連載“そんなとき”の漢方

誰にでもある「なんとなく不調」 漢方薬で改善できるかも

公開日

2025年11月25日

更新日

2025年11月25日

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2025年11月25日

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仕事や学業、家事などに追われながら現代社会を生きる人たちの多くは、何らかの不調を抱えているのではないでしょうか。なかなか疲れが取れない、よく眠れない、なんとなく頭が重い……そうした症状があっても「医療機関に行くほどでもない」と我慢してしまいがちです。西洋医学では「自律神経失調症」と診断されるような症状をはじめ、さまざまな心身の不調は漢方薬で改善できるかもしれません。慶應義塾大学病院 漢方医学センター 医局長 堀場 裕子(ほりば ゆうこ)先生に、こうした不調に対して漢方薬に期待できる効果や、我慢せずに日々の暮らしで漢方薬を生かすヒントなどをお聞きしました。

漢方では「病名」より「症状」が優先

日々の不調が漢方で緩和できた2つのケースをまず紹介します。

朝起きられないという主訴で女子中学生が受診されました。血圧が低く、やる気が出ない、冷え症、食欲不振などさまざまな症状があり、治療に苦労していたとのことです。冷え症と食欲不振の改善が期待できる漢方薬を処方したところ、最初に体が温かくなり、次いで食欲が出てきて、主訴だった朝の起床困難も解消できました。

もう1つの症例です。やる気が出なくて少し疲労感・倦怠感(けんたいかん)があり、疲れているのになかなか眠れず、睡眠不足で翌日にはさらに疲労がたまるという悪循環に陥っているとおっしゃる患者さんには、疲労感・倦怠感と眠りを改善する漢方薬を服用していただきました。するとまず、眠りがよくなり、次の日は少し体を動かせるようになり、その結果夜は眠れるようになるというよい循環に変わりました。

この2人のような症状は、西洋医学では「自律神経失調症」といった病名になる可能性があるかと思います。ですが、漢方外来は、原因がなんであれ患者さんの困っている症状を治すことが一番の目的なので、病名は治療するにあたってあまり関係がありません。

薬だけに頼らず生活スタイル改善も重要

頭痛やめまい、耳鳴り、動悸、不眠、イライラ、冷え症といった多様な症状を伴う心身の不調など、不定愁訴(患者さんが自覚的な不調を訴えるが検査をしても異常が認められない状態)をまとめて西洋医学では自律神経失調症と診断することがあります。西洋医学ではそれぞれの症状に応じて対症療法的に投薬することはできても、「自律神経失調症の薬」というものはありません。

西洋医学ではまず病名があって治療を始めますが、漢方では不調の原因が自律神経に由来するのかは問いません。西洋薬による治療でなかなか症状が改善しないときなど、ほかの診療科から漢方外来に紹介されるケースも多くあります。

心身の不調に対して西洋医学と漢方に共通するアプローチもあります。西洋医学でも、「自律神経の乱れ」に対して投薬以外に、生活を整えたりストレスを緩和したりすることをすすめられることがあるかと思います。漢方にも同じように食事や運動、入浴、睡眠、心の持ちようを見直し生活を整える「養生」という考え方があります。それに加えて、その患者さんに合った漢方薬を選びます。たとえば「眠れない」という症状があっても、眠れない理由は1つではありません。その理由に沿って、眠れるようにする幾種類かの漢方薬の中から、患者さんにより適したものを選びます。この薬の選び方は、西洋医学とは少し考え方が違うかと思います。

患者さんのお話を聞くと、中学生でも深夜0時過ぎまでスマートフォンを見ていたり偏食だったりと、生活スタイルが乱れている方が多いと感じます。親から言われてもそうした生活習慣はなかなか治らないものですが、第三者の医師から言ってあげると聞き入れてくれることもあります。

もう1つ例を挙げると、冷え症はただ温めても、温めるための漢方薬を飲むだけでもよくなりません。それに加えて、自分で体を動かして血流をよくすることによって改善できる可能性があるのです。ですから、漢方薬だけでは治らないけれど、生活スタイルを整えると効果が出やすいというアドバイスを必ずするようにしています。養生と漢方薬で治療をするうちに調子がよくなり、生活スタイルを維持するだけで漢方薬を卒業する患者さんもいらっしゃいます。そのため漢方医学は、ご自身が本来持っている健康になるための力を引き出す治療といえます。

