札幌厚生病院 髭 修平病院長
札幌市中央区は、札幌市内でも数少ない「人口が増え続けている地域」である。再開発が進む苗穂駅周辺にはタワーマンションが次々に建ち、街の風景は数年単位で様変わりしている。
一見すると医療が充実していそうなエリアだが、実は「急性期病床の飽和」「収益悪化」といった構造的課題が積み重なっているという。
そうしたなかで、医療をどう持続可能なものにしていくか。同地にある札幌厚生病院の病院長である髭 修平(ひげ しゅうへい)先生に、札幌市中央区を中心としたエリアの医療課題を伺った。
札幌市は北海道の中心都市であり、活気のある街です。しかし、実際にはすでに人口は減少局面に入っています。
ただ、官庁や企業のビルが立ち並ぶ中央区は今も増加傾向が続いており、特に2018年に新築された苗穂駅周辺では再開発が進んで、高層マンションが立ち並ぶようになりました。周辺のエリアではこれまでに3000戸近く増加し、道内からの移住者も含めて、人口はしばらく増加する見込みです。
一方で、全国的に見ても、急性期医療を担う病院の経営環境は年々厳しさを増しています。これは札幌市中央区の医療も例外ではなく、人口が増えているからといって、必ずしも医療提供体制が安定しているとは言えないのが現状です。
現在、札幌市中央区とその周辺では、急性期・高度急性期の大規模病院が密集しています。私たち札幌厚生病院の周囲5km圏内には、北海道大学病院、札幌医科大学附属病院、市立札幌病院、北海道がんセンターなど、300床を超える病院が11もあります。
このように急性期の病院が集中している結果、急性期の治療を行う病床が過剰傾向にあり、回復期や慢性期の病床が不足するというアンバランスが生じています。
そこで当院では、急性期病床の一部を削減し、スリム化と効率化を進めてきました。また、患者さんの状態に応じて適切な医療機関へスムーズに移行していただけるよう、回復期・慢性期の病院と連携を強めています。
もう1つの大きな課題が、物価の上昇と診療報酬のギャップから来る病院経営の難しさです。光熱費や人件費、医療材料費は年々上がる一方、診療報酬はそこに追いついていません。その結果、札幌市中央区の病院だけでなく、全国の急性期病院の多くが、苦しい病院経営を迫られています。
当院も決して例外ではなく、必要な医療を提供すればするほど収支は悪化していく構造があります。そのような状況下では、「自院の強み」を維持し、さらに新たな柱を増やしていくことが生き残るために重要だと考えています。
当院ではがん診療連携拠点病院として、健診による早期発見から緩和ケアまでを一貫して行える環境を整えています。内科・外科・放射線・化学療法について集学的治療の体制をつくり、ダ・ヴィンチの導入、無菌室の拡充やゲノム医療にも対応してきました。加えて、妊孕性の温存など、がん治療に伴う生活支援にも踏み込んだ取り組みを進めることで、この地域のがんの患者さんに寄り添っています。特に、肝臓・胆嚢・膵臓(すいぞう)・胃腸などの消化器がん、血液の悪性腫瘍(しゅよう)、炎症性腸疾患の患者数は道内でも多く、また、循環器のカテーテル治療も症例数を伸ばしています。
このように病院ごとに強みを作っていくことは、厚生労働省が進める地域医療における「医療機関の機能分化」の方向性とも合致しており、患者さんにとってよりメリットが大きい医療の提供につながるでしょう。当院も引き続き、質の高い医療を提供できるよう努力を続けていきます。
地域のより多くの患者さんへ迅速に医療を提供するには、役割の異なる医療機関同士が密に連携することが鍵となります。当院のような急性期の治療を担当する病院にとっては、急性期を脱した患者さんのその後の治療やリハビリテーションを行う医療機関と連携し、いかにスムーズに、よりよい医療を続けていくかが求められています。
そこで当院は、医療関係者向けのセミナーや懇談会の開催、医療機関への訪問などを通じてさまざまな病院との関係を強化しています。これによって医療機関同士がより有機的につながり、それぞれの責任を果たし合うようになればと考えています。
また、当院は地域医療支援病院として、紹介された患者さんに急性期の医療を提供し、治療が終わればかかりつけ医に引き続き診ていただく、一方で逆紹介をした患者さんの体調が変化した時には救急対応を行う、という流れを重視しています。そこで院内の患者サポートセンターを再編し、地域との橋渡しを担う体制を整え、患者さんがそれぞれの病気の状態に応じて受診すべき医療機関でスムーズに治療を受けられる仕組みづくりを進めてきました。
また、この流れをさらに強化するものとして、新たに苗穂駅直結の附属クリニックとして「なえぼ厚生クリニック」を開設しました。内科(総合診療科)と小児科の2科体制で、日常的な健康不安にまず対応し、必要があれば病院へつなげる。こうした病診連携の動線づくりが、今後の都市型医療には不可欠だと考えています。
札幌市中央区の苗穂駅周辺エリアは、駅を中心にタワーマンションが建ち並び、小さなお子さんを抱えた若い世代の姿も多く見られるようになりました。しかしその一方で、医療を取り巻く環境は決して安定しているとは言えません。
現場では「真面目にやるほど経営が苦しくなる」という構造的な課題が存在していますが、こうした状況のなかでも、近隣のかかりつけの先生、専門的な精密検査や入院治療に対応する我々のような病院、病状安定後を受け持つ医療機関や施設、それぞれが連携しつながりを強めて各々の役割を果たすことが医療者の使命だと考えています。
当院でも患者さんを守り、職員や病院を守り、地域医療を守るため、専門性の高い医療の提供を継続していくつもりです。
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