連載地域医療の現在と未来

少子高齢化に人口減少…大阪市の地域医療はどう変わる? 「治し支える医療」が鍵に

公開日

2025年08月12日

更新日

2025年08月12日

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2025年08月12日

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矢木脳神経外科病院 谷口 博克院長

大阪市の地域医療は、今まさに大きな転換期を迎えている。高齢化に伴う疾患の多様化や人材不足など、複雑化する課題に直面するなかで、地域の医療機関は限られた資源を生かしながら、いかに「治す」と「支える」医療を両立させるかを模索している。

脳卒中の診療を柱に認知症の診療やがん治療後の在宅医療など、高齢化に合わせた取り組みを進める矢木脳神経外科病院(大阪市東成区)の谷口 博克(たにぐち ひろかつ)院長に、地域医療の課題やこれからの医療についてお話を伺った。

地域の医療課題─高齢化とともに広がる「支える医療」へのニーズ

大阪市の東側、特に当院のある東成区の周辺では高齢者の割合が年々高くなり、診療現場の風景もずいぶん変わってきました。患者さんは1つの病気だけでなく、複数の慢性疾患を抱えておられることが多く、医療に求められる幅も深さも、ずっと大きくなっています。

そうしたなかで地域の医療が直面している課題を挙げるなら、まず1つ目は医療・介護に携わる人材の不足と処遇の問題です。これは都市部であっても例外ではありません。そして2つ目は、高齢化にともなって病気の内容が複雑化していること。それに対応できる体制づくりが急務だと感じています。

医療・介護人材の不足と低賃金への対応

実は、医師も看護師も介護士も、この30年で給料がほとんど上がっていない状況です。これでは他の業界への人材の流出を止めることは難しいでしょう。実際、2025年には37万人以上の介護職員が足りなくなるという推計も出ていて、現場は慢性的な人手不足に陥りつつあります。もちろん、病院の経営者は給料を上げてあげたいという気持ちを持っていますが、病院の収入は診療報酬という制度で決められていて、自由に価格を決められるわけではありません。これはもう構造的な問題なのです。

たとえば、商売のように物価が上がったから価格を上げるということができません。つまり、どれほど診療に必要な材料の価格が高騰しようとも、価格転嫁することができないのです。また、どんなに経験豊富な医師が執刀しても、初めてメスを握る研修医でも、同じ手術なら保険点数は一律です。このような仕組みなので、努力や工夫を反映させにくい業界だといえるでしょう。

こうしたなかでも、私たち医療機関はできることに取り組んでいます。当院が重視しているのは医療と介護の業務を柔軟に行き来できる人材の育成です。看護師と介護士を分けてしまうのではなく、両方のスキルを持った職員が1人いれば、より多くの現場を支えることができます。将来的にはこの「二刀流」が地域医療を支える鍵になると思っています。

もう1つはICTの導入です。たとえば介護の現場では、国が推奨しているLIFEという情報システムを早い段階で導入しました。最初は職員も戸惑っていましたが、これからの医療現場は、こうした仕組みを取り入れないと立ち行かなくなると考え、あえて早めに踏み出しました。

人手不足に対するもう1つの柱が、外国人スタッフの積極的な採用です。当院では10年以上前から外国人スタッフを受け入れてきました。今ではベトナムやインドネシアなど、さまざまな国から来たスタッフが現場で活躍しています。言葉や文化の壁はありますが、時代とともに技術も進み、意思疎通のハードルは確実に下がってきました。これからの日本の医療は、多国籍な人材なしには成り立たないと感じています。

高齢化による疾患の多様化と医療体制づくり

脳卒中の専門病院として長年やってきましたが、今の時代はそれだけでは立ち行かなくなっています。ご高齢の患者さんは脳卒中だけでなく、糖尿病や高血圧、認知症やがんといった複数の病気を抱えているケースがほとんどです。その結果、患者さん一人ひとりの生活背景まで見据えた医療が求められるようになってきました。

たとえばがんについては、手術や抗がん薬治療は専門の病院で受けていただくことになりますが、急性期の治療が終わった後の生活を支えるのは地域医療の役割です。私自身も胃がんの手術を受けた経験があり、急性期後の治療の重要性を身に染みて感じています。

そこで、当院では在宅チームが退院後も継続してサポートできる体制を整えました。また、臨床心理士や公認心理師と協力して心のケアも行っています。これらは診療報酬がつかない分野ですが、患者さんの人生に寄り添うためには必要不可欠な支援だと思っています。

さらに、高齢化で患者さんが増える認知症についても、当院では認知症を専門的に診られる医師を複数配置し、MRIも備えた診療体制を整えています。認知症の早期診断と対応に向け、「もの忘れ外来」として独立した診療窓口も設けました。

そして、こうした複合的な疾患に対応するために、私たちは17年前から総合診療科を開設しています。現在では総合診療科が診療の幅を広げ、必要に応じて専門医へスムーズにつなぐ役割を担っています。

「治す」と「支える」を両立する、これからの地域医療へ

医療・介護を取り巻く環境が大きく変わるなかで、地域医療には課題の複雑化と同時に、新たな役割が求められています。人材不足や制度の壁を前にしても、現場でできる工夫は確実に存在し、それを1つずつ形にしていくことが大切です。

そのような私たちの努力は当然のこととして、次回の診療報酬改定では、物価や賃金の上昇に見合った現実的な改定がなされることを願っています。人材の確保と育成、地域の医療機能の維持のためには、制度側の後押しが不可欠です。

そのうえで私たちは、今後も変化する地域のニーズに柔軟に応じながら、「治す」だけではなく「支える」医療を実践し、地域の医療の充実を図っていきたいと考えています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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