連載地域医療の現在と未来

医療は「ダウンヒル」の時代へ 日本の医療課題と「継続」のための処方箋

公開日

2025年12月22日

更新日

2025年12月22日

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2025年12月22日

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伯鳳会グループ 理事長 古城資久先生(お写真:伯鳳会グループご提供)

市場縮小、コスト高騰、深刻な人材不足――。現在の日本の医療は、多くの複合的な課題に直面している。1990年代の右肩上がりの時代から医療経営の第一線に立ち、現在も病院、社会福祉法人などの経営に携わる伯鳳会グループ理事長の古城 資久(こじょう もとひさ)先生に、日本の医療が直面する課題の実態とその処方箋について伺った。

日本の医療が直面する4つの課題

私は現在、東京都や大阪府、兵庫県で複数の医療施設を経営する伯鳳会グループの理事長を務めています。私が病院経営に携わり始めた30年近く前は医療業界の市場規模が右肩上がりで、患者さんも高齢者も増えている時代でした。当時はセミナーなどで「医療は永遠の成長産業だ」と公言する人もいたほどです。

しかし、今は状況がまったく変わってしまいました。現在の日本の病院は、大きく分けて4つの深刻な課題に直面していると考えています。

1つ目は、医療の需要が減ったこととコスト高騰によって病院の収益が悪化していること。2つ目は制度的な制約によってリスク回避のための合理化が難しく、思うような医療を提供できないこと。3つ目は人手不足が深刻なこと。4つ目は、病院経営者の意識がまだ時代の変化に対応しきれていないことです。

医療の需要が減り、コストが上がってしまった

最大の課題は、医療の需要が縮小していることだと考えています。経営的にみれば、医療の世界はまさに「ダウンヒル(下り坂)」に入ったと表現してよいでしょう。全日病(全日本病院協会)の神野 正博会長が「今後の医療は撤退」とおっしゃっていますが、私も同感です。

現在は体力のない病院から閉院し、残ったところがそのシェアを得て生きながらえる、という状況です。さらに悪いことに、収入(診療報酬)はなかなか上がらないのに、物価や薬剤費、特に建築費は信じられないほど高騰しています。

加えて、コロナ禍を経て患者さんの行動も変わりました。患者さんが経済的な理由により受診を控えたり、受診回数を減らしたりしているという調査報告があり、また入院期間も短くなりました。急性期でも回復期でも、平均在院日数は約30年前の1990年に比べ2023年には3分の2ほどになっており、当然ベッドは空きやすくなるため、病院の経営的には苦しくなっています。

難局を乗り切るための「規模の追求」、2つのポイント

このような「ダウンヒル」の環境下では、人口減少や患者減少よりも速いスピードで、自院を変革・調整していくしかありません。さらに、10円をもおろそかにしないような徹底したコスト管理が求められます。

私たち伯鳳会グループでは、まず「規模」を重視しました。規模の大きさは、経営の安定性につながるからです。そこで私は、M&A(事業承継)によってグループの規模を拡大させてきました。
ただし、やみくもに大きくするわけではありません。拡大にあたっては2つのポイントを意識しています。

1つは、多くの地域を意識することです。私の地元である兵庫県赤穂市では長期的に人口が減り続ける見込みですが、我々のグループの病院である東京曳舟病院がある墨田区(東京都)のように、今後も人口が増え続けると予想される地域もあります。グループとしてさまざまな地域に病院を展開することは、経営のリスクの分散という点で重要です。また、震災などの災害リスクを考えても、いろいろな地域に病院があることは備えとして不可欠だと考えています。

もう1つは、「川上」の医療、つまり急性期医療を行い続けることです。急性期の医療の重要性は言うまでもありませんが、実は今の医療制度や診療報酬の点数では経営の柱としては難しい面があります。しかし、グループとして回復期や慢性期の病院しかない場合、患者さんがいらっしゃるにあたっても他院からの紹介に依存してしまいますし、急性期からの一貫した医療も実行しにくい場合があります。
当グループはこの点を意識して、東京でも大阪でも兵庫でも急性期の病院を持つことで、グループ全体の経営の安定性を高めています。

