少子高齢化の進展は社会に大きな変化をもたらす。地域医療も例外ではなく、人口動態の変化によってさまざまな課題が顕在化しつつあり、早急に解決しなければならないテーマも多い。そこで、小林記念病院(愛知県碧南市)の小林 清彦(こばやし きよひこ)理事長に、地域医療が抱えている課題と未来像についてお話を伺った。
少子高齢化と医療について考える際には、「人口動態の変化が地域医療に及ぼす影響」と、「地域が抱えている固有の課題」という2つの観点から論じる必要があります。
“人口動態の変化が地域医療に及ぼす影響”について感じていることの1つは、日本人の長寿命化がいつまで続くのかという点です。厚生労働省が公表している令和5年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.14歳で、前年をわずかですが上回りました。このように、日本人の長寿命化は進んでいますが、このまま永遠に進んでいくのかというと、私は少々疑問を感じています。なぜならば、日本人の死生観が変化するかもしれないと考えるからです。現在、平均寿命を上回る90歳、100歳を目指している人は多いと思います。しかし、健康寿命と言われているように、これからは長生きだけがよい生き方ではないと考える人が増えてくるのではないでしょうか。そして、死生観が変われば平均寿命にも影響するでしょうから、医療機関に求められる医療の内容や質も大きく変化すると思われます。私たち医療従事者は、そうした社会の変化を敏感に感じ、柔軟に対応していかなければなりません。
“人口動態の変化が地域医療に及ぼす影響”について感じていることのもう1つが、医療制度の在り方です。少子高齢化が進むと生産年齢人口の割合の変化によって、現在の医療制度を維持していくのが困難になり、医療制度が大きく変わるかもしれないということです。それに伴って、患者さんは以前のように気軽に好きな病院を受診しにくくなると思われます。
たとえばアメリカでは救急車に乗るにもクレジットカードが必要になるなど、“命”をお金で助けるという認識が一般的な国があります。日本はそこまでいかないにしても、「腰が痛い・膝が痛い」といった生命の危機に結びつかない症状での受診や、QOL(生活の質)を向上させるための鍼灸(しんきゅう)やリハビリテーションなどの受診については、自費で負担する部分が増えてくるでしょう。また、人工透析など一部の医療については、年齢制限が設けられるかもしれません。少子高齢化が進んだ先にはそうした未来の可能性から、日本人の“死生観”に影響を与えるかもしれません。
地域病院は、地域の方々が生活するうえで大きな安心感につながる重要な存在です。しかし、地域固有の課題として、赤字体質の経営が行われている行政立病院があります。そして、その赤字を補うためには、多額の税金が投入されています。
病院は、多くの人が働く「労働集約型産業」であり、高価な医療機器や設備を整える「装置産業」でもあります。そのため、人件費や物価、水道高熱費の高騰が、経営に大きな影響を及ぼします。もちろん、病院側もコスト削減や経営の改善にさまざまな努力をしていると思います。しかし、その効果が出ないうちに行政の財政が悪化した場合は、十分な医療が提供されなくなるといった可能性も考えられます。
社会保障費の増大が問題視されていますが、私が気になっているのは、こうした状況を、県民・市民の皆さんがどのくらい意識しているかということです。たとえば、「充実した医療が必要ですか」と聞かれれば、ほとんどの方が必要だと答えるでしょう。しかし、その医療を支えるために補填されている税金を、もし給食費無償などといった別の行政サービスに回したら、もっと豊かに暮らせる社会が実現するかもしれません。つまり、行政立病院への赤字補填を減らせれば、その分を子どもたちの教育支援や福祉サービスの充実に回せるのです。
私たち一人ひとりは、私たちが納めている税金の使い方にもっと目を向ける必要があります。そして、その使い方がどうあるべきか、今の時代に何が一番必要なのかを考え、社会全体でさまざまなサービス提供のあり方を見直すことが、少子高齢化という社会課題に直面しているこの時代に必要だと私は考えます。
上記の2つの課題を克服し、地域医療をこれからも維持していくために、効率化は欠かせません。
その1例として当院で取り組んでいるのが、医療機関同士の連携と情報共有の強化です。
救急搬送されてきた患者さんが急性期の医療を終えて転院先を探す際、受け入れ可能な医療機関が見つかるまで、いくつかの医慮機関に対して連絡と確認を繰り返します。しかし、その作業がとても非効率だと感じていました。そこで、患者さんの医療情報を入力すると、旅行サイトのように候補となる医療機関が一覧で表示されるシステムを作りました。このシステムはほかの医療機関と共有しており、短時間で受け入れ可能な医療機関を見つけることができます。今後は、ベッドの空き状況も分かるようアップグレードし、さらに使いやすくする予定です。
少子化が進むと働き手が減ることから、業務の効率化は欠かせません。今後も少しでも効率化で時間と労力を捻出し、地域医療に貢献する取り組みを考えていきたいと思います。
「今の常識は、未来の非常識」
というように、今までも常識は変わってきています。そして今の時代は、その変化するスピード感が増していく時代です。だからこそ、今を生きる一人ひとりがそれぞれの立場で未来を考え、多くの人と話し合いながら、ともに次世代に生きる人たちのための行動が必要だと強く思っています。
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