連載がん“当事者”のこころを支える「精神腫瘍学」を知っていますか?

がん患者のこころの負担を和らげるためのお薬~効き方と特徴を知る

公開日

2019年10月07日

更新日

2019年10月07日

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2019年10月07日

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名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセンター長、名古屋市立大学病院 副病院長、名古屋市立大学大学院学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授

明智 龍男 先生

これまでの連載で、がんの患者さんにはさまざまなこころの負担がみられることがあり、それらの中でも、適応障害うつ病せん妄の頻度が高いことをお伝えしてきました。これらの状態を和らげるために、お薬が使われることもまれではありません。主として人の脳に働き、気分や行動などを含めた精神機能に作用する薬を「向精神薬」といいます。今回は、これらの状態に使われるお薬についてご紹介いたします。

「がん診断」後うつ病に…医師の説明で服薬受け入れ

がんと診断されてから気持ちがふさぎ、担当医から精神科医を紹介され、うつ病と診断された患者さんのお話です。「『うつです』って言われたときは、まさかと思いました。『まずはしっかり睡眠をとるために薬も飲んでみませんか』と言われました。抗うつ薬と睡眠薬を処方されたのですが、このような薬には抵抗がありました。でも丁寧に説明をしていただけたので、早く元気になれるならと思い、飲むことにしました」

サイコオンコロジーでよく使われる薬

憂鬱な女性のイメージ画像

がんと診断されて気持ちのつらさを抱えている方に使われる頻度が高いのは、抗不安薬(いわゆる安定剤)、睡眠薬、抗うつ薬、抗精神病薬です。これらの薬には誤解も多く、服用することに不安を感じておられる方も少なくないと思います。一方で、その特徴を知り、専門医のもとで正しく服用するとしっかりと効果も期待でき、症状を和らげることにも有効です。それぞれについて、どのような薬か詳しく説明していきましょう。

効果早いが長期使用の問題も 「抗不安薬」

抗不安薬は「安定剤」ともいわれるもので、一般の内科医もよく処方する薬剤です。多くの薬は脳の中で情報を伝える「γアミノ酪酸」という物質に作用することで、不安感を和らげます。ただ、どうしても他の部分にも作用するため、必要がない効果(いわゆる副作用)として、筋肉の凝りをほぐしたり(筋弛緩<しかん>作用)、けいれんを起きにくくしたり(抗けいれん作用)、眠気を催したり(催眠鎮静作用)します。

多くの薬は速やかに吸収されて効果も早く出るため、「飲んだ」という実感を持ちやすく、一時的な不安感を和らげるためによく効きます。そのため非常によく使用されているのですが、逆に思いもよらない長期の使用につながることもあり、問題点にもなっています。短期的に使用するにはほとんどの場合は心配ありません。しかし、漫然と何カ月も使用すると、やめにくくなることがあるため、できれば使用は短期間にとどめることが勧められます。

ただ、実際にはやむを得ず長期の使用が必要な患者さんも少なくありません。そういった場合には、抗不安薬の使用に慣れている専門医を受診することをお勧めします(たとえば日本精神神経学会の精神科専門医など)。

睡眠の状態で使い分け 「睡眠薬」

以前は、不眠に対する睡眠薬としてよく用いられるのは、「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」でした。2010年にはメラトニンというホルモンと特異的に結合する受容体に働く薬剤である「ラメルテオン(一般名)」というまったく新しい作用メカニズムを持つ薬が使用可能になりました。またその後2014年には、オレキシンという物質の受容体に働く「スボレキサント(一般名)」という薬剤も使えるようになりました。ラメルテオン、スボレキサントはベンゾジアゼピン系とは異なり、長期の使用でもやめにくくなることは少ないという可能性を持っています。また転倒などの危険な副作用も少ないといわれています。

私が患者さんに処方する際には、安全を優先してまずはラメルテオンかスボレキサントから始めることが多いです。睡眠をとることは大切です。薬が合わないときや効果が認められない場合は、今でもベンゾジアゼピン系のお薬もよく使います。

睡眠

睡眠薬は種類によって効き方に特徴があります。寝つきをよくしたい場合には、翌日への持ち越し効果が相対的に少ないことが示されている、作用時間が短い薬剤がよく使われます。一方、寝つきは悪くないにも関わらず、夜中に目が覚めてしまってそれ以降眠れない(中途覚醒)とか、朝早く起きてそれ以降眠れない(早朝覚醒)といったタイプの不眠には、もう少し作用時間が長い薬剤がよく使われます。

ですから、睡眠の状態のどういったことで困っているかも医師に伝えていただくとよいかと思います。

重い副作用が少ない種類も 「抗うつ薬」

抗うつ薬は文字通りうつ状態の改善効果が期待できる薬です。現在わが国では20種類ぐらいの抗うつ薬が使用できます。どの薬も同程度の効果が期待できるのですが、重い副作用が少ないことから、「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)」「ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動薬(NaSSA)」が主に用いられます。SSRIとSNRIには、吐き気や下痢といった消化器系の共通の副作用があります。一方、NaSSAは眠気などの副作用の頻度が高いことが知られています。

また理由はわかっていないのですが、抗うつ薬の特徴として、効果が発現しはじめるのに少なくとも1~2週間ぐらいの時間が必要なのに、副作用は服用後数日で出るという点があります。つまり、まず副作用が出て、その後、やっと効果が出てくるという順番なのです。これを知っておかないと、服用を継続することが不安になってしまいます。

また、一般の方に頻度の高い「不安障害」にも、抗うつ薬が第1選択薬です。

せん妄の対症療法にも 「抗精神病薬」

抗精神病薬は文字通り、精神病の状態(典型的には、ないものが見えたりする「幻覚」など)に対して用いられる薬剤です。このような症状が出ることに、ドーパミンという物質が関連していることがわかっており、この薬はそのドーパミンを抑えることで作用を発揮するといわれています。

せん妄状態になぜこの薬が効くのか、理由はあまりよくわかっていませんが、対症療法としてこの抗精神病薬が用いられます。

ただ、パーキンソン病のような症状が出たり、じっと座っていることができず体がむずむずするような独特の副作用である「アカシジア(静座不能症)」などが出現したりすることがあります。

こころの病気の薬をめぐる「よくある誤解」

脳に作用する薬を飲むと、「やめられなくなるのでは?」「性格まで変わってしまわないの?」といった質問をよくいただきます。症状が治まっても、ベンゾジアゼピン系の薬剤を何カ月にもわたる長期間飲み続けるなどした場合には、やめにくくなることもあります。しかし専門医のもとで服用いただければ、常用性についてはほとんど心配ありません(ただし、話もほとんど聞かずにただ薬を処方しようとする医師は、たとえ専門医の資格をもっていてもがんの患者さんには向きません)。また休養やカウンセリングと並行してお薬を使うことが一般的で、性格が変わってしまうようなことはありませんし、薬だけ飲んでいればよいというものでもありません。

不安や分からないことがあればきちんと質問し、安心、納得してお薬も上手に使っていただければと思います。

冒頭の患者さんには、前述したNaSSAを飲んでいただきました。眠気もありますので、睡眠薬も兼ねて寝る前に服用してもらったところ、元気を取り戻され、今はお薬をやめてもがんばってがんの治療を受けておられます。

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