連載“そんなとき”の漢方

“婦人科三大処方”自分に合う薬の選び方は―漢方で乗り切る女性特有の不調

公開日

2025年07月08日

更新日

2025年07月08日

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2025年07月08日

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生理前・生理中の不調や更年期障害など、女性はライフステージごとにさまざまな心身のトラブルを抱えがちです。めまい、頭痛、むくみ、疲れ――など多様かつ変動しやすい症状は西洋薬では対処が難しいケースも多いですが、漢方薬であれば対処できる可能性があります。女性の悩みによく使用される漢方薬“婦人科三大処方”の特徴、漢方薬服用時の注意点などについて、寺内公一先生(東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 茨城県地域産科婦人科学講座 教授)にお話を伺いました。

先方提供

当帰芍薬散で頭痛が減少

はじめに、漢方薬で更年期障害による頭痛が改善した患者さんの例を紹介します。

50歳代前半の女性で、2年前から月経不順や発汗、不眠、むくみ、頭痛の症状が現れ、1年前からは疲れやふらつきを感じるようになりました。さらに半年前からは吐き気や手のこわばり、口の渇きなどの症状も出てきたため受診をされました。

更年期障害と診断し、患者さんの希望によりホルモン補充療法(HRT)*を開始しました。治療開始から3カ月ほど経過した時点で発汗や不眠はある程度改善したものの、頭痛は以前よりも悪化。脳のMRI検査では異常がなかったため痛み止めで様子を見ていましたが、改善はみられませんでした。そこで漢方学的な診断に基づいて当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を処方したところ、1カ月後に頭痛の回数が減少しました。

*ホルモン補充療法(HRT): 減少したエストロゲンを補うことで更年期障害による症状を改善させる治療法

“婦人科三大処方”の使い分け

当帰芍薬散は、加味逍遙散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)と並んで“婦人科三大処方”と呼ばれる漢方薬の1つです。これら3つの漢方薬は、月経前症候群、月経困難症、更年期障害といった女性特有の不調に対してよく使われます。

西洋薬は「この病気にはこの薬」といった考えで使う薬を決めますが、漢方薬は患者さんの「証」や「気・血・水」のバランスをみて処方薬を決定します。「証」は、体質や体力などの状態を表すもので、分かりやすく表現するとその人のキャラクターのようなものです。たとえば体力が弱い「虚証」、体力がある「実証」などに分類されます。

また漢方医学では「気(エネルギー)・血(血液と栄養)・水(血液以外の水分)」が体内をバランスよく巡っている状態が健康であると考え、3つのどれかに不足や停滞、過多などの異常が生じると不調につながると考えられています。

冒頭の患者さんに処方した当帰芍薬散は、血の不足(血虚)に加えて、水が偏ったり滞ったりしている(水毒)場合に使われます。具体的には体力が弱く、貧血気味でむくみや下半身の冷えがあり、さらに頭痛、めまい、肩こりなどがある女性がよい適応です。

加味逍遙散は血虚に加えて、血の流れもよどみ(瘀血<おけつ>)、気の異常がみられる場合に使われます。「逍遥」は散歩を意味する言葉で、その名のとおりにさまざまに変化する精神神経症状を訴え、肩こりや疲れのある体力が弱い女性に適しています。

桂枝茯苓丸は、瘀血と気の逆流(気逆)をターゲットにした薬で、体力があり、のぼせを訴える女性に使われます。漢方医学では、気は頭から体に向かって流れるのが正常とされ、体から頭へと逆流している状態を気逆と呼びます。更年期障害によりカーっとのぼせて顔が赤くなる症状(ホットフラッシュ)は気逆によるものです。

月経痛に頓服として使える漢方も

ほかにも婦人科系のトラブルに対して使われる漢方薬がいくつかあります。たとえば、産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023では、機能性月経困難症に使用する漢方薬として、先に紹介した3つ以外に、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)といった漢方薬が挙げられています。このうち芍薬甘草湯は、月経痛が激しい場合に頓服(症状が出たときに服用)として使用することができます。

基本的に漢方薬は、数週間にわたって服用しながら歪んだ体と心のバランスをゆっくりと元に戻していくような薬が多いのですが、芍薬甘草湯は漢方薬の中では比較的珍しく即効性が期待できるタイプです。筋肉の急激なけいれんを伴う痛みを改善する効能があり、月経痛がひどいときに服用することで子宮平滑筋の収縮を抑制し、月経痛を和らげる効果が期待されます。芍薬甘草湯はこむら返りにもよく使われています。

また、更年期障害に対しては、婦人科三大処方に次いで抑肝散(よくかんさん)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、女神散(にょしんさん)など、症状に合わせて多様な漢方薬が使われています。

西洋薬で対処困難な「不定愁訴」への漢方薬の可能性

産婦人科は漢方薬をよく使う診療科で、特に「不定愁訴」に対して漢方薬を用いるケースが多くあります。不定愁訴とは、さまざまに変化する身体症状を自覚しているにもかかわらず、検査をしても何も異常がない状態を指します。なぜそのような症状が起こっているのかを説明するための病名や原因が特定できないため、西洋薬による対処が困難です。一方で、漢方薬は特定の病気をターゲットにした治療薬ではなく、1つの薬でさまざまな症状に対応することができます。多様な症状に対して包括的にカバーできるという点で、不定愁訴と漢方薬は非常に相性がよいと考えています。

漢方薬を服用する際の注意点

漢方薬について誤解されがちなのが「副作用はない」という考えです。確かに西洋薬に比べたら副作用は少ないですが、重大な副作用が起こり得るリスクは無視できません。1つの漢方薬にはさまざまな生薬(しょうやく)が含まれていて、違う種類の漢方薬であっても、同じ生薬が含まれていることがあります。よく使われているのが「甘草(カンゾウ)」という生薬で、これを多量に摂取し続けると「偽アルドステロン症」と呼ばれる症状を引き起こします。自己判断で何種類もの漢方薬を多量かつ長期に服用するのは避けて、用法・用量を守って服用するようにしましょう。

また、漢方薬は基本的に食前・食間に飲むことが推奨されています。空腹時に服用したほうが腸内細菌の作用を受けてより効果が出やすいと考えられているので、可能であれば食事の30分以上前または2時間後以降を目安に服用するとよいでしょう。

漢方薬による治療を受けたいと思ったら

漢方薬は薬局などで医師の処方がなくても購入できますが、自分に合った漢方薬を使うためにも困っている症状があれば医師に相談してみてください。保険診療ができる医療機関であれば保険適用で漢方薬の処方を受けることができ、金銭的な負担も抑えられます。

中国など漢方薬を処方するためには別の医師資格が必要な国と違って、日本は医師免許があれば誰でも漢方薬を処方できますが、医師によって漢方薬に対する考え方や知識にばらつきがあるのが現状です。漢方に詳しい医師の話を聞きたいと思ったら、漢方専門医(日本東洋医学会の認定資格)という資格を持つ医師が在籍している医療機関を受診してみてもよいかもしれません。ただし、何事もバランスが大切です。「漢方薬だけ/西洋薬だけ」という考えではなく、患者さんの状態などに合わせて漢方薬と西洋薬を上手に使い分けることが大切だと考えています。

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