医療機能のポートフォリオ戦略で医療制度の制約下でもリスク回避を

医療は他の産業と異なり、非常に強い制度的制約の中にあります。

まず、収入のほとんどは国が定めた診療報酬に基づいており、自分たちで価格を決められません。また、人員配置なども病床規制で厳格に決まるため、独自の合理化が難しい状況があります。

このような制度を決めているのは厚生労働省で、医療で足りないところ(増やしたいところ)の診療報酬の点数を高くし、余っているところは点数を低くして、日本全体の医療がよりよいものになるよう導いています。病院としてはこの制度の特性を理解したうえで、リスクをどう回避するかが経営のポイントになるでしょう。

私たちは「医療機能のポートフォリオ戦略」とも呼ぶべき経営を進め、救急、急性期、回復期、慢性期、在宅まで、さまざまな医療をバランスよく提供しています。逆に療養病床だけ、あるいは回復期リハビリテーション病棟だけ、といった一本かぶりの経営はしないようにしています。ある分野の診療報酬が次の改定で引き下げられたら、それだけで経営が傾いてしまうからです。
グループ内にあえて多様な機能の病院を持ち、組み合わせて最適化していくことは、グループのリスクの分散につながっていると考えています。

医療業界を覆う深刻な人材不足

人材の確保も深刻な問題です。物価の高騰を受けて他の業種では初任給を大幅に引き上げていますが、医療の世界は診療報酬が上がらないため、その動きについていくことが難しくなっています。

その結果、現在では看護学校や理学療法士の学校の人気が下がってきています。これらの学校には以前は一度社会人を経験してから「学び直し」で入学する人も多かったのですが、今はほとんどいなくなりました。医療界は給料が上がりにくいというイメージが広がり、収入面の魅力が薄れてしまったのではないかと危惧しています。

給与を上げられないのであれば、私たちは別のアプローチで職員に報いる必要があります。その答えが、「労働生産性」の徹底的な追求です。

生産性を上げるための仕組みを導入

私が最も重視している経営指標は「職員1人あたりの粗利」です。これが職員の給与や賞与、そして病院の未来への投資の源泉となるからです。病院経営で最大の経費は人件費であり、これをコントロールできなければ利益は出ません。

したがって、診療報酬で定められた以上の過剰な人員配置は厳禁です。しかし、この延長で「人を減らしていこう」とトップダウンで指示しても、現場の雰囲気は悪くなるだけで、うまく回りません。重要なのは、「職員が自ら、人員を適正にコントロールしたくなる」仕組みを作ることです。

当グループが導入しているのは、「賞与総額の業績連動制」です。これは病院全体の利益が増えれば賞与の総額も増える、というシンプルな制度です。この仕組みのミソは、職員一人ひとりが「職員数が増えれば、自分たちの賞与の分け前が減ってしまう」ということを直感的に理解できる点にあります。

これに加え、当グループでは経営に関する数値を全て職員に公開し、その月の賞与総額がいくらになったのかを毎日発表しています。
これにより、職員は「粗利を増やし、経費を下げなければ自分たちの賞与は上がらない」という経営者意識を自然に持つようになります。結果として、職員と経営陣が一体となって「どうすればもっと利益を出せるか」を考える、強い組織が生まれることにつながりました。

貸借対照表が読めない病院経営者も

最後に挙げた課題である「経営者の意識」は、最も根深い問題かもしれません。
医療の世界はこれまで、一般企業のように厳しい価格競争や市場競争にさらされてこなかったからでしょうか、院長のような経営に携わる方でも他の業種の経営者と比べどうしても甘い部分があると思っています。

驚くかもしれませんが、かなりしっかりした病院の経営者でも、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)が読めない方がいます。経営の勉強をせず、親から病院を受け継いでそのまま経営を続けている。そういう方が医療の世界は少なくないのです。「医療は聖なるもの、お金の話は俗なることだ」といった古い感覚が、まだどこかに残っているのかもしれません。

