東京都済生会中央病院 院長 海老原全先生
少子高齢化が進む日本では、人口減少により医療体制の維持が難しくなる地域がある一方、都市部には医療機関が密集するエリアも存在する。たとえば東京都心の港区は人口約27万人程度だが、救急患者を受け入れる病院は8つもあり、うち3つはいわゆる大学病院だ。同区の人口10万人当たりの医師数は全国平均の4倍超にもなっている。
地域の医療体制が充実していることは住民にとってメリットが大きいように思えるが、医療機関が過密状態にあるが故に弊害が生じることはないのだろうか? 同区が抱える医療課題について、東京都済生会中央病院(東京都港区)の院長・海老原 全(えびはら たもつ)先生に話を聞いた。
当院は文京区、台東区、千代田区、中央区、港区の5つの特別区からなる東京都区中央部医療圏に属しています。圏域内には大学医学部が5つ、大学病院も3つあり、他にも本院をはじめとした高機能な医療機関が集まる、日本有数の医療集積地といえるでしょう。
これだけ医療機能が充足しているのだから、年々高齢化が進むにつれて増大する医療需要にも対応できるはずだ、と思うかもしれません。しかし、そうではありません。実は区中央部医療圏では、高齢患者さんの長期療養を支える療養病床が現在も著しく不足しているのです。
私は、港区を含む区中央部医療圏で今後も引き続き良質な医療を提供していくためには、「従来型の医療連携の強化」と、「急性期・回復期・慢性期・在宅医といった医療の枠を超えた新たな連携体制の構築」の2つに取り組む必要があると考えています。
従来型の医療連携とは、急性期医療を担う医療機関同士の連携です。港区には250床以上の病床をもち10以上の診療科がある病院が当院を含めて5つあり、当院のすぐお隣にも国際医療福祉大学三田病院があります。実際、港区の人口10万人当たりの一般病床は全国平均の約2倍もあり医療資源は充実していますが、一方でこれらの病院は現在、必ずしも全ての病床で患者さんを受け入れることができているわけではないという状況があります。
数年前までは区内の医療機関に患者さんが集まっていました。赤坂や六本木といったオフィス街を有する港区は昼間の人口が約95万人になるとされ、それらの方々がいらっしゃっていたのです。ところが、コロナ禍を経て人々の受診行動が変化し、現在も病床稼働率は以前の状態に戻っていません。入院患者さんの減少に昨今の物価高騰などが重なり、厳しい経営を強いられている医療機関もあるでしょう。
この課題を解決するために各病院が努力をしており、たとえば当院では救急患者さんを積極的に受け入れることで病床稼働率の向上に努めています。しかし一医療機関の努力には限界があります。そこでポイントとなるのが、それぞれの医療機関が得意分野を生かして連携し、患者さんを分担して診させていただくことでよりスムーズな医療を提供することです。
この一例として当院では、がん診療を専門的に行う医療機関(国立がん研究センターなど)と連携協定を結び、がん患者さんの合併症については当院で治療し、その後に連携先の医療機関でがん手術を受けていただけるようにしています。
実はコロナ禍前までは地域の医療機関が競争するような場面も見受けられました。しかし今後は、地域医療を支える急性期の医療機関が協力し合い、共生を目指す時代になるでしょう。
各医療機関の努力という点では、ただ患者さんを待つのではなく、選ばれる医療機関になるための努力を怠ってはいけないと思います。
「ここで治療を受けたい」と患者さんから選んでいただくのはもちろん、専門的な検査が必要になる場面で開業医の先生方から患者さんをご紹介いただけるようにしたり、自治体の健康診断などを実施する施設として選んでいただいたり、医療者から「ここで働きたい」と選んでもらえたりするような環境整備も大事になるでしょう。
当院を運営する「社会福祉法人恩賜財団済生会」は、「恩賜財団」という言葉が入っているためにどことなく敷居が高いイメージがあるかもしれません。しかし実際には多くの企業の健康診断を担ったり、済生会の使命として生活に困窮されている方への支援を行ったり、どなたでも受診しやすい環境を整えることによって受診のハードルを下げたりと、親身になって医療を提供しています。こうした取り組みは当院だけでなく全国どの医療機関においても行っていると思いますが、今後ますます重要になっていくでしょう。
もう1つの課題である「医療の枠を超えた新たな連携体制の構築」とは、加速する高齢化に対応するために急性期や慢性期・回復期、あるいは在宅といった医療の枠組みを超えた新たな連携体制をつくり上げることです。
とくに港区では、急性期の病気の治療を終えた患者さんを受け入れる医療機関が不足しています。この部分を担当する医療機関を港区やその周辺にもっと増やし、我々のような急性期の医療機関と連携することでスムーズな医療提供を目指す必要があるでしょう。
また、現在の医療政策では患者さんが住み慣れた場所で療養生活を送れるようにするための在宅医療(訪問診療)を推進しており、港区にも訪問診療や往診に対応するクリニックや訪問看護ステーション、有料老人ホームなどが複数存在します。しかしながら、そうした施設には入院設備がありません。そこにいらっしゃる患者さんの身に何か起こった際の「受け皿」として、我々のように多くの診療科を持って急性期を担当する医療機関を頼っていただけるよう、介護や在宅医療を担当する医療機関との連携をより緊密にしていく必要もあるでしょう。
こうした「医療の枠を超えた連携」は、一部の医療機関だけで実現できるものではありません。行政や地域の関係機関、地域にお住まいの方一人ひとりが「地域の医療を共に支えていく」という意識を持ち、同じ方向を向いて歩むことが不可欠です。
都市部の医療は、ただの「医療の集積地」ではなく、「つながりのある医療圏」へと変わっていくべき段階に来ています。医療機関同士が互いに補い合いながら、患者さんが必要とする医療をスムーズに受けられる体制を築くこと。それこそが、これからの都市部の医療に求められる「共生」のあり方なのではないでしょうか。
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