社会医療法人頌徳会 日野病院 院長 豊島 茂先生
日本は2007年から超高齢社会に突入し、その後も65歳以上の高齢者の割合は右肩上がりで増えている。そして、超高齢社会における医療面の問題は、「高齢者が増えると病人も増える」のひと言で片づけられるような簡単な問題ではない。
実際にどんな問題が現在進行形で起こっているのか、そしてその問題にどう向き合うべきなのかについて、社会医療法人頌徳会 日野病院(大阪府堺市)の院長、豊島 茂(てしま しげる)先生にお話を伺った。
大阪府堺市は旧石器時代から人が住んでいたといわれる歴史ある市であり、古い町並みも多く残っています。そんな堺市の高齢化率は全国平均よりも少し高く、なかでも当院が所在する堺市東区は、堺市の中でも高齢化が進んでいる地域の1つです。
実際に、当院周辺地域で「超高齢社会で起こりがちな2つの問題」が全国平均よりも数年ほど早く起こってきていると感じています。それは、「本来なら救急搬送を必要としない軽症の患者さんによる救急要請の増加」と「1つの医療機関だけで高齢の患者さんに対応しきれないケースが増えている」という2点です。
1つ目の問題点である「本来なら救急搬送を必要としない軽症の患者さんによる救急要請の増加」については、「まるでタクシーのように、気軽に救急車を呼ぶモラルのない人が増えた」というだけの問題ではありません。高齢者単身世帯や高齢夫婦のみの世帯が大幅に増えたことにより、簡単に病院に行くことができない方が増えたのが大きな要因と考えています。免許を返納していて車で行くことができない、公共交通機関などを使って自力で行くのが難しい、夫婦が互いに老老介護のような状態で配偶者を病院に連れて行く力がない、などが理由です。
そのため、「自分で行くのは無理だから、救急車で病院に連れて行ってもらわざるを得ない」となり、救急医療の逼迫に拍車をかけてしまっています。
このような状況を改善するためには、「医療機関側から、患者さんの元に出向く活動をもっと積極的に行う」ことが必要です。たとえば当院では、以前より訪問診療や訪問看護に力を入れており、通院できない患者さんの症状や状態を定期的にチェックし、ケアするための体制を整えていますので、患者さんが「いつもより具合が悪い」となったときも、当院の医師による速やかな診療や、症状に合わせた適切な病院の紹介などが可能です。
今後もさらに訪問診療や訪問看護に注力していく予定ですが、当院だけでなく地域全体でもっとこうした動きが広まってほしい、そして地域の皆さんにも訪問診療や訪問看護をもっと身近に感じてほしいと思っています。
また、地域の方々が「自宅から通える距離にかかりつけ医を見つける」ということを心がけることも非常に重要です。コロナ禍以降、いわゆる「受診控え」をする方も多く、高齢であってもかかりつけ医を持たないという方が増えていますが、困ったときに頼れる医療機関がないと、具合が悪くなったら救急車を呼ぶという考えにつながります。
かかりつけ医を持てば病歴などを把握してもらえますし、そもそも軽症であればかかりつけ医で治療できるケースも少なくありません。また、かかりつけ医で対応できない状態であったとしても急性期病院などを紹介してもらえますし、急性期病院もかかりつけ医から患者さんの情報を得ることで、より迅速かつ的確な治療が行いやすくなります。
このように、かかりつけ医を持つことは、患者さんにとっても大きなメリットがあるのです。高齢になればなるほど病気やけがのリスクは高まりますので、地域の方々には、ぜひかかりつけ医を持っていただきたいと思います。
もう1つの「1つの医療機関だけで高齢の患者さんに対応しきれないケースが増えている」という問題点は、高齢者ならではの症例の多様化と、回復に時間がかかることが理由として挙げられます。
若い世代の方なら「ここを治せばOK、処置・手術後の回復も早い」というケースが少なくありません。しかし、高齢の方は複数の病気を持っているケースが多いため、特定の病気を専門とする病院では対応しきれない場合があります。また、手術は成功したものの体力や身体機能の回復が遅く、急性期病院を退院して自宅に戻っても日常生活に支障をきたすという状況になりかねません。
全ての医療機関が、全ての症例、全てのステージに対応できる状況が理想的なのかもしれませんが、そうした対応ができる医療機関は全国でもごくわずかな数に限られているのが現実です。
高齢の患者さんの多様化する症状や回復に関する問題などに対応するためには、地域の医療機関が密に連携して、患者さんの症状や状況、ステージに適した医療機関へのスムーズな転院や紹介を行うことが不可欠です。堺市では、堺市立総合医療センターを中心として“地域医療情報ネットワークシステム”を構築し、当院を含めたいくつかの病院で、情報共有について同意を得られた患者さんの情報を各病院からアクセスして確認できるようにしています。このネットワークの中で当院は回復期医療の一翼を担い、患者さん一人ひとりの生活状況を考慮したリハビリテーション計画などを個別に立てています。
しかし、かかりつけの先生方との連携強化だけでは不十分です。今後も、介護を視野に入れる必要がある患者さんにも対応できるよう、同じ頌徳会グループの介護老人保健施設や介護老人福祉施設、看護小規模多機能型居宅介護などとの連携も強化し、医療と介護の間でも垣根を感じさせないサービス提供ができるよう努めていきます。
「病気やけがに備える」ということを自分なりに心がけている人は少なくないでしょうが、それを実際に自分だけでやるのは非常に難しいことです。だからこそ、皆さんにはかかりつけ医を持っていただき、健康・医療面の管理に役立ててもらいたいのです。
当院も、かかりつけとして来てくださっている患者さんや訪問診療・訪問看護などを利用してくださっている患者さんに、何か困りごとをご相談いただいた際は、「その方にとって最善だと考えられる対応」を速やかにとるよう心がけています。
当院だけでなく、全国のかかりつけの先生方は、困ったときに相談できる存在、頼れる存在となれるよう日々努力していらっしゃるはずです。今後の地域医療のために、皆さんもぜひ、かかりつけ医に「信頼の気持ち」を預けていただいて、お互いが理解を深めていけるようになればと思います。
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