JCHO埼玉メディカルセンター 児玉隆夫院長
埼玉県南部、特にさいたま市浦和区を中心とした地域は、今後も人口減少が比較的緩やかに推移し、比較的安定した状態が続くと見込まれている。 一方で、医療資源の再編や厳しさを増す経営環境など、医療提供体制にはさまざまな課題が浮かび上がっている。
この地域の医療の現状と将来の課題について、JCHO埼玉メディカルセンター(埼玉県さいたま市浦和区)の院長・児玉 隆夫(こだま たかお)先生に話を伺った。
当院があるさいたま市浦和区周辺は、依然として人口が微増傾向にあり、2050年になっても大幅な人口減少は予測されていません。また、浦和駅や蕨駅などでは再開発も進行しており、東京へのアクセスも良好で、住宅や商業施設が新たに増え続けている街でもあります。
さらに、さいたま赤十字病院やさいたま市立病院、自治医科大学附属さいたま医療センターといった三次救急(命に関わる重篤な患者さんを対象とした救急)を担う病院があり、私たちのような二次救急(手術や入院が必要な患者さんを対象とした救急)の病院も複数あり、急性期の医療資源は豊富といってよいでしょう。その流れから昨年(2024年)、かねてから予定されていた順天堂大学の浦和美園地域での病院開設が中止になるというニュースがありました。人口が増えているこの地域ですが、現在は急性期の病床は充足しており、新たに急性期の病院を開院する必要はないと考えています。
しかし、そのような“病院密集地域”であるこの地域には、現在、「診療科の役割分担、集約化」、「在宅医療の急拡大と連携の遅れ」、「経営基盤の悪化」といった課題があります。
この地域を患者さんの視点で俯瞰すると、多くの診療科があるような病院でも少しずつ、診療科が減り始めているように見えるのではないでしょうか。当院でも小児科が縮小し、市立病院への集約が進んでいます。同時に分娩も市立病院に集約されたため、当院の産婦人科では分娩は行わなくなりました。現在でも両科で診療を続けていますが、いずれは小児科・産婦人科ともに当院からはなくなる可能性があります。当院は北浦和駅の近くにあり、市立病院はどの駅からも歩いていくには時間がかかる場所にあるため、患者さんの中にはこれまでに比べやや遠い病院まで行かなければならなくなる方もいらっしゃるでしょう。
このような事例は、他の病院でも同じように起きています。いわゆる“マイナー科”とされる、医師が少数しかいないような診療科は、経営面から見ると赤字であることが多く、今後さらに、大きな病院でも診られないというケースは増えていくでしょう。
しかし、病院が存続し、今後も地域の患者さんを診療し続けるようにするには、このような役割分担と集約化がどうしても必要です。そのかわり、各病院とも、分担によって受け持つ診療科は診療内容の底上げに力を入れて医療の充実を図っています。
たとえば当院では整形外科や腎臓内科において専門センターを新設しました。また、骨粗鬆症診断と治療支援センターでは、診断と治療方針を当院が提示し、かかりつけの先生方との役割分担による連携体制を構築しています。さらに健診センターや訪問看護、老健施設と合わせて、予防から在宅まで切れ目ないサービスを提供する体制を整えています。
この地域では急性期の病床は足りている一方、急性期の病床を回復期や慢性期の病床に転換したり増やしたりといったことが、建築資材や工事費の高騰で進みにくい状況があります。
そんな回復期、慢性期の医療の不足を埋めるように近年増えているのが、在宅医療や訪問診療のクリニックです。このこと自体は地域にとって非常に良いことですが、実は医師会でも把握できていない施設が増えていることが課題となっています。どのような医師がいて、どのような患者さんを診ているのかなど、詳細が見えづらくなっているのです。
地域医療のあるべき姿として、急性期から回復期、慢性期、かかりつけの先生まで、各医療機関が連携、情報共有を行って患者さんをしっかり診ることが求められます。しかし、現状では回復期、慢性期の地域のリソースを見通した連携がしにくい状況です。このままでは既存の回復期、慢性期の医療機関と、新規開業の在宅医療、訪問診療のクリニックで本来なら不要なせめぎ合いが生じたり、急性期の治療を終えた患者さんがどこに移るかで混乱が起きたりしかねないと考えています。
当院は急性期の医療を担当しつつ、訪問看護ステーションを院内に持ち、急性期後の在宅移行を一貫して支援しています。今後は新規開業されたそれらのクリニックの皆さんとの連携を図ることで、患者さんにとってよりよい医療を地域全体で提供できるように進めていきたいと思っています。
先ほども申し上げた材料費の高騰、さらに人件費の上昇は、この地域のみならず、全国の病院にとって大きな懸念材料となっています。当院では病床利用率を上げ、増収となっていますが、経営的には厳しい舵取りが求められる状況が続いています。
これは、現在の診療報酬が実情に対して低いことが原因だと考えています。来年の診療報酬改定でこの部分が改定されないと、日本各地で経営が行き詰まる病院が増え、将来の地域医療にも大きな影を落とすことになるでしょう。
とはいえ、各医療機関はこの状況でできることをして、医療を継続して提供できるようにする必要があります。当院ではさまざまな診療科のセンター化により医療の質を高めて手術・入院件数を増やす、地域のかかりつけの先生へ私自ら出向いて連携を深め、紹介いただいた患者さんは断らずしっかり診療を行ってお戻しする、といった取り組みを進めています。このように地域医療に貢献しつつ収益改善にもつなげられることを各々が実行していくことが大切でしょう。
さいたま医療圏は、全国的に見れば少子化の影響が比較的穏やかなエリアではありますが、それに甘んじることなく、私たちは未来に向けて備えなければなりません。
病院単体では解決できない課題も多くあります。だからこそ、医療機関同士や行政、地域の皆さんとの連携が欠かせません。
今後も、地域の方々が安心して暮らし続けられるよう、医療の質と持続可能性を両立させる仕組みを皆さんと一緒に築いていきたいと考えています。
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