JCHO大阪病院 院長 西田 俊朗先生
日本の多くの都市部が直面する、急性期病院の競争激化と地域の急速な高齢化。
特に大阪市の北西部は多数の急性期病院が密集し、高齢化が進むという状況が顕著な地域の1つだ。
この大阪市で地域医療に貢献し、患者から選ばれる病院になるためにはどうすればよいのか、JCHO大阪病院(大阪市福島区)の院長である西田 俊朗(にしだ としろう)先生に伺った。
当院がある大阪市の北西部を中心に5km圏内を見ると急性期の医療を提供する病院が密集するエリアです。大阪市は多くの人口を抱えているため、地域の皆さんにとっては急性期病院の多さが安心感につながっているといえるでしょう。
人口も大きな減少はありません。しかし高齢化は進んでおり、後期高齢者と単身世帯の増加がみられます。
このようなエリアを私たち急性期の医療を担当する病院側から見ると、地域医療の課題としては2点挙げることができると考えています。1つは病院が密集しすぎていること。もう1つは、高齢者が増えることで求められる医療への対応です。
すでに述べたように、急性期の病院が多いことはこの地域に住んでいる方にとってはよいことです。しかし医療の効率を考えた場合、医療の需要に対して供給が多すぎることは、病床余りなどの問題につながる可能性があります。また、この問題が病院の経営にも影響を及ぼし、その結果医療の提供に支障が出てしまうことは避けなければなりません。
では、この急性期病院の過密地帯で、私たち病院はどうすればよいのでしょうか。
病院がどうあるべきかを考えるとき、多くの人が「パーパス(存在意義)」あるいは自分達が提供できる医療から議論を始めます。もちろん、存在意義やできることは非常に大事です。しかし、私はその前にやるべきことがあると考えています。
それは、「自分たちのポジションを明確にすること」。つまり、自分たちが置かれた環境や地域特性を理解し、そのうえで医療を提供することです。逆に、求められていない医療を過剰に提供することは避けるべきです。
大阪市北西部での状況に照らし合わせて考えてみましょう。ここでは高齢化が進んでいます。ご高齢の方が多いということは、複数の病気(合併症)がある患者さんが増えるということです。
この問題の影響は非常に大きなものがあります。私自身、以前がんセンターにいたときに痛感したのですが、がんの治療をしたくても心臓や脳に病気があると、どうしてもがんセンターでは治療できない場合があるのです。
つまりこの地域で求められるのは、専門特化した病院だけではなく、高齢者の合併症に幅広く対応できる総合的な病院なのです。
この問題への対処として、当院では多くの診療科を備えつつ、ご高齢の方の医療ニーズに対応した診療科を充実させることを重視しています。具体的には、まず高齢の患者さんでニーズが非常に高い整形外科を整備しました。また、がんの治療体制も強化し、今年(2025年)からは新しく腫瘍内科(しゅようないか)を立ち上げています。
現在、循環器(心臓)や脳卒中の領域を強化しており、地域のニーズに合わせた医療を提供しようと積極的に準備を進めているところです。
また、急性期の病院が多いということは、その中での競争があるということです。地域にお住まいの方の中にはピンと来ない方もいるかもしれませんが、病院も赤字では存続できず、黒字経営が求められます。つまり、地域で選ばれる急性期病院になる必要があるのです。
選ばれる急性期の病院とは、救急隊が患者さんの搬送先として選ぶ病院、そして地域の開業医の先生方が紹介先として選ぶ病院だといえるでしょう。
その具体例として、当院では特に開業医の先生方との連携については、先生方が何を求めているかを考え、具体的な仕組みを作ってきました。たとえば、開業医の先生方は夕方まで診療されていることが多いので、患者さんの紹介をいただく時間を平日の夜19時30分まで延長し、土曜日も13時まで受付を行っています。
また、地域の先生方が患者さんのCTやMRIを撮りたいと思ったときに、すぐに使えるように放射線科の予約をWebで完結できるようにシステムを開放しました。
この「オープン」に使っていただく、という取り組みは、地域の先生方から「便利だ」とご好評をいただいています。今では59の施設にご登録いただき、月に30件から40件ほどの検査予約がこのウェブシステム経由で入るようになりました。
また、患者さんを紹介してくださった先生が、その後の当院での治療の経過を確認いただける仕組みも稼働しています。この仕組みではCTなどの検査結果や処方したお薬、アレルギー情報、退院サマリーなどをWeb上で確認できるため、当院からあらためて報告書をお送りしなくても、先生方のタイミングで患者さんの状況が分かるため、こちらも非常にご好評をいただいています。
もう1つの課題である「高齢化」、特に「単身高齢者」の増加に対して、私たちは独自の取り組みを始めました。それが「お迎え搬送」です。
これは、地域の開業医の先生や介護施設が「この患者さんは入院が必要だ」と判断した際に、当院の救急救命士が専用の車で直接患者さんを迎えに行く仕組みです。
この取り組みの最大の特徴は、患者さんご本人やご家族ではなく、医療のプロが「要る」と判断してくれている点です。これによって、本当に入院が必要な方に入院治療をより適切に提供できるようになりました。
実は、当院での一般的な救急搬送での入院率は、50%に届きません。病院に直接歩いてこられるウォークインの患者さんなら20%程度です。ところが、この「お迎え搬送」で運ばれてきた患者さんの入院率は、なんと92%に達します。
この数字は、本当に医療が必要な患者さんを、私たちがピンポイントで受け入れられている証拠といえるでしょう。お迎え搬送は、医療資源を適正に使うという意味でも非常に重要な取り組みだと考えています。
地域の開業医の先生との連携強化やお迎え搬送といった取り組みを進めた結果、私がここに来る前は年間2,700件ほどだった全身麻酔手術件数は、今では4,300件ほどと、約60%増となりました。救急車の受け入れ台数も3,000台だったのが5,000台になっています。
しかし、私たちの挑戦はまだ道半ばです。たとえば、もっと地域に溶け込むことも重要です。これに関しては病院祭り(オープンキャンパス)や院内コンサートを開催し、住民の方に当院をより身近に感じていただく活動を地道に続けていきたいと考えています。
加えて、ハード面の充実も欠かせません。2023年、産科の病棟ができて10年経ったのを機に、病室の壁の保護パネルをもっと上まで伸ばして傷や汚れを減らすなど、清潔感を重視し、落ち着きのある「分娩」の場にふさわしい空間へリニューアルしたところ、分娩数が増加するといううれしい結果にもつながりました。
そして現在(2025年11月)、増え続ける「お迎え搬送」のニーズにもっと応えるため、当院が保有する救急車を増やすべく追加で購入することを計画しています。その費用の一部にあてるため、私たちは初めてのクラウドファンディングにも挑戦しています。
このような取り組みを通して病院の設備をさらに向上させ、地域の医療に貢献できたらと考えています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。