連載地域医療の現在と未来

2050年、介護需要148%増 ベッドタウン・和光市の地域医療戦略

公開日

2025年04月30日

更新日

2025年04月30日

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2025年04月30日

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東京のベッドタウンである埼玉県和光市は、和光樹林公園や荒川など豊かな自然と、都心へのアクセスがよいことで人気のエリアだ。

和光市の統計によると、10年前の2015年に約8万人だった人口は2025年2月時点では約8万5,000人と増えてきている。過疎化や急激な高齢化はみられないものの、「今後の20年を見据えると医療需要においては特に介護面での需要増加が見込まれる」と語る埼玉病院の病院長、細田 泰雄(ほそだ やすお)先生に、和光市における医療の現状と今後の課題について詳しくお話を伺った。

高齢化するベッドタウン 和光市の医療ニーズの変化

和光市は都心へのアクセスがよいことから、ベッドタウンとして栄えてきました。人口動態統計を見ると、今後20年はほぼ横ばいで推移する一方、65歳以上の高齢者の人口比率は徐々に増えていくと予測されています。

加えて、現役世代として都内に勤務している方が60代になり定年を迎えると、地域で生活されるケースが増え、その分地域の医療ニーズも増えると考えられます。実際、個人的には10年ほど前から、定年退職後に地域での受診を希望する方が増えていることを実感しています。

そういったなかで、当地域の今後の課題は大きく3つあります。「医療・介護需要の増加」、「在宅医療の需要拡大」、「医療人材確保の問題」です。

2050年には医療需要117%・介護需要148%増加

予測によれば日本全体での医療需要はなだらかに減少へ向かうとされていますが、当院のある埼玉県南西部地域では2050年に向けて医療需要が117%、介護需要が148%増加すると推測されています。

当院は2021年に病床を350床から550床へと拡大したため、現時点の医療需要に対してはある程度カバーできていると考えています。しかし、今後増加が見込まれるこの地域の需要を全て満たすことはできないでしょう。そのためにはより医療の質や効率を上げていく必要があります。

これに対し、現在当院が取り組んでいるのがより質の高い医療の提供です。当院では国産の手術支援ロボットである「hinotori」を導入し、前立腺がんの手術、腎臓部分切除、膀胱手術、大腸がん、胃がんの切除、子宮脱の固定術、さらには婦人科領域へと活用範囲を広げてきました。ロボットによる手術は低侵襲(体への負担が少ない)なため、入院期間の短縮につながり、より多くの患者さんの治療ができるようになります。2025年春には横隔膜以下の全領域でのロボット手術導入を計画しており、より地域の医療ニーズに合わせた体制を作りたいと思っています。

一方、介護需要については整備が必要な面が多数あります。今後の需要に応えるためには、地域での特別養護老人ホームや介護付き有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅の新設・増設が必要となるでしょう。未利用地の活用や民間事業者との連携を進め、施設整備のための準備も進めるべきだと考えています。

また、地域包括ケアシステム(ご高齢の方が住み慣れた地域で自立して暮らしていけるよう、医療・介護などが地域全体で整備された仕組みのこと)の強化も必須です。当院は国立病院機構(NHO)の病院ですが、NHOは老健施設を保有していないため、地域の施設と連携し補い合うことで埋めていかなければなりません。現在、地域の医療機関や訪問看護ステーション、訪問介護事業所、行政などと勉強会などを通じ対面で話し合い、顔の見える切れ目のない医療・介護サービスを提供する仕組みを整えることを考えています。

住み慣れた地域・家で質の高い医療を受けていただくために

今後は、「病気になっても住み慣れた地域や自宅で過ごしたい」と在宅医療を希望する人も増えてくるでしょう。そのためには、在宅でも質の高い医療を提供できるよう訪問看護や在宅医療の体制整備が必要です。カルテなど医療情報をICTで共有し、かかりつけ医が閲覧できるようにするなど、システムをうまく活用する必要があるでしょう。

これに対し当院では、ICTを活用した医療情報共有システム「けやきのわ」を構築しました。これは地域の医療機関や介護施設などと患者さんの医療・保健情報を共有できるシステムで、和光市を始め朝霞市、新座市などの機関、施設の多くに参加いただいています。

また、在宅医療について当院では、2人主治医制の推進をしています。日常的な健康管理は地域のかかりつけの先生が担当し、専門的な検査や治療は当院が担当することで、患者さんにとって適切な医療が提供できるはずです。

医療現場が今後も選ばれる仕事であり続けるために必要な変化とは

医療人材の確保も大きな課題です。現在さまざまな業界でDX化が提唱され、進められていますが、医療の現場においてはDX化によってたとえば人手が半分で済む、というような劇的な省人化にはつながらないと考えています。

まず考えたいのは、医療従事者をどのように確保するかです。医療業界の給与は他業界と比較して伸び悩んでおり、医師や看護師の使命感ややりがいだけに頼ってよい状況ではありません。賃金を上げていく必要があるでしょう。
さらに、病院には医療スタッフだけでなく、さまざまな職種のスタッフが必要です。いくら医師や看護師がそろっていても、ほかの職種のスタッフが確保できなければ、病院規模を縮小せざるを得ない事態に陥ることになりかねません。これらの方の賃金も増えていくべきです。

また、ニーズが増える介護分野の人材の確保も急がれます。賃上げや研修制度の充実などの待遇改善により、介護分野の魅力を高めることが重要ではないでしょうか。

なお、医療・介護機関の収入は、公的保険制度の診療報酬と介護報酬によって決まります。これは一病院で解決できる問題ではないため、診療報酬・介護報酬の適正な引き上げによる待遇改善が必要です。さらに、介護施設や病院に対して人件費補助や設備投資の助成金を増やすことで、労働環境の改善を図る必要があるでしょう。

この3つの課題に今から備え、手を打っていくことで、地域にお住まいの皆さんがいつまでも安心して暮らせるようお手伝いしていきたいと思っています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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