高齢化と人口減少が進む日本の医療現場では、病院や病床を統合するなどの「地域医療再編」が進められている。医師の働き方改革が施行された2024年4月以降は、医療の質を担保しつつ地域医療を維持していくことに難しさを感じている医療機関も少なくないようだ。
一方で、さまざまな理由から高齢化や人口減少に歯止めがかかっている地域もある。愛知県安城市もその1つだが、このままずっと「元気なまち」でいられる保証はない。来るべき高齢化社会に向けた取り組みについて、地域の中で急性期医療を担う安城更生病院(愛知県安城市)の病院長・度会正人先生に話を聞いた。
日本では少子高齢化と人口減少の進展が社会問題となっていますが、当院のある安城市はほかの地方都市とは少々事情が異なります。日本を代表する企業の1つであるトヨタ自動車が本社を構える豊田市に隣接しているため、同社のグループ会社や下請け会社などが複数存在し、そこで働く若い世代がたくさん暮らしているからです。実際に安城市の高齢化率は全国平均よりも低い数字になっており、人口もほぼ横ばいが続いています。このような状況は、東京などの都市部といくつかの地方都市に限られた話なのかもしれません。
しかし、たとえ今はゆっくりであっても、高齢化は確実に進行していきます。いわゆる“2025年問題”を乗り越えたとしても、その先の10年後、20年後を見据えた取り組みが必要になってきます。2024年からは新たに医師の働き方改革がスタートしました。限られたマンパワーを有効活用して良質な医療提供を維持する方法を地域全体で考えていかねばなりません。将来を見据えて今取り組むべき課題は、「旺盛な医療需要への対応」と「マンパワーの有効活用」の2点です。
愛知県は人口当たりの医師数・医療施設数ともに全国平均を下回っている反面、安城市はいまだ医療需要が旺盛です。人口動態統計の情報を用いて算出される指標を見ても、以前は入院患者さんを受け入れる病床数が「充足している」とされていたものが、ここに来て「不足している」との評価に変わっています。つまり地域の医療需要に対して、医療提供体制が十分とはいえない状況なのです。安城市においては特に、急性期を脱した患者さんを受け入れる回復期・慢性期の病床不足が深刻です。
当院は急性期医療に特化した病院です。回復期・慢性期の病床拡充は他の医療機関にお任せするほかありません。当院がその役割である急性期医療にいっそう注力することこそが、回復期・慢性期医療を担う医療機関の負担軽減につながると考えています。安城市を含む6つの市からなる西三河南部西医療圏における中核的な病院である当院は、救急医療やがん医療を強化すると同時に、圏域で唯一の総合周産期母子医療センターとしての機能充実を図る必要があります。
医師の働き方改革法が施行されて以降は、時間外労働なども厳しく規制されるようになりました。この状況で従来と同様の医療を提供すると考えるなら、限られた医療資源を最大限有効活用しなければなりません。地域における急性期医療を担う当院ではすでに、入院治療に注力することを目的に外来診療のスリム化に着手しました。外来診療では一部診療科で完全予約制を採用して人員配置の効率化を図るほか、当院が担う役割を明確にする意味から、かかりつけ医の紹介状を持たない初診患者さんに加算される「選定療養費」の引き上げを行いました。
一方で、地域の医療機関がそれぞれの役割を明確にし、得意とする領域に合わせて患者さんを紹介し合うなどの連携強化を推進する必要もあります。たとえば症状が落ち着いている軽症の患者さんは地域のクリニックに通院してもらい、専門的な検査や治療が必要になった場合は当院で治療を受けていただく。再び症状が落ち着いたら地域のクリニックで治療を継続し、年に1度か2度のペースで当院にて経過観察を行う……。このように「2人の主治医」が患者さんを見守る体制を構築することが、地域医療を支えることにつながると考えています。
当院がこうした取り組みの先頭に立っているのは、西三河南部西地域医療連携推進ネットワークにおいて幹事医療機関を担っていることも大きいです。地域連携交流会などを通じて医師会や各医療機関と連携を深め、地域の患者さんが安心して治療を受けられるような「顔が見える連携体制」を構築しています。
当院は迎えつつある超高齢社会に備えて急性期医療をさらに強化するとともに、入院治療に関わる人員を増強するなどの環境整備を進めてきました。将来的な地域の医療ニーズを見据えて、「ハード面の準備はすでに整っている」と考えています。併行して取り組んでいくべき課題はソフト面、地域医療に従事する人材の確保です。
幸いにも当院には将来の医療を担う研修医をはじめ、熱意のあるスタッフが集まってくれています。今後も地域の患者さんに良質な医療を提供するとともに、臨床研究や教育にも力を注ぐことで、患者さん・医療従事者の双方に選ばれる病院であり続けたいと思っています。
地域における医療の機能分担、2人主治医制、選定療養費の引き上げ……、これらの話題は一般の方にとってあまり馴染みのない領域かもしれません。当院は、今後も丁寧な説明を繰り返しながら、地域の方々に医療機関を適切に利用していただけるようサポートしていきます。
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