連載地域医療の現在と未来

地域医療の未来を守る挑戦。病院が厳しい経営環境を乗り越えるための「戦略」とは…?

公開日

2025年05月26日

更新日

2025年05月26日

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2025年05月26日

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東都文京病院 院長 窪田 敬一先生

近年の円安や原材料価格の高騰、人手不足による人件費の上昇により、厳しい経営を余儀なくされている中小企業は少なくないが、これは、医療の世界においても同様だ。

生き残りを図るため、他の医療機関との差別化を図りつつブランド力を高め、優秀な人材を確保するためにはどうしたらよいのか。黒字化を目指す民間病院が取り組むべき課題について、地域の急性期医療を担う東都文京病院(東京都文京区)の院長・窪田 敬一(くぼた けいいち)先生に話を伺った。

地域医療を維持するための取り組みが急務

独立行政法人 福祉医療機構が民間病院を対象に調査した病院経営動向によると、2023年度は約40%の施設が赤字でした(2025年1月31日公表)。コロナ禍における国からの補助金が2023年度をもって打ち切りとなり、経営状況が一気に悪化した施設は少なくなかったようです。医療機関の収入源となる診療報酬(本体)は、2024年度の改定で0.88%引き上げられましたが、昨今の物価や人件費の上昇には追いついていない印象です。ほとんどの民間病院にとっては、依然として厳しい経営状況が続いているといえるでしょう。

こうした現状を前に何らかのアクションを起こさなければ、いずれ病院経営は立ち行かなくなります。地域医療を支える医療機関が経営破綻するようなことになれば、患者さんに多大な迷惑をおかけすることになりますから、早急に対策を講じる必要があるでしょう。この地域においては各医療機関が自らの役割に注力することで存在価値を高め、地域の医療ニーズにしっかりと対応していくことが重要だと考えています。

自らの役割に注力し、地域医療に貢献したい

文京区湯島に位置する当院の周辺には、東京大学医学部附属病院や東京科学大学病院(旧・東京医科歯科大学病院)といった大学病院が集まっているのが特徴です。東京都がまとめたデータを見ても、3次救急やがん診療などを行う急性期機能は十分に足りていることが分かります。一方で、文京区は急性期を脱して症状が安定した患者さんの在宅復帰をサポートする回復期や慢性期の機能が不足している点に課題があります。

こうした背景を踏まえて当院は、コロナ禍以降閉鎖していた地域包括ケア病棟(急性期後の患者さんの在宅復帰支援を目的とした病棟)の運用を再開する予定です。この地域に足りない領域を補完することは患者さんに利益をもたらし、病床稼働率が上がれば当院の収益アップにもつながると考えたからです。当院は内科や外科など20の診療科を有する急性期病院ではありますが、私たちが大学病院と同様の医療を行うことが、必ずしも患者さんの利益にならないと判断した結果といえます。

当院の使命は地域密着型の医療を展開していくことであり、地域に必要とされる小児科・産婦人科診療の継続、ワクチン接種をはじめとした感染対策などに注力することで活路が開けるのではないかと思っています。

地域連携を強化し、在宅医療の充実を目指す

文京区は区民の約5人に1人が高齢者(65歳以上)であり、2045年には約4人に1人が高齢者になると考えられています。国が「在宅療養支援病院」の整備を進めているように、この地域においても在宅医療のニーズがさらに高まることが予想されます。とはいえ、在宅医療を始めるためには訪問看護ステーションの設置をはじめ、さまざまなハードルをクリアしなければなりません。在宅医療は24時間体制が基本になるため、医師や看護師なの人材確保、夜間・休日の対応など課題は山積みです。

なかでも大きな課題となるのが、看取りへの対応です。患者さんが住み慣れた場所で、安心して最期のときを過ごせるようサポートする看取りは、医師がたった1人で担えるものではありません。本来であれば地域の医療機関が患者さんの情報を共有し、お互いに連携しながら患者さんやご家族を支えていく必要があるのですが、残念ながら文京区では在宅医療における情報ネットワークがうまく機能していない現状があります。

しかし、地域のネットワークがないからといって、患者さんが不利益を被ることがあってはなりません。情報共有システムの活用に積極的に取り組み、地域の医療機関や施設で情報を共有できるようにすることで、地域の方々が住み慣れた場所で安心して過ごせるような体制づくりに力を注ぎたいと考えています。地域における在宅医療を充実させることが患者さんのためになり、ひいては当院の強みとなって「在宅をやりたい」という医療者が集まってくれることを期待しています。

地域に密着した病院として「患者さんファースト」の診療を

地域の患者さんを支える地域包括ケア病棟の運用、在宅医療への参入、救急車の受け入れ、小児科や産婦人科の維持など、何をするにも欠かせないのは医療者の確保です。この課題を解決するためには、当院が患者さんにとっても医療者にとっても魅力ある病院へと成長していくほかないでしょう。

当院は病院の規模こそ大きくありませんが、充実した診療科をもつ「小回りのきく総合病院」です。当院で対応できる病気であれば責任をもって治療を行いますし、がんなどの専門的な治療については大学病院へご紹介することもあります。今後も、何よりも患者さんのことを1番に考え、患者さんにとってメリットの大きい治療法をご提案する“患者さんファースト”の診療を行うことで当院の存在価値を高めていきたいと思っています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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