連載地域医療の現在と未来

超高齢化モデルケース都市の実情から見る、日本の地域医療の課題

公開日

2025年05月21日

更新日

2025年05月21日

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2025年05月21日

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社会保険大牟田天領病院 院長 向山政志先生

日本の高齢化率は、2024年9月15日現在で過去最高の29.3%に達した。しかも今が少子高齢化のピークというわけではなく、今後何十年にもわたって、高齢化がさらに進行することが確実視されている。そして高齢化が進めば進むほど医師の高齢化も進み、さらに少子化・人口減の影響もあって医師の人数自体も減っていく。

福岡県の最南端にある大牟田市は、10万人を超える人口を擁しながら高齢化率が38%を超えるという、まさに“超高齢化社会のモデルケース”のような市だ。今、大牟田市が直面している地域医療の課題は、近い将来、日本全国での地域医療の課題となっていくことだろう。

そこで、社会保険大牟田天領病院(福岡県大牟田市)の院長・向山 政志(むこうやま まさし)先生に、大牟田市の地域医療がどのような課題に直面しているのかについて伺った。

医療の重要性が増しているのに医師不足という現状

当院が所在する福岡県大牟田市の高齢化率は、2024年9月1日時点で38.2%です。2024年8月の総務省の全国の高齢化率の推計値は29.3%なので、全国に比べて大幅に高く、また、福岡県の29市の中で2番目に高い数字です。

そして、日本全体の高齢化率がこの水準になるのは2060年あたりと予測されています。つまり大牟田市は“数十年先の未来の日本を表現している市”といえるかもしれません。

高齢になればなるほど、さまざまな病気・合併症の発症リスクが高まりますし、転倒や骨粗しょう症などによる骨折も起こりやすくなります。治療・手術後の回復も若いころのようにはいきません。したがって、高齢化が進んでいる地域ほど、医療の重要性も増すといえます。しかし現実には“高齢化の進行にあえぎながら、以前よりも医師不足が深刻化している”という地域も少なくありません。大牟田市に所在する当院も、今まさにその問題に直面しています。

医師不足が深刻化するさまざまな要因

地域医療の医師不足の原因としては、若い医師が地方に残らず都市部に集中する傾向にある、美容医療の道を進む若い医師が増えている、などが挙げられますが、“大学病院からの医師の派遣が減少したり取りやめになったりするケースが増えている”というのも大きな原因となっています。

当院は、福岡県と熊本県の県境近くにあるため、少し前までは熊本大学病院からの医師派遣のおかげで医師数をまかなうことができていました。しかし現在は、熊本大学病院の医師派遣は熊本県内になるべく集中させることが求められるようになり、当院はその影響を大きく受けることとなりました。この背景には、医師の働き方改革によって夜間や休日・時間外労働が制限されたことから、熊本大学病院もこれまでと同水準の医療機能を維持するためには医師数を死守するだけでなく増やす必要が出てきたという事情があります。そのために、派遣数を減らす、場合によっては派遣を取りやめる、という対応を取らざるを得ない診療科も少なくありません。

このような大学病院からの医師派遣の減少や取りやめは、今や全国的な問題となりつつあります。

超高齢化社会と医師不足のなかで地域医療に貢献するために

地域の高齢化と医師不足が深刻化するなかで、われわれが地域医療に貢献し、少しでも地域医療問題を緩和するためには、まず“大学病院からの医師派遣だけではもう成り立たない”という現実を踏まえ、リクルート活動をより積極的に行うことが挙げられます。

次に、それでも医師が足りない場合は、当院の既存の全ての診療科をカバーすることが不可能となるため、「超高齢化社会において必要とされる医療と、自院がしっかり応えられる分野」を重視した診療科に注力し、それを地域医療における自院の大きな強みとすることが大切だと考えています。

そして、超高齢社会のなかで地域医療をしっかり成り立たせるためには、かかりつけ医が日々の診療で疾病予防や早期発見などを担い、寝たきりの原因となりかねない障害や病気の手術・治療は急性期病院などで行い、回復期病院は回復期リハビリテーションを担うというような形で、大牟田市内および周辺地域の医療機関が密に連携しながら役割分担を行うことがもっとも大切です。

こうした地域医療の役割分担のなかで当院が担えるのは、循環器・呼吸器疾患および腎臓病や消化器癌、肺癌、外傷、運動器疾患に対する治療・手術、および回復期リハビリテーションです。また最近、診療科横断的な総合診療科も創設しました。なかでも回復期リハビリテーションについては、理学療法士や作業療法士などのリハビリテーション技師が約100名在籍しており、幅広い分野のリハビリテーションを提供していると同時に、運動器疾患・脳血管疾患・呼吸器疾患・がんの全てのリハビリテーション科の施設基準をクリアしており、心臓リハビリテーションや腎臓リハビリテーションも行えます。地域の皆さんや連携医療機関から「リハビリといえば大牟田天領」と言っていただけるほど中心的な役割を担えていることも当院の誇りです。

一方で、腎臓病の診療についても力を入れています。腎臓の機能は加齢と共に低下してしまうので、高齢化が進めば進むほど、慢性腎臓病(CKD)患者さんの割合が増加する傾向にあります。当院ではCKD患者さんに対して薬物治療だけでなく食事指導や、CKDに関する知識を身につけていただくためのCKD教育も行いながら、普段と変わらない日常生活を送れるようサポートしています。透析が必要となってしまった患者さんに対しては、新たに開設・拡充した腎センターにて新しい機器による快適な透析治療を受けていただいています。

これらによって、地域の高齢化に対応した医療を引き続き提供できればと考えています。

地域で暮らす人々と医療に携わるわれわれ

地域が地域として存続し続けるためには、産業、教育、そして医療の3本柱が不可欠です。どれが欠けても地域は成り立ちませんし、なかでも地域の方々の健康や生命に大きく関わる医療は、地域を守るための基本中の基本だと考えています。

そして、大牟田市周辺の地域医療を成り立たせるために大切なことは、“地域の皆さんの健康寿命を延ばすこと”だと思っています。ご高齢の方にとって怖いのは、脳梗塞(こうそく)をはじめとした脳血管障害、心不全や心筋梗塞・不整脈などの循環器疾患、そして骨折や変形性関節症などの運動器疾患によって寝たきりの状態になってしまうことです。

さらに、健康寿命を縮めてしまうものとして、ロコモティブシンドローム(運動器障害により、立つ・歩くなどの移動機能が低下した状態)やフレイル(加齢で心身が老い衰えた状態)、認知症の発症や進行も挙げられるでしょう。

今後の地域医療を成り立たせていくためには、地域の皆さんもわれわれも、皆で地域愛を持つことが大切です。われわれ医療従事者は、地域の方々が安心して地域で医療を受けられるよう、あの手この手を使って地域医療を存続させるための努力を続けてまいります。ですから皆さんもぜひ、今あなたが暮らしているこの地域を愛してください。地域を愛する人が増えて地域に残り、戻り、集まる……それが実現できることを願っています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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