日本赤十字社 長崎原爆病院 院長 谷口英樹先生
病院の数は多いものの、医療機能が重複し、真に求められる役割分担が進んでいない――。長崎市の医療現場では、急性期病床の過剰や回復期の病床の不足といった課題が浮き彫りになっている。地域内での連携不足がその背景にあり、医療資源の再配分と機能の「住み分け」が強く求められているのが現状だ。
そのような長崎市の医療の課題について、日本赤十字社 長崎原爆病院 院長の谷口 英樹(たにぐち ひでき)先生にお話を伺った。
長崎市は、人口減少と高齢化が同時に進行している地域です。特に高齢者人口の割合は年々上昇しており、医療や介護のニーズは今後ますます増えていくと見込まれています。その一方で、医師数に関しては全国平均と比べて「多い」とされることもありますが、実際の現場では「足りている」という実感はほとんどありません。
この「医師数が多い」という認識は、実働ベースでの評価ではなく、医師免許保有者を基準にした統計によるものです。長崎の場合、高齢の医師が多く、実際にフルタイムで働ける若手医師が少ないため、現場の感覚としては常に人手不足です。地域によってはさらに偏在が顕著で、たとえば長崎県北部や五島・対馬といった離島地域では、医師の確保に深刻な課題を抱えています。
こうした背景を踏まえると、医療資源の数だけではなく「質」や「配置」、さらに「機能の連携」に目を向ける必要があります。私はその中でも、特に以下の2つの点に課題を感じています。
1つ目は「長崎市内の病院機能の偏り」です。市内には公的な急性期病院が集中しており、それぞれが似たような診療機能を持っているため、どうしても競合が生まれてしまいます。その結果、患者さんにとってどこを受診すればよいのか分かりづらくなるだけでなく、病院側でも役割の重複や資源の無駄が発生しやすくなっています。
2つ目は「回復期の病床の不足」です。高齢の患者さんが急性期の治療を終えた後、次のステップとなる医療機関が十分に整っておらず、結果として急性期のベッドが埋まり続け、新たな患者さんを受け入れられないことがあるという問題が生じています。
長崎市には、長崎大学病院をはじめ、私たち長崎原爆病院、済生会長崎病院、市立病院である長崎みなとメディカルセンターといった公的病院が密集しています。特に急性期の病床が多く、病院同士で機能が重なっている部分も少なくありません。加えて、人口規模に対して病床数が多すぎるという声もあり、いま大きな転換期を迎えていると感じています。
たとえば、大学病院については、佐賀大学や鹿児島大学と比べても病床数が多く、すでに病床数の見直しに向けたダウンサイジングが進められていると聞いています。当院も病床数を360床から315床に削減し、地域包括ケア病棟を整備するなど、自らの役割を見据えた改革を進めてきました。
こうした状況のなかで、病院間の連携を深めることは欠かせません。私たち公的4病院は定期的な意見交換の場を設け、県や市の保健部局とも連携しながら、実務的な議論を重ねています。この「6者会談」は形式ばらない率直な対話の場であり、お互いの強みや方向性を確認し合う重要な機会となっています。
なお、私たちの病院はがん診療連携拠点病院として、各種がん疾患(特に血液疾患、肺がん、泌尿器がんが多い)分野に注力しています。2020年の新築移転の際はそれまでになかった緩和ケア病棟を新設し、外来化学療法室も8床から20床へと増設しました。血液内科の病床のうち約半数を無菌室にするなど、設備面でも対応を強化しています。
ちなみに2021年のデータになりますが、100床あたりのがん患者数は長崎県内の病院や全国の日赤病院の中でも当院が非常に多く、がんに特化した診療体制を整えています。
このように、病院全体としてはさまざまな診療科がありながらも、「何をやるか」を明確にし、強みを生かした診療体制を構築することで地域の中で必要とされる役割を果たしていくことが重要だと考えています。
長崎市の地域医療のもう1つの課題が、「回復期の病床が不足している」という状況です。急性期の治療を終えた患者さんが、その後に必要とするリハビリテーションや在宅移行支援を受けるための場が足りておらず、結果として急性期病棟のベッドにとどまってしまう――こうした「回復期の病床不足」が医療現場で問題となっています。
高齢化の進行に伴い、救急では大腿骨頚部骨折や誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)、尿路感染症といった、いわゆる「ご高齢の患者さんの病気」の比率が年々増加している状況です。こうした患者さんに対しては、急性期で命を守る医療だけでなく、その後のリハビリや在宅医療、生活支援を含む包括的なケアが求められます。しかし現状では、次のステップとなる回復期の病床が空かず、急性期の現場が慢性的に「詰まり」を抱えてしまうという悪循環に陥っています。
当院でもこの課題を強く認識しており、2014年には地域包括ケア病棟を立ち上げました。この病棟では、急性期と在宅の間をつなぐ役割を担い、患者さんが安心して自宅や介護施設に戻れるよう、多職種が連携しながらリハビリや退院支援を行っています。
また、今後は訪問診療への対応も視野に入れており、すでに訪問看護ステーションの運営を進めている状況です。都市部では開業医の先生方が在宅医療を担ってくださっていますが、地方都市ではその担い手が高齢化しており、診療所だけでは対応が難しいケースも出てきています。そのため、病院側が地元医師会の了解の下で訪問診療の一部を担うという発想も、現実的な選択肢になると感じています。
全国的に見ると、すでに急性期の病院とその後の治療を受け持つ病院が事前に連携し、搬送から2~3日後には回復期へ移行させるスキームを構築している地域もあります。私たちもそういった取り組みに学びながら、地域全体で機能分担と連携の強化を図っていく必要があると考えています。
急性期の病院が多く、一見すると医療資源に恵まれているように見える長崎市ですが、実際には病院機能の重複や回復期医療の不足といった課題が明らかになっています。こうした状況を踏まえると、病院同士が密に連携し、それぞれの役割を明確にしていくことが不可欠だと感じています。
当院では、がん疾患、特に血液疾患、肺がん、泌尿器がんといった重点領域に力を入れているほか、日本赤十字社の一員として災害への備えにも注力しています。具体的には、災害救護活動に関する情報の共有・発信や、食料・水といった備蓄品の確保を平時から行っており、災害発生時には5班編成の災害救護班が速やかに現地へと出動できる体制を整えています。こうした活動の意義をご理解いただき、地域の皆さんにも支えていただけたらありがたく思います。
また当院では、「ともによりよい病院をつくる」という姿勢のもと、院内外の声に耳を傾ける取り組みを続けています。その一例として、ペイシェントハラスメントへの対策にも力を入れており、患者さんと職員が安心して向き合える環境づくりを進めているところです。これからも、地域の医療を守り支える存在として一つひとつの課題に真摯に向き合いながら、地域の他の医療機関やお住まいの皆さんと手を携え、信頼される医療体制の構築を目指してまいります。
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