一方で、生活スタイルとは関係なく、漢方薬で改善できる症状もあります。たとえば、天気が悪くなると倦怠感や頭痛が出て調子が悪くなる「気象病」は、五苓散(ごれいさん)を服用すれば、生活スタイルに関係なく改善が期待できます。

漢方薬も副作用に注意

漢方薬にも副作用がでることはあります。体質によっては薬疹(薬やその代謝産物によって皮膚などに生じる発疹(ほっしん))が出る方、胃もたれを感じる方もいます。生薬(漢方薬を構成する原料)によっては肝機能に影響するものもあります。全ての方にそのようなリスクがあるわけではありませんが、服用にあたっては西洋薬と同様に注意はすべきです。

単剤ではリスクが小さくても、複数種の漢方薬を服用すると薬効が強くなりすぎたり弱まったりすることもあるので注意が必要です。たとえば、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は足のつりに効果が期待できるとして服用している方が多い漢方薬です。この漢方薬に含まれる甘草(カンゾウ)という生薬は多量摂取すると低カリウム血症などの症状が出る「偽アルドステロン症」を引き起こすことがあります。近年、漢方の専門外来以外でも漢方薬を処方されることがありますので、複数の医療機関や診療科で漢方薬を処方してもらう際には、自分がどのような薬を飲んでいるのかを正しく医師に伝えるとリスクを低減できるでしょう。

冷え症や疲労・倦怠感など症状によっては、同じ漢方薬を数か月飲み続けなければ改善の兆しが見えないものもあります。数週間では効果が実感できないことがあるかもしれませんが、長く飲み続けることが大切になります。

小さな不調を我慢しない

肩こりや軽い疲労など、医療機関で治療するほどではないと思ってしまうようなちょっとした不調は、だれしも抱えているのではないかと思います。少し前ですが2021年の調査で、女性は約8割の人が不調なのに我慢して家事や仕事を行う「隠れ我慢」をしているとのデータが公表されました。そういう方たちは、日々の生活に忙しく、医療機関に行く時間を確保できなかったり、たいしたことはないからと我慢してやり過ごしたりしているのかもしれません。

ですが漢方薬は、そうした不調や、月経痛や更年期障害など女性特有の不調にも効果が期待できますので、我慢せずに医療機関を頼っていただきたいと思っています。

小さな不調を我慢していると、それが大きな不調になってしまうことがあります。「今日は疲れた」「風邪をひきそうだ」「よく眠れなかった」……といった取り除ききれない不調を抱えているのであれば、我慢をせずに漢方薬という選択肢があることを知っておいてください。

「未病」段階での漢方薬で生活を快適に

漢方には「未病」という考え方があります。病気といえる状態ではありませんが、そのまま放っておくと病気になるかもしれない状態のことで、未病の段階で漢方薬を飲んで病気への移行を予防するといった“予防投薬”も可能です。西洋医学では、病気の症状が出てから薬を飲みますが、漢方には「体調が悪くなりそう」とか「明日は雨なので頭痛が出そうだ」といったときに服用して、日々の生活を快適に過ごせるようなアイテムがそろっています。ご自身の体質を知って、対応する漢方薬を常備しておくのもよいのではないでしょうか。

漢方薬はOTC(薬局・薬店・ドラッグストアなどで処方箋なしに購入できる医薬品)も多数あり、どのような症状に効果が期待できるかパッケージに分かりやすく書かれています。医療機関に行く時間がない、敷居が高い、あるいはどこに相談したらよいか分からないと思ったらまずはOTCから漢方薬を試してみていただいてもよいでしょう。もし効果が実感できなかったり、合わないと感じたりしたら、その時点で漢方外来など医療機関に相談してください。

日本東洋医学会のウェブサイトに都道府県や市町村単位で学会認定専門医を検索できるページがありますので、受診先を探す際の参考にしてください。
 

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