連載地域医療の現在と未来

地域医療の最後の砦・特定機能病院に迫っている危機

公開日

2025年04月03日

更新日

2025年04月03日

更新履歴
閉じる

2025年04月03日

掲載しました。
56b9f3fec6

全国の医療機関の中でわずか88病院しか承認されてない特定機能病院は、一般の病院では対応できないけがや病気に対応するための高度な医療(臨床)を提供するだけでなく、高度な医療技術の開発(研究)や高度な医療に関する研修(教育)を実施する能力なども有している。まさに、各都道府県の地域医療における最後の砦ともいうべき存在だ。

そんな特定機能病院の医療が今、さまざまな課題に直面しているという。その課題とはどのようなものか、どのように対応すべきなのかについて、特定機能病院である昭和医科大学病院(東京都品川区)の院長である相良 博典(さがら ひろのり)先生に伺った。

特定機能病院の使命を果たすために解決すべき大きな問題とは

東京都品川区にある当院は、特定機能病院、そして救命救急センターを備える三次救急医療機関(命に関わる重症患者への救急医療を担当する医療機関)として東京・城南地域における中核的な役割を担うとともに、より高度な医療を必要とする患者さんに対しての診療を行っています。

特定機能病院でなければ対応できないレベルの検査や治療を行う「地域医療の最後の砦」としての使命を果たし続けられるよう日々努力しているものの、近年は使命を果たすために解決すべき大きな課題に直面しつつあると感じています。

その課題とは、「重症・重篤な患者さんに集中しての救急医療ができない」ということ、そして「臨床・研究・教育という特定機能病院の3つの役割のうち、研究と教育の役割が果たせなくなりつつある」、ということです。

重症・重篤の救急患者対応に集中できない

実は、当院やほかの三次救急医療機関に搬送・来院される救急患者さんの多くは、三次救急相当にあたらない軽症~中等度の患者さんです。中でも問題なのは、入院や手術はもちろんのこと、救急処置すら必要としない軽症の患者さんが少なくない、という点です。

そのような軽症患者さんへの対応に追われると、一刻を争う状態の患者さんの受け入れに支障をきたしてしまうこともあり得ます。そのような事態にならないよう、当院もほかの特定機能病院も全力で対応していますが、それでもこの傾向は続いている状況です。

軽症患者さんが来られる理由としては“大病院での治療で安心したいから”という気持ちが大いに含まれていることでしょう。それは当院も十分理解していますし、地域密着の医療提供を行うという観点から、できるかぎりの受け入れも行っています。しかし、本当に高度な救急医療対応を必要とする患者さんの受け入れに悪影響を与えかねない状況を招いていることも事実なのです。

この状況を改善するには、「軽症の方が、もっと安心して、地域の身近なかかりつけ医を受診できる」体制の整備が必要だと考えています。

そこで当院では、かかりつけの先生方と当院の医師が連携し、共同で1人の患者さんに対する治療を継続する 「二人主治医制」を推進しています。

「二人主治医制」では、当院でしかできない検査や治療が必要なときはかかりつけの先生から患者さんに関する医療情報を提供いただくとともにそれらを行い、その後は当院から情報をかかりつけの先生にお伝えしたうえで患者さんをお返しする逆紹介を行う、といった形で運用します。

二人主治医制をもっと推進・浸透させることで、患者さん側にも「具合が悪くなったときはかかりつけの先生に診てもらえ、専門的な検査や治療が必要な場合はより専門的な医療を行う病院をすぐに紹介してくれる」という安心感が生まれるのではないでしょうか。

また、この体制が進めば救急医療を行う医療機関への軽症患者さんの集中を緩和でき、より高次の救急医療が必要となった患者さんがスムーズに医療を受けられるようになるはずです。

特定機能病院の3つの役割のうち、臨床だけに偏りがち

特定機能病院が果たすべき3つの役割として定められているのは、臨床(診察や治療)・研究(臨床試験や治験など)・教育(医学生・研修医に対する卒前卒後研修)です。

しかし、近年は働き方改革などの影響もあって研究や教育に時間を割くことが難しくなり、どうしても日々の臨床ばかりにウエイトが偏りがちになってしまっているのが現状です。これは当院だけの話でなく、おそらくほとんどの特定機能病院が似たような状況でしょう。

しかし、医学の進歩のためには研究が欠かせませんし、今後の地域医療を担う医師を育成するには教育が必要不可欠です。研究と教育になかなか注力できない状況が続けば続くほど、日本の医療の未来そのものに大きな悪影響が出てしまう可能性が高いといえるでしょう。

特定機能病院が果たすべき3つの役割を無理なく行えるように、まず医師の仕事をもう少し余裕のある状態にして、教育や研究にもそれなりのウエイトを置けるようにすることが必要だと考えています。そのためには業務のスリム化・効率化が不可欠ですが、一方でそれを意識しすぎて手順の簡略化や省略を進めすぎてしまうと、医療安全上の問題が増えてしまうというリスクが出てきます。

そんな問題の解決案の1つとして私が考えるのは、医師が行っている一次作業部分のサポートをほかの職種が行うことです。たとえば書類作成を医師が最初から最後まで全部やるのではなく、医師事務作業補助者の力を借りることで、医師業務のスリム化・効率化に大いに役立つと考えています。実際、当院でも一次作業補助者の人材確保を進めていくことを前向きに検討中です。

また、診療科ごとに医師のスケジュールをしっかりと組むことも有効な方法ではないかと思っています。具体的には、各医師のスケジューリングの中で「この時間は臨床、この時間は教育、この時間は研究」といったように、教育や研究にあてるための時間も目に見える形で割り振っておくのです。これについても当院で積極的に進め、研究と教育という特定機能病院としての役割を全うできるように取り組みたいと考えています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

地域医療の現在と未来の連載一覧