連載地域医療の現在と未来

今後のがん治療では「集約化」と地域における「役割分担」が鍵に

公開日

2025年08月13日

更新日

2025年08月13日

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2025年08月13日

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兵庫県立がんセンター 富永 正寛院長

がん治療は、医学の進歩によって発展を続けている。次々と新たな治療の選択肢が登場している分野ともいえるだろう。今後もしばらくの間はがん患者数の増加が予測され、医療体制の変化が求められている地域もあるという。

地域医療の枠組みの中でよりよいがん治療を提供し続けていくために、どのような方針が考えられるのだろうか。兵庫県立がんセンターの院長である富永 正寛(とみなが まさひろ)先生に伺った。

「集約化」と「役割分担」の必要性

兵庫県は医学部のある大学が2つあり、県全体で見れば医療機関は全国と比して比較的多いといえます。しかし高齢化は進んでおり、医療提供体制に関しては地域格差もあります。

明石市を含むこの東播磨地域は比較的若い世代の多い街ですが、高齢化が進行するに連れ、今後も一定期間がん患者さんは増加すると推測されています。その一方で、今後全国的に外科医・特に消化器外科医は大幅な減少傾向にあり、学会が手術の集約化を提言していますし、内科の化学療法も次々と分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が開発され、その組み合わせや副作用対策が複雑化しています。さらに放射線治療も医学物理士という資格取得者が中心となる高精度治療(強度変調放射線治療や定位放射線治療)が急増しています。こうしたことを総合的に考えると、がんの治療はこれまで均てん化(全国どこでも標準的な専門医療を受けられること)が進められてきましたが 、マンパワー不足や厳しい予算の現状を考えると、これからはある程度集約化に向かわざるを得ないと思います。

当院は2027年度に新病院開院を予定していますが、近隣には複数の医療機関があり、昨今の混沌とした医療経済を考えると、今後はそれぞれの医療機関が患者さんを取り合うのではなく、救急・良性・悪性など疾患ごとに役割分担を考える時期にきているのではないかと思います。

がんの治療は、集学的治療を視野にがん専門医療機関で

近年がんは、手術方法、薬物療法や放射線治療などが大きく進歩し、がん治療の選択肢が増加して場面に応じてさまざまな治療を組み合わせる集学的治療の時代になりました。

がんの治療の設備や人材を専門的な医療機関に集約化することで、選択肢の幅を広め各疾患に適したより効率のよい治療体系を築くことが可能になります。集約化したうえで多職種によるチーム医療を実現できれば、さらに充実したサポート体制の提供につながります。

国の第4期がん対策推進基本計画では、希少がん・難治性がんの対策やがんゲノム医療など多彩な項目が推進されています。希少がんについては、がん拠点病院を中心に希少がんの診療体制・ネットワーク強化が求められており、当院でも希少がんセンターを立ち上げ、相談や治療を受け入れる部門を新設しました。その希少がんの1つでもある神経内分泌腫瘍(しんけいないぶんぴつしゅよう) に対する新しい治療であるルテチウムオキソドトレオチドという薬を用いた治療法(放射性核医学の治療)の症例も県内で非常に多くなっています。

また、現在は各領域でのガイドラインに沿った標準的な治療が終わってからとされているがんゲノム医療が、今後はより早い段階で考慮されるようになると予想します。

がんゲノム医療とは、患者さんごとのがんの遺伝子変異を明らかにすることで、個人の遺伝子変異に合わせた臓器横断型の個別化治療を行うことですが、実施にはがん遺伝子パネル検査(がんの発生に関与する遺伝子の変異を調べる検査)が欠かせません。がん遺伝子パネル検査は、保険診療下では国が指定したがんゲノム医療中核拠点病院・がんゲノム医療拠点病院・がんゲノム医療連携病院のみで対応可能となっています。

検査によって適した治療が明らかになった後に、スムーズに治療を進めるためにも、がんを専門とする病院への集約化が望ましいといえます。なお、当院もまたがんゲノム医療拠点病院であり、がん患者さんへの集学的治療を責任を持って提供できる体制を整えています。

敷居は低く――がん相談支援センターの活用

また、コロナ禍を経て患者さんの受診控えがまだ続いている印象もあり、それががんの治療に悪影響を及ぼしていることは否めません。当院の外来からも、コロナ前より進行がんが目立つという報告をうけています。

このような状況を解消し受診につなげるために、がんに対する正しい知識を地域のセミナーや市民公開講座を通して医療者から積極的に市民の皆さんに発信するほか、気になる症状があったら気軽に相談できる体制も必要です。

これに対し当院では、以前から「がん相談支援センター」を設置しています。ここではがんセンターへの通院の有無にかかわらずがんに関することなら誰でも無料で相談することができますので、身内の方のがんのことや体調で気になることがあれば、ぜひがん相談支援センターを積極的に活用してほしいです。

さらに、がんを専門とする病院への受診は敷居が高いと思われがちですが、がんは身近な病気です。患者さんのみならず近隣の医療機関に対しても、がんという診断がついていなくても、疑いや可能性(たとえば腫瘍マーカー高値や内視鏡での肉眼的異常など)だけで紹介は可能であり、精査を進めていく旨を繰り返し広報しています。

併存疾患/合併症に対する連携体制強化

先に述べた役割分担にも関係して、地域の医療機関は病態に応じてそれぞれがより緊密な医療連携を行う必要もあります。

高齢化に伴い、何らかの併存疾患を抱える患者さんは増加傾向にありますし、がん治療によって併存疾患の悪化や合併症が起こるリスクは高いといわれています。たとえば糖尿病や脳血管疾患、心臓血管障害などがあるがん患者さんの治療では、がんの治療前後に併存疾患の診療を担当する他の医療機関と連携しながら治療を進めるケースも多々あります。我々の地域では、当院を含む複数の連携医療機関で診療ネットワークを作り、検査結果や治療内容、投薬などを情報共有できる体制を整えスムーズな連携を図っています。

加えて最近は、長期間化学療法や放射線治療を受けたがん患者さんの心筋障害が問題視されることが多くなってきました。高齢の患者さんが増え、がんの治療も長期化するなか、このような合併症によって重篤化するリスクを可能な限り防ぐ対策をすべきでしょう。たとえば、当院では循環器内科を腫瘍循環器科と名称変更し、がんサバイバー向けの「心血管フォローアップ外来」を開設しました。長期間化学療法や放射線治療を受けた患者さんの心筋障害を検査・評価しており、早期発見により重篤化の予防につながればと期待しています。

がん医療の「質と安全性」、「先進医療」、「多職種連携チーム医療」

病院の統合・再編や医療の機能分化を考えるときに、当院のようながん専門病院は、がん医療の「質と安全性」が何よりも大切ですし、上記のようながんゲノム医療や臨床試験をはじめとした「先進医療」、さらに地域包括ケアシステムにもつながる「多職種連携チーム医療」の3つは最終的に担うべき大事な役割だと考えています。

新病院に向けても当院は上記の役割を担い 、原則として診療ガイドラインに則った治療を行いながら、先進医療も含め質と安全性に十分に留意して治療を進めていきたいと考えています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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