大原記念財団 大原綜合病院 理事長兼統括院長 佐藤勝彦先生
少子高齢化と若年層の流出が進む福島市では、地域医療を取り巻く環境が急速に変化している。市の高齢化率は全国の県庁所在地の中でも高い水準にあり、医師や看護師の人材確保が年々難しくなってきたという。
加えて、救急医療体制の維持にも限界が見え始めており、これまでの仕組みだけでは支えきれない場面も増えてきている。
こうした状況に対し、地域の医療を担う現場では、制度や連携の見直しを含めた粘り強い改善の取り組みが続けられている。大原記念財団 大原綜合病院(福島県福島市)の理事長兼統括院長である佐藤 勝彦(さとう かつひこ)先生に、福島市の医療の状況を伺った。
私が福島市に来てから、50年ほどが経ちます。当時は仙台市にも引けを取らないほどの賑わいがあり、中心部にはいくつもの百貨店が立ち並んでいました。けれども今では、街から百貨店はすっかり姿を消し、中心市街地の風景もがらりと変わってしまいました。時代の流れとはいえ、少し寂しさを感じる瞬間もあります。
福島市の高齢化率は31.8%(2024年時点)で、全国平均の29.1%に比べ高くなっています。震災の影響もあり人口の減少が加速したことに加えて、新幹線で仙台まで約20分弱、東京にも1時間強ほどでアクセスできるという地の利が、若い人たちの県外流出を後押ししているのかもしれません。
こうした社会の変化は、医療の現場にも確実に影響を及ぼしています。中でも大きな課題と感じているのが、「医療資源の不足」と「福島県全体の医療の質への意識」の2つです。
「福島市には大規模病院である福島県立医科大学附属病院があり、その他は300床程度の中規模病院が2つ、それ以外には中小病院やクリニックが多数あるので、医師の数は足りているのでは」と思われる方もいるかもしれません。でも、実際の現場は少し違います。
数字のうえでは、福島市が所属する県北医療圏には常勤の病院勤務医が約1,000人います。そのうち半数以上の医師は大学病院に所属していて、高度な医療や研究に携わっている状況です。大学病院は第三次救急医療機関として県全体から高度な専門的医療を必要とする患者さんを受け入れており、基本的に地域の二次救急には関わらない立場を取っているため、残りの400人ほどで、地域の医療を支えているのです。
ところが国の統計上では、福島市は「医師少数区域」とは見なされません。そうなると国の支援も届きにくく、現場とのギャップが生まれてしまうのです。
さらに2024年度から始まった医師の働き方改革により、大学から地域の病院への当直派遣が難しくなりました。その影響で、救急の受け入れを断念せざるを得ない病院も出てきています。「救急車を呼んでも、受け入れてもらえる病院が見つからない」。そんな状況が、この福島市でも現実となりつつあるのです。
そこで地域全体で知恵を出し合い、まずは福島県立医科大学附属病院が患者さんを一時的に受け入れ、その後、地域の病院へ転送するという体制を整えました。これにより少しずつ状況は変わりつつあります。
医療人材の不足に関しては、東日本大震災と原子力発電所事故の影響があります。実際、震災の後では福島市内で研修を希望する初期臨床研修医の数はわずか当院の1人だけという年がありました。「このままでは福島の医療の未来がなくなってしまう」と、危機感を抱いたのを覚えています。
そんな思いから立ち上げたのが「福島市臨床研修“NOW”プロジェクト」です。これは福島市や市医師会の支援を得て、市内の3つの基幹型臨床研修病院が連携して若い医師を地域全体で育てていこうという取り組みです。プロジェクトを成功に導くため、沖縄県の群星沖縄臨床研修センターの徳田 安春先生や大阪医科薬科大学の鈴木 富雄先生はじめ、医師臨床研修で定評がある先生方に教えを請い、先進的な研修体制をご指導いただきました。“NOW”プロジェクトでは、NHKで好評だった、研修医が病気の診断を推論する医療系番組「総合診療医ドクターG」のような形式の勉強会を行うなど、楽しみながら成長できる環境づくりにも力を入れました。
その甲斐あって、今では福島市内には臨床研修基幹病院が1つ増え、在籍する初期研修医は2学年合わせて40人近くとなり、全ての定員が埋まる「フルマッチ」の状態が続いています。研修医が増えたことは、福島市の医療を長期的に見た場合、何より嬉しい成果でした。