経営を学び、事業の継続へ

この課題の解決策は明確で、経営者自身が財務を学ぶことです。BSやPLといっても、使うのは小学校の算数レベルですから、学べば必ず分かります。
そして、外の世界に学ぶことです。私は中小企業家同友会や『日経トップリーダー』の経営者クラブといった場を活用し、他業種の中小企業経営者から経営の「実学」を学んできました。

また、私は医療の社会貢献とは、「医療の質」×「医療の量」×「継続時間」の掛け算だと考えています。継続時間とは、過去に地域で提供してきた医療を、未来にわたって提供し続けることです。しかし、経営を疎かにして未来の継続時間を失えば、いくら高い質を追求していたとしても社会貢献は果たせません。この意識が重要です。

では、どうすれば組織の「継続時間」を最大化できるのか。私は、前述したような現場の当事者意識と自律性を引き出す仕組みづくりにこそ鍵があると考えています。この考えは、私たちの人事考課やM&Aの手法にも貫かれています。

人事考課は給与査定のためではなく、職員の自律性を育む「目標管理」の道具として活用しています。個人の目標が部署、病院、そして法人の経営目標と連動するように設計し、「医療を前に進める」ために活用しているのです。
これにより、職員一人ひとりが「やらされ仕事」ではなく当事者意識を持って経営に参加し、組織全体として「医療を前に進める」力と、未来永劫「継続」していくための安定性を同時に獲得できます。

またM&Aでは、相手先の医療法人を吸収合併せず、独立した法人として継続しています。吸収されてしまうとどうしても職員のプライドが傷つき、モチベーションが下がってしまうものです。独立性を保つことで自ら立つ気持ちを持っていただき、これまで述べたような経営の透明化、人事考課の目標連動などを通じて経営再建を進めていきます。

戦略を支える独自の経営指標

当グループが行っているこれまで述べた戦略は、独自に編み出した分析手法と、重視している具体的な経営指標によって支えられています。

その代表例が、M&Aのターゲット地域を選定する際に活用している「医療需要指数」です。これは私が専門家からのヒントを基に独自に考案した指標で、国立社会保障・人口問題研究所などが出す将来の「年齢別人口推計」に、「年齢階級別の1人あたりの医療費の比率」(たとえば、0~64歳を1とすると、75歳以上は5.7倍など)を掛け合わせて算出するものです。これによって特定地域の将来的な医療需要を高い精度で可視化し、戦略策定の参考としています。

もう1つ私たちが徹底して重視しているのが「外来」に関する指標です。病院の経営において、外来の患者さんの数は非常に重要です。なぜなら、救急搬送や他院からの紹介は、ある意味「人任せ」な側面がありますが、外来は患者さんが「自らの意思で当院を選んで来てくれる」唯一の場だからです。外来患者数は、まさに「病院の人気を象徴する」バロメーターなのです。

経営的な指標としては、昔から「ベッド数の4倍の外来患者さんが来ていれば、紹介がなくても病院は回る」といわれています。たとえば250床の病院であれば、1日1,000人の外来患者さんが目安です。また、「新入院患者のうち、少なくとも3分の1は自院の外来から入院していること」も、病院の信頼性を示す重要な指標です。
私はこれらの数字を注視し、数字が悪くなる兆候があれば手を打つようにしています。

未来にわたって医療を提供し続けるために

私がこのような病院経営を行うことになった出発点は、父から病院を継承した際の経営状況にあります。

父ががんで余命宣告を受け、私が40歳で急遽事業を引き継いだ際、病院の経営管理はずさんな状態でした。売上が53億円あったのに対し、長期借入金が56億円、さらに簿外債務(建築会社への未払い)が3億5000万円もあり、自己資本比率はわずか7.7%でした。この経験から私は「医療の常識は社会の非常識」だと痛感し、BS/PLも読めない状態から経営の「実学」を学んできたのです。

病院の経営者が古い意識を捨てて「財務」を学ぶこと。そして、生産性を徹底的に追求し、リスクを分散させる戦略(ポートフォリオ)を実行すること。

これらを愚直に実践し続けることができれば、地域から信頼され、多くの患者さんに来ていただける病院になるはずです。そのような病院こそ、地域医療の「継続性」を担保し、社会貢献を果たし続ける存在だといえるのではないでしょうか。
 

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