連載地域医療の現在と未来

高齢化と災害リスクのはざまで揺れる多摩ニュータウン周辺の医療──地域課題と現場からの処方箋

公開日

2025年09月24日

更新日

2025年09月24日

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2025年09月24日

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日本医科大学多摩永山病院 牧野 浩司院長

東京都多摩地域にある多摩ニュータウンの周辺では、高齢化の進行と人口減少、医療インフラの老朽化といった医療課題が複雑に絡み合っている。また、三次救急(命に関わるような重篤な患者さんに対する救急医療)や災害リスクに対応できる医療機関が限られるなど、地域住民の命を守る医療体制はまだ不十分な状況だ。

東京都多摩市にある日本医科大学多摩永山病院の院長である牧野 浩司(まきの ひろし)先生に、多摩ニュータウンの周辺地域が抱える課題とその対応策を伺った。

高齢化によって増える病気に立ち向かうために

当院がある東京都多摩市には、1971年頃から市域南部に多摩ニュータウンが作られ、全国から多くの方々が集まりました。それらの方々の多くがいわゆる団塊世代で、2025年現在は70歳代の後半に差し掛かっています。この方々の高齢化に伴い、現在、さまざまな医療課題が出てきています。

まず1つ目は、高齢化によってこの地域でがん、心臓病、脳卒中といった重大な病気の患者さんが増えていることと、それらの患者さんは複数の病気を抱えていることが多く、治療が複雑化していることです。

この状況に対応するためには、重大な病気に対して急性期の専門的な診断・治療を行う医療機関を充実させることが重要です。また、ご高齢の患者さんが都心の大病院に通う負担を避けるためにも、地域の中で急性期の治療、その後の回復期リハビリテーション、在宅医療や緩和ケアまでを完結させる仕組みが重要でしょう。そのためには、医療機関同士の緊密な連携が必要になります。特に高齢者の場合、急性期の治療後にリハビリや在宅療養、介護への移行が必要になるため、地域全体での連携が不可欠です。
たとえば当院では、私自身が地域のクリニックや慢性期の医療機関を訪ね、地域全体での医療の一体感づくりを進めています。この動きが、地域に住んでいらっしゃる皆さんがより安心できる医療体制の構築につながればよいと考えています。

また、各医療機関の得意な分野を明確にし、医療の分担を進めていくことで、より効率的な医療を地域内で行うことも求められます。
当院は大学病院という立ち位置から、専門的な治療において今後も大きな役割を担っていく必要があります。すでに東京都のがん診療連携拠点病院として地域のがん治療の中心となっているほか、東京都脳卒中急性期医療機関として脳神経内科、脳神経外科、救命救急センターが連携して脳卒中の救急患者さんを受け入れており、また東京都CCUネットワーク加盟施設として心臓の病気に対してもカテーテル治療の体制を強化して地域の高齢化に対応しているところです。

救急と災害時の「最後の砦」が2施設しかない

地域医療の範囲をもう少し広げると、多摩市が属する南多摩医療圏(他に八王子市、町田市、日野市、多摩市、稲城市)に住んでいる方は140万人を超えます。これだけの人口があるのに、三次救急に対応できる病院は当院のほかに東京医科大学八王子医療センターしかないことも課題といえるでしょう。コロナ禍においても、ECMO(人工心肺装置)などが必要な重症患者は2病院に集中し、主にスタッフの奮闘によって逼迫(ひっぱく)した状況を乗り越えました。
その状況は今も変わっていません。今後、たとえば大規模災害が起きた場合には対応が難しくなる可能性もあります。限度を超えたスタッフのがんばりに期待するのではなく、仕組みとして対応すべきです。

しかし、特に医療の人材不足が進むなかで新たに三次救急に対応する病院を設置するのは難しいため、現実的な方法は現在の2病院の体制をより充実させることです。たとえば当院の話になりますが、病院ができてから約50年が経過し、建物がだいぶ古くなっています。行政とも相談し、新築移転を果たしてより充実した医療を提供できるようにしたいと考えていますが、これには自治体の協力が不可欠です。

老朽化と財政圧迫、持続可能性を問われる医療インフラ

病院の老朽化は当院だけの話ではありません。多摩ニュータウンの誕生後にできた医療機関の多くで、築年数の経過とともに老朽化が進んでいます。ご高齢の方や要介護の患者さんにとって、安全で快適な療養環境の整備は不可欠であるため、これらの建て替えや再整備は地域全体の課題となっています。

しかし、医療機器や薬剤の価格高騰、診療報酬制度の限界などによって、病院の経営は新築移転を考えられないほど厳しい状況が続いています。南多摩医療圏にある一部の病院は東京都や自治体からの補助金を受けて運営されていますが、それが受けられない病院は医療体制の持続にも影響がある状況です。

当院を含む地域の多くの医療機関では、職員の努力によってなんとか経営を成り立たせています。この地域の医療が質を高く保ったまま持続できるよう、診療報酬の改定や行政からの支援をしていただきたいと強く思っています。

医療を「続けられる」仕組みづくりを地域で支える

現在のこの地域の医療は、制度的にも物理的にも非常にギリギリのところで支えられていると実感しています。だからこそ、目の前の患者さんをどう支えるかだけでなく、次世代に医療をどう残していくかという視点が地域全体で必要になります。

医療人材の育成、病院施設の更新、財政支援のあり方、そして住まわれている皆さんの理解と参加。それら全てがそろって初めて、地域医療の持続可能性は担保されます。この地域の医療を持続させていくために、早急に、具体的な議論を進めていきたいと考えています。

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