日本では人口減少が大きな課題になっているが、福岡県福岡市や糸島市はしばらく人口が増える数少ない地域だ。しかも高齢化の影響で両市の高齢者の人口は増えており、将来にわたって良質な医療を提供していくために解決しなければならない課題が残されている。こうした状況をふまえ、白十字病院(福岡県福岡市西区)の病院長を務める渕野 泰秀(ふちの やすひで)先生に、福岡市西部・糸島地域が抱えている地域医療の課題について伺った。
現在の日本では人口減少が大きな課題になっていますが、福岡県福岡市の人口は2040年頃まで増加が続くと予想されています。また、当院がある福岡市西区では、2005年より九州大学の伊都キャンパスへの統合移転が進み、2018年9月に移転事業が完了しました。このことにより約2万人の学生と教職員が伊都キャンパス周辺で生活するようになり、若者の人口も増加しています。ただし高齢化は着実に進んでおり、それに伴って高齢者特有の病気も増加しています。
このような状況において福岡市西部・糸島地域の医療の現状と未来を考えたとき、増加する高齢者救急医療にどう対応していくのかということが課題として考えられます。
福岡市西部・糸島地域では高齢者に必要な医療を提供するため、医療機関の役割分担と機能分化が図られてきました。その成果もあって病院と診療所のすみ分けがかなり進み、病院についても高度急性期・急性期・回復期・慢性期の機能分化が進んでいます。当院においては、2021年にケアミックス型であった病院(466床)を急性期医療に特化した白十字病院(282床)と回復期に特化した白十字リハビリテーション病院(160床)に分院、再編して機能分化を行いました。
そのようななか、当院で増えているのが誤嚥(ごえん)性肺炎、心不全、脳卒中、大腿骨頚部(だいたいこつけいぶ)骨折(太ももの骨の股関節(こかんせつ)部分の骨折)といった高齢者に多い病気です。これらの病気がある患者さんがさらに増えると、当院のリソースで十分な医療を継続して提供するのが難しくなる可能性があります。
今後は重症疾患である脳卒中や大腿骨頚部骨折、重篤な心不全等の診療に集中し、手術をしない誤嚥性肺炎や軽症の心不全などは連携する近隣病院にお任せするなど、今よりもう一歩踏み込んだ役割分担が必要だと考えています。
また、少子高齢化が進むと若年の重症患者さんが減る一方で、慢性期の治療を受けている高齢患者さんの容体が悪化するケースが増えることが予想されます。こうした変化に対応し、救急医療についても患者さんの状況に応じた適切な搬送体制を確立する必要があるでしょう。
たとえば、手術の必要がない誤嚥性肺炎等の患者さんが三次救急(生命に関わる重症患者に対応する救急医療)を担当する医療機関へ頻繁に搬送されると、その分重症で難しい救急医療を必要とする重篤な患者さんへの対応ができなくなってしまいます。
これについては2024年の診療報酬の改定で「下り搬送(高次救急病院に救急搬送された患者さんが一般病院でも対応可能と判断された場合に転院搬送すること)」について言及されていますが、重症の患者さんを診る救急医療と、慢性期治療の過程で症状が悪化した高齢の患者さんを診る救急医療を明確に分け、より効率よく救急医療が行えるようにするといった対応が必要ではないでしょうか。
これまで述べてきたような医療機関の役割分担や救急医療対策を維持し、効率化していくためには、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)が重要です。そのアプローチの1つとして、当院では地域医療連携ネットワークシステム「クロスネット」を構築しました。これは患者さんの医療情報を地域のクリニックの先生方や調剤薬局の薬剤師の方々とインターネット上で共有できる仕組みで、うまく活用することで迅速な治療やスムーズな在宅復帰支援につなげることができます。
また、当院内ではICT(情報通信技術)を活用し、医療業務の効率化を図っています。特に院内の連絡用にiPhoneを導入したことで、多職種間の情報共有がスムーズになりました。これにより、緊急を要する患者さんへ迅速に対応することができています。
これからは病院の機能分化がさらに進んでいくでしょう。地域にお住まいの皆さんには、ぜひ病院の役割や機能をご理解いただいたうえで受診していただければと思います。その際に重要な役割を担うのが、気軽に相談できる“地域のかかりつけ医”です。
体調に不安を感じたら、まず“かかりつけ医”を受診しましょう。そして、必要に応じて専門性の高い治療を受けられる病院を紹介してもらってください。そこでの治療が終わったら、再び“かかりつけ医”に戻っていただきます。このような医療の仕組みは、患者さんにとって無駄な受診を避けることにつながります。同時に、私たち病院側も得意分野の診療に集中できるため、地域医療の質が全体的に向上することになるでしょう。
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