日本赤十字社和歌山医療センター 山下 幸孝院長
和歌山県は全国でも人口減少・高齢化が進んでいる地域であり、求められる医療の形も大きく変化を遂げている。地域のニーズを汲みながら、持続可能な地域医療の在り方を模索する病院は少なくない。
和歌山市に位置する日本赤十字社和歌山医療センターも、その1つだ。地域の中核を担う病院として、急性期医療、がん医療、救急・災害医療といった幅広い分野に取り組みながら、「何でもできる」病院として地域から求められる医療ニーズに応え続けている。同センターの山下 幸孝(やました ゆきたか)院長に、地域医療の課題と、それに向き合う取り組みについて伺った。
和歌山医療センターが属する和歌山医療圏には、和歌山市、海南市、紀美野町の計3つの自治体が含まれ、およそ41万人が暮らしています。県内では最も人口の多い地域ですが、一方で高齢化の進行も著しい状況です(2020年時点)。さらに和歌山市内では小学校の統廃合が進むなど、子ども世代の減少も深刻化しています。
また、この地域は全国的に見ると開業医の多い地域に分類されますが、その一方で中規模の医療機関はそれほど多くないため、地域のかかりつけ医と大規模病院の間をつなぐ連携が不足しており、結果的に規模の大きい急性期病院に患者さんが集中しやすい構造となっています。
このような地域背景を踏まえ、和歌山県が抱える医療課題としては主に次の3つが挙げられます。
1つ目は、高齢者の急性期の患者さんの増加です。高齢者の急性期医療の特徴として、がんや心疾患など高度で複雑な治療に加えて、併存症や認知症などを抱えているケースが多く、その治療には専門性だけでなく総合的な医療提供体制が必要となりますが、今後も増えていくニーズに現場のリソースが追いつかないことが危惧されます。
2つ目は、救急医療体制の脆弱(ぜいじゃく)さです。夜間・休日を含めた救急患者さんの受け入れ体制が限られており、地域による医療資源の偏在もみられます。
3つ目は、人口減少と医療需要の減退に対応するための施設の統廃合や、医療資源の集約化、役割分担についてです。赤字経営の病院が増えている現状から、この問題は避けて通ることはできません。
これらの課題に対する当地域や当センターの取り組みは、次に述べるとおりです。
和歌山県は全国的にみても高齢化の進む地域であり、75歳以上の人口比率は全国で上位に入る水準です。さらにがんの死亡率も高く、4人に1人ががんで亡くなっているとされます。
このような背景から、地域全体でご高齢の患者さんに対するがん医療を充実させることと、併存疾患を治療できる体制づくりの2点が不可欠だと考えています。
当センターでは、地域がん診療連携拠点病院として「がんセンター」を設けていますが、いわゆる一般的な「がんセンター」とは一線を画します。当院のがんセンターは、診療科横断型のユニット制を採用しており、診療科の垣根を越え病院全体で低侵襲ながん医療に取り組んでいます。
さらに、たとえば消化器系のがんについては「肝胆膵ユニット」など、臓器ごとに13のユニットが存在し、患者さん一人ひとりに対して、外科・内科・放射線科・薬物療法・病理などの専門家が電子カルテを通じて情報共有し、電子カルテのツールを使ってディスカッションして治療方針を決定します。多角的な視点で、かつ速やかに治療の選択が行える点がこの「ユニット制」のメリットといえるでしょう。
また、高齢化が進むことで増えている心疾患や糖尿病など併存疾患のある患者さんに対しても、各診療科が連携して迅速な対応が可能な体制を整えており、総合病院としての利点が存分に生かされています。
今後、ご高齢の患者さんはますます増えていくでしょう。それに対応できるようユニット制による効率的な医療を磨いていくとともに、診療科の垣根を越えた総合的な診療も強化していきたいと考えています。
救急医療に関しては、いわゆる“救急難民”の発生が懸念されています。和歌山県の中でも地域によって医療資源に偏りがあり、たとえば南部地域では病院数そのものが限られていることから、救急車の搬送先が見つからないといったケースも想定されるのです。
このような状況を解決すべく、当院では「断らない救急」を方針に掲げ、他院で受け入れが難しい症例や、深夜・休日の急患も可能な限り引き受ける体制を築いています。たとえば近隣のクリニックや開業医からの依頼に即応できるよう、専用の連携ネットワークを整備しており、紹介があった場合は原則として断ることはありません。これにより、地域の一次医療を支える開業医の先生たちにとっても、当院が「困ったときの最後の砦」となれるよう努力しています。
人口減少が進む和歌山県において医療を従来のように提供し続けるためには、病院統合などによる医療資源の再編と、役割分担の見直しなどによる集約化が必要です。特に県南部では医療需要の減少が大きくなっていますが、当然ながらゼロではないため、限られた資源の中でいかに効率的な医療提供体制を構築するかが問われています。和歌山市周辺はまだ人口が多いものの、将来的に人口の減少が進めば再編と集約化は避けられません。
これを解決するには、行政が強力に関与して医療機関と共に再編や役割分担の見直しを進めていきつつ、運営面でのバックアップも行う必要があると考えています。
当センターも、地域医療構想を受け、2022年に873床から781床に、2023年には700床に、いち早く病床返還に応じています。現在も非常に多くの病床数を持った病院として地域のニーズに応じた医療を提供していますが、今後人口減に伴い、さらなるダウンサイジングの検討も必要になってくる可能性は十分にあるでしょう。しかしながら、医療の質を下げることはできません。急性期の診療に特化しつつ、慢性期や回復期を担う医療機関との連携をさらに強化し、役割分担を明確にすることで地域医療構想が理想とする体制の整備を進めていきます。
当センターは、質の高い医療を提供し続けることこそが最大の使命であると考えています。そのためには医療だけでなく、健診センターを活用した予防医療の充実、ICTを活用した業務改善、職員の働きやすい環境整備など、持続可能な運営の工夫が不可欠であり、現在それらの改善に取り組んでいるところです。
また、和歌山県は南海トラフ地震が懸念されており、それに備える必要があります。当センターは災害拠点病院に指定されており、免震構造の建物に加えて、大容量の非常用発電機や独立水源を備えることで、大規模災害が発生した場合でも安定した医療提供が可能です。
これらの多岐にわたる医療課題に真正面から向き合いながら、地域の他の医療機関と共にお住まいの皆さんの信頼に応える医療をこれからも提供していきたいと考えています。
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