市立大村市民病院 病院長 野中和樹先生
高齢化の進行と移動手段の制約が重なり、全国的に救急医療が逼迫しつつある。
そんななか、長崎県大村市にある市立大村市民病院は、映像伝送と病院救急車の運用を組み合わせ、救急患者の受け皿を整備。また、急性期ケアミックス型への舵切りと2024年度(令和6年度)診療報酬改定への即応により、経営も安定に向かったという。
地域に必要な「受け入れる力」をどう作り直したのか、その軌跡を病院長の野中 和樹(のなか かずき)先生に伺った。
私が2024年4月に院長として着任して以来、向き合ってきたのはこの大村市・周辺地域の状況です。まず、高齢化が進んでおり、特に85歳以上の後期高齢者の割合が今後さらに高まっていくと予測されています。
日中はご家族が仕事に出ていて、ご高齢の方が体調を崩されても病院に行くのが難しい。そんな世帯が非常に多いのです。また、いざというときに患者さんを横にして酸素を投与しながら運べるような介護タクシーも限られており、結果として救急車に頼らざるを得ない状況が生まれやすい地域でもあります。さらに、近隣の医療過疎地域からの救急搬送が当院に集まってくるという地理的な特徴の要因もありました。
こうした地域の実情を踏まえると、我々が取り組むべき課題は大きく2つに整理できました。1つは、「救急車のリソースの逼迫」という課題。もう1つは、「地域で包括的に行う医療体制整備の遅れ」という課題です。
消防庁の統計では救急出動は長期的に増加傾向で、2023年は過去最多、速報では2024年も最多を更新しています。しかし、その中身を詳しく見ると、約半数は入院を必要としない軽症の患者さんです。また、病院から別の病院へ移る「転院搬送」にも、全体の約7%もの救急車が使われているのが実情です(2023年度)。
もちろん、ご本人やご家族にとっては緊急事態なのですが、このままでは心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳卒中といった、本当に一分一秒を争う重症患者さんの元へ救急車が駆けつけられなくなる事態が増えかねません。実際、コロナ禍のときには発熱患者さんの搬送先がなかなか見つからず、救急車が出払ってしまって動けない、という状況がありました。同じことを繰り返してはなりません。
また救急に関しては、ご高齢の方が入られている施設からの相談が日中にあっても、ご家族の到着を待っているうちに当院に着くのが夕方になり、そこから検査や処置を始めると、どうしても院内スタッフの負担が夜間に集中してしまうという問題も抱えていました。
救急車が足りない、という課題に対して、我々が考えたのは当院の病院救急車を活用した「お迎え搬送」でした。施設や在宅、クリニックで「入院が必要だ」と判断された患者さんを、消防の救急車ではなく我々の病院救急車が日中のうちに迎えに行くのです。
これによって救急隊の負担を減らせるだけでなく、患者さんの入院準備や治療を早い時間帯に始められるため、院内の業務も平準化されました。もちろん、緊急性の低い転院搬送も我々の救急車で対応しています。
もう1つの重要な取り組みが、スマートフォンを使った映像伝送システムです。もともとは北里大学メディカルセンター(埼玉県)で田村 智先生が導入されていた仕組みで、それを知ってすぐに私から田村先生へ連絡を取り、当院に導入しました。
このシステムでは、救急隊からの要請時、在宅医療の現場、そして我々のお迎え搬送の全ての場面で、患者さんの容体を映像でリアルタイムに共有できます。これによって事前に患者さんの状況を詳しく知ることができ、受け入れの判断や準備がより的確にできるようになりました。
また、現場にいる特定行為看護師や救急救命士が、ポータブルエコーで心臓の動きを映したり、心電図の波形を送ってくれたりすることもあります。これらによって我々が病院にいながらにしてそれらの情報を確認し、「すぐに受け入れます」「専門病院へ直行してください」といった的確な判断を迅速に下せるようになり、救急患者の受け入れの効率化につなげることができました。
