよいかと思います。

日本呼吸器学会は「健康日本21(第三次)」に合わせて、2032年までにCOPDによる死亡率を約25%減少させるプロジェクト「木洩れ日(こもれび)2032」に取り組んでいます。今のところ、COPD患者さんの破壊された肺の組織を元に戻す治療法はなく、死亡率を低下させるには早期に発見して病気の進行と体力の低下を抑えることが重要です。この際にも漢方薬は有効だと考えています。

私たちは、COPDに伴う体力低下や疲労感などのフレイル症状に対する人参養栄湯(にんじんようえいとう)の効果について臨床研究を実施し、フレイルの改善がみられたという結果を得ました。同時に、食欲が上向いたことに加え、COPD患者さんによくみられる抑うつ傾向も改善しました。

COPDの治療で重要なのは増悪(ぞうあく=症状がより悪くなること)を起こさないようにコントロールすることです。補中益気湯(ほちゅうえっきとう)には、増悪を抑制するための免疫賦活作用が期待できます。患者さんはたんが絡まったせきが出ますので、小青竜湯や清肺湯でたんを出しやすくできます。

このように、COPDのさまざまな症状に対して、漢方薬の効果が期待できるのです。

*COPD:タバコ(9割以上)、有害物質を長期にわたって吸入することで生じる肺の慢性の進行性の病気で、症状が進行するにつれて運動能力や身体活動性が低下する。筋肉量が減少するサルコペニアや、身体の予備能力が低下するフレイル(虚弱)につながり、それらがCOPDをさらに悪化させる負のスパイラルに陥るとされる。

「漢方薬×西洋薬」「漢方薬×漢方薬」の飲み合わせに注意

漢方薬は副作用がないと誤解している方がいるかもしれませんが、漢方薬にも副作用はあります。また、漢方薬を併用する場合には生薬が重複しないか気を付けなければいけません。たとえば、よく使われる生薬の1つ「甘草(カンゾウ)」は1日の最大摂取量が5gとされています。1剤でその量を超さなくても、複数の漢方薬を合わせると超えてしまうことがあり得ます。

また、“飲み合わせ”にも注意が必要です。飲み合わせとは、複数の薬を服用したときにそれぞれに含まれる成分が打ち消しあったり逆に掛け合わさったりすることで、期待される効果が出なかったり強くなりすぎたりするというものです。漢方薬と西洋薬の飲み合わせは多くありますし、漢方薬同士でも安心はできません。

処方薬であれば、薬剤師さんがそうしたリスクに気付いて医師に疑義紹介をすることもあります。分からないことや不安があれば、薬局でお聞きになるとよいでしょう。漢方薬に限った話ではありませんが、ご自身がどのような薬を飲んでいるか常に理解しておくことは重要です。

「クスリはリスク」とよく言われ、それは漢方薬も例外ではありません。「漢方薬だから安全」とは思わないようご注意ください。

ぜんそく患者への抗炎症効果確認で漢方薬に興味

私が初めて漢方薬の効果を実感したのは約40年前、獨協医科大学の牧野荘平教授(当時)の門下に入ったばかりのころでした。獨協医大の呼吸器・アレルギー内科は日本で初めて「アレルギー内科」を標榜した講座で、第2代教授の牧野先生は幅広く物事を考え、ぜんそくの研究・治療を中心に世界でも名の通った方です。

あるとき牧野先生から、重症のぜんそく患者さんに「漢方薬の柴朴湯(さいぼくとう)を使ってはどうか」とアドバイスをもらい、それまで使っていたステロイドと併用したところ、優れた抗炎症効果がみられ、ステロイドを減量することができたのです。今でこそ医学部の教育カリキュラムに漢方が組み込まれていますが、当時の医学教育は西洋医学中心で漢方について系統立てて教育を受ける機会はありませんでした。ですから漢方薬は「使うべき治療薬」としての認識がなかったのです。

牧野先生から教えをいただいたのをきっかけに漢方薬に興味を持ちました。それからさまざまな研究を重ね、たとえば膠原病(こうげんびょう)の患者さんに対して柴苓湯(さいれいとう)を使うことでステロイドを減薬できるといったような効果も認識するなかで、漢方薬をより深く学んできました。

漢方を理解している医師を探す

漢方薬はさまざまな生薬の組み合わせでできています。それぞれの特性をよく理解して使えば西洋薬を補う効果が期待できます。長引くせきや呼吸器の不調で漢方治療を受けたい場合には、漢方についてきちんと理解をしている医師がいる医療機関を探してください。「せきには麦門冬湯」といったように自動的に選択できるわけではありません。乾性咳嗽でもあるいは背景に感染症など別の病気がある場合など、患者さんによっては別の漢方薬のほうがより効果的なこともあります。

最近はクリニックのプライマリーケアの先生の中にも漢方をしっかり手がけている方がいますので、そういった医師を探してみるのもよいでしょう。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。