人材確保が難しいのは、医師に限った話ではありません。看護師や薬剤師の採用と定着も現在、大きな課題となっています。
中でも最近は、キャリアを積んだ中堅の看護師の離職が増えているのが気がかりです。急性期の病院はどうしても業務がハードになりやすく、「もう少し働きやすい環境を」と、美容医療やクリニックへ転職する方も増えています。転職サイトの充実なども影響しているのでしょう。
薬剤師も同様で、病院勤務よりもドラッグストアなどのほうが給与がよく、勤務条件も整っていることから、採用は簡単ではありません。
「給料を上げればよいのでは」と思われるかもしれませんが、診療報酬制度に縛られている医療機関はそれができない現実もあります。実際に、コロナ禍を経た現在は多くの急性期病院が赤字経営に陥っています。物価は上がっているのに、それに見合うような診療報酬の改定がなされていないため、給与が上げられない。この構造そのものが、人材確保の足かせになっています。
もう1つ課題だと考えているのは、福島県全体の「医療への意識」です。西日本の多くの病院では、職員が主体となって医療の質を高める「TQM(トータル・クオリティ・マネジメント)活動」が盛んに行われています。ですが、福島県全体、県庁所在地の福島市全体でも、まだまだその文化が根づいていないのが現状です。その背景には、福島県の医療機関が震災からの復興に力を注がざるを得ず、医療人材不足が重なり、現場に余裕がないことも関係していると考えています。
私はこのことに危機感を持ち、震災直後の2012年、当院の経営再建を機にTQM活動を導入しました。活動開始にあたっては職員をTQM活動で有名な福岡県の飯塚病院に派遣してTQMのノウハウを学び、今では院内にいくつもの改善チーム(Quality Controlサークル:QCサークル)が立ち上がっています。感染対策、業務効率化、栄養改善など、身の回りの課題に一つひとつ向き合うことで、職員自身の成長にもつながっていると感じます。
このような動きを福島県、福島市の医療従事者全体に広げ、他都道府県に負けない福島の医療を作ることが、福島県全体の医療で求められていると考えています。
さらに、福島県にお住まいの皆さんの「健康意識の向上」も欠かせません。福島の県民は喫煙率や生活習慣病など、健康指標の面で課題を抱えているのが実情です。人生を長く生き生きと暮らせるよう、より多くの方に健康増進への意欲を持っていただくべきでしょう。
健康への意識を変えることは一朝一夕にはできません。しかし、実は福島県にも誇れる事例があります。「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)検診」の受診率が、全国一の高さ(骨粗鬆症財団調べ)なのです。骨粗鬆症検診受診率は全国平均が約5%、福島県は15%を超えています。厚生労働省「健康日本21(第三次)」では受診率の全国の数値目標を2032年までに15%まで引き上げるとなっていますが、福島県はすでに達成しています。
こうなったのは、全国の市区町村の骨粗鬆症検診実施率が6割程度なのに対し、福島県ではほとんどの市町村で骨粗鬆症検診が実施され、医療従事者が行政と連携してお住まいの皆さんに対し積極的に検診を呼びかけてきたからです。私自身も整形外科医として、福島市民の皆さんに対し検診の重要性を訴え、検診から診断、そして治療までの骨粗鬆症地域連携診療体制づくりに関わってきました。
このように行政と医療機関が協力し、がん検診などほかの予防医療とも連携して健康意識を広げていく“地道な積み重ね”が、福島県の皆さんの健康寿命を延ばすのに何より大切だと感じています。
最後にひとつ、皆さんにお願いしたいことがあります。私たち医療従事者は皆、日々の仕事に誠実に向き合っています。けれど最近では、患者さんやご家族からの強いクレームや過剰な要求が、現場を疲弊させてしまうケースが増えています。
私たちは医療安全を第一に、そしてできるだけ質の高い医療を提供できるようにさらに努力を重ねています。皆さんに、医療現場の実情に少しでも目を向けていただき、温かなご理解をいただけたら嬉しく思います。その気持ちこそが、現場を支える一番の力になるのです。
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