大村市の医療の2つ目の課題は、病院と地域の診療所、介護施設、そして患者さんのご自宅という「点」が、一本の線としてつながっていなかったことです。この連携がスムーズでないと、ちょっとした体調の変化が重症化するまで放置されたり、受診が夜間にずれ込んで救急車を呼ぶしかなくなったりします。
特に高齢者の場合、エアコンが壊れて熱中症になる、栄養状態が悪化して体調を崩すなど、生活環境そのものが発症の原因になることも少なくありません。このような患者さんに効率よく医療をお届けするには、平時から軽症・中等症の患者さんを地域全体で分散して支える体制が重要になります。
そのような体制の構築には、地域全体でガバナンスを効かせ、入口である初期の診療から我々のような病院への入院、そして急性期の治療が終わった後までの流れを効率化し、さらに底上げすることが求められると考えています。
私たちは急性期の治療を担当する病院として、先ほど救急患者さんの対応で言及した映像伝送システムを、地域連携の効率化のためにも活用しています。訪問看護師が利用者さんのお宅で撮影した褥瘡(じょくそう)の映像を見ながら、私が処置を指示する。エコーの映像を見て、その場で利尿薬の量を調整する。そうすることで、入院が必要な状態になる手前で介入(ACSC:Ambulatory Care Sensitive Conditions)できるケースが格段に増えました。まさに地域を結ぶ線がつながり、太くなったと実感しています。
このような、映像伝送システムを活用した地域版RRS(Rapid Response System、迅速対応システム)の運用で、地域の病態悪化の兆候がある患者さんを早期に発見し、かかりつけ医や急性期病院が迅速に介入する仕組みを構築しています。
また、当院では地域のケアマネージャーさんや介護職員さんを対象とした研修会も定期的に開催しています。最初に患者さんの「いつもと違う」というサインに気付くことができるのは、日々現場で接している方々です。その観察力を地域全体で底上げすることが、何よりの重症化予防になると考えています。将来的には行政とも連携し、生活環境の改善にまで踏み込んだ介入も視野に入れています。
私が病院長に就任したときは、コロナ補助金廃止で収益が減少し、人件費・物価高騰の支出増加の厳しい経営環境下で、さらに追い打ちをかけるように、当時の当院の看板でもあった心臓血管外科の開心術が中止することになりました。新しい専門医制度のもと、地域全体の効率化をはかるため、心臓血管外科は市内の国立病院機構長崎医療センターや長崎市にある大学病院へ集約化されたためです。病院の「強み」を失い、これから我々は何で地域に貢献していくべきか。行き着いた答えが、これまで述べたような「救急の効率化」と「地域全体の医療の効率化」でした。
さらに当院では、国が進める地域医療の効率化の方向性に合致した、急性期の患者さんから回復期の患者さんまで柔軟に受け入れる「急性期ケアミックス型」の病棟運用を効率的に進めました。また、2024年度の診療報酬改定の方向性をいち早く読み取り、救急救命士(病院救命士)や特定行為看護師の採用、リハビリテーション、栄養管理等を充実させました。そして何より、情報を得たらすぐ決断して行動に移すことを徹底してきた結果、2024年度の決算では最終的に約4500万円の黒字を達成しています。
急性期の医療を担当する病院が地域の中で健全な役割を果たせているかを示す指標として、外来入院患者比率があります。これは入院患者数と外来患者数の比率をしめしたもので、1.5を目標とするべきだとされています。この数字が低いほど、急性期から回復期までの治療をしっかりと終えた後、地域の診療所や介護施設といった「かかりつけ」の元へ、適切に患者さんのバトンタッチができていることを示すからです。
外来入院患者比率の2023年度の全国平均は1.75ですが、当院は同年度の実績で約1:1.5を達成しました。これも、地域全体の医療が救急から在宅まで線で結ばれ、機能している証左だと考えています。地域にお住まいの方々が「いざというときも、この町なら大丈夫」と思える安心感を提供すること。それを我々のような公立病院に課せられた最も大切な使命として、今後も地域全体で連携しつつ真摯に医療を提供していきたいと考えています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。