難聴の中には、遺伝子の変化によって生じる難聴があります。これを、遺伝性難聴といいます。「遺伝性の疾患」というと、家族や親類などの血縁者に同じ病気の人がいるのでは?と思う方が多いかもしれません。しかし実際には、遺伝性難聴の場合、血縁者に1人も同じ難聴者がいない場合の方が多いです。
そもそも、遺伝子とは「カラダをつくるための設計図」です。私たちはみな、遺伝子を父親と母親の両方から受け継いでいるため、すべての遺伝子はそれぞれの親からもらった2つで1組となっています。
多くの遺伝性難聴は、父親と母親の両方が難聴の原因となる遺伝子の変化を2つのうち1つのみ持っていて(保因者)、たまたま、その子供がペアのうち両方とも難聴の原因となる変化をもった遺伝子を受け継いだ場合にのみ発症します。このような、遺伝性難聴発症のしくみを、常染色体潜性(劣性)遺伝と呼びます。
難聴には、加齢性難聴や騒音性難聴、中耳炎などのように、原因がはっきりしているものもありますが、原因がはっきりわからない場合は、遺伝性難聴を疑ってみる必要があるといえるでしょう。
では、遺伝性難聴は、どれくらいの頻度で発症するのでしょうか?
2009~2019年に長野県で誕生した新生児15万人以上を対象に信州大学が行った調査によれば、生まれつきの難聴(先天性難聴)は1000人に1~2人で、その約半数以上が遺伝性難聴※1であることがわかっています。
また、生まれたときには難聴の症状が見られず、若年(40歳未満)で発症して徐々に聞こえが悪くなっていく遺伝性難聴もあります。この場合、両耳とも聞こえが悪くなることから、「若年発症型両側性感音難聴」と呼ばれ、約3割の原因が遺伝性であることがわかっています。
※Usami S and Nishio S:The genetic etiology of hearing loss in Japan revealed by the social health insurance-based genetic testing of 10K patients. Human Genet 2021.
※1 先天性難聴の中で、難聴が両方の耳でみられる両側性難聴では半数以上が遺伝性難聴です。
近年では難聴に関連する遺伝子の研究が進み、すでに100以上の難聴関連遺伝子が特定されています。難聴の原因となる遺伝子によって、症状が異なることも明らかになってきました。
信州大学を中心とした難聴関連遺伝子の研究成果によって、遺伝子解析手法が構築され、現在では、少量の血液採取で難聴の遺伝学的検査を行うことができるようになっています。
難聴遺伝子検査を行い、原因となる遺伝子が特定できれば、細胞レベルで耳のどこに難聴の原因があるかを知ることができます。また、発症後に難聴が進行するのかどうか、難聴以外の症状が出るのか、進行する場合はどのような音が聞き取りにくくなるのかもわかる可能性があります。原因となる遺伝子によっては、予防方法やより適切な治療方法がわかることもあります。
日本は、保険適用で難聴遺伝子検査を受けられる数少ない国のひとつです。小児の場合はさらに「こども医療費助成」でカバーされます。難聴で原因がはっきりとわからない場合は、ぜひ、難聴遺伝子検査を検討しましょう。遺伝学的検査や遺伝カウンセリングは、遺伝学的検査の施設基準を満たした施設でのみ受けることができます。まずはかかりつけの耳鼻咽喉科・頭頸部外科に相談し、該当施設を紹介してもらいましょう。
特に「若年発症型両側性感音難聴」の場合は、早期発見・早期治療が望ましいとされています。40歳未満で両耳が聞こえにくくなってきたと感じた場合は、難聴とうまくつき合っていくためにも、検査を受けることをおすすめします。
監修:信州大学医学部耳鼻咽喉科頭頸部外科 吉村豪兼 先生
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のウェブサイトより引用
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