兵庫県神戸市垂水区は20万人を超える人口を擁しており、神戸市9区の中でも人口の多い地区だ。生活の利便性も高く人気のある地域だが、その一方で、公立病院(国立や県立、市立病院など)が1つもないという、地域医療における課題を抱えている。
1888年に開設し、140年近い歴史を持つ佐野病院(兵庫県神戸市垂水区)の院長・佐野 寧(さの やすし)先生に、地域が抱える現状の課題やこれからの医療について話を聞いた。
垂水区内には現在、病床20床以上の病院が当院を含め6病院あります。地域医療を支えるうえで、現状では少し受け皿が不足している感じもありますが、今後の人口動態を考えれば十分な医療体制といえるでしょう。しかし、この6病院は全てが民間病院であり、“公立病院がない”という部分にこの地域の医療の大きな課題があります。
公立病院がないことで現在抱えている最大の課題は、救急医療、小児救急、産科医療の拡充が難しいことです。これらの分野は、採算が取りにくく、訴訟リスクも高いことから、民間病院だけでは支えきれないのが現状です。また、この地区に限ったことではないですが、緊急性の高い分野であるがゆえに当直なども多く、ハードであることから若手医師のなり手が少ないという課題もあります。
当院も以前は産科を運営していましたが、さまざまな事情から10年以上前に閉鎖せざるを得ませんでした。現在は、神戸市垂水・西ブロックの第二次救急病院群輪番制に参加し、救急医療を守れるよう可能な限りの対応を行っています。しかし、小児科や産科に対する課題にまでは対応できていないというのが実情です。
国や自治体からの運営費交付金や補助金などを受けられる公立病院と異なり、民間病院は自力で経営を成り立たせなければなりません。そのため、民間病院が無理をして採算が取れない分野の医療を続けることは経営を著しく悪化させることにつながり、それは後々、閉院や規模の縮小など“地域医療が行き渡らなくなる”という最悪の事態も招きかねないのです。
国や自治体には、地域医療の崩壊を防ぐために、不採算部門を頑張っている民間病院にも何らかの補助が必要ということをもっと知ってもらいたいのですが、残念ながら今の時点では制度改善の兆しはみられません。
こうした厳しい環境下で病院経営をしっかり継続しながら地域医療に貢献するにはどうすればよいのかという点は、非常に悩ましいところですが、私は、全ての課題をカバーできないのであれば「各々の病院が強みとなる部分をより生かす」という方向で地域医療を支えていくことが大切だと考えています。
「各病院の強みを生かす」というアプローチについて、具体的にお話ししましょう。
同じような規模の病院は同じような診療を行っていると思われがちですが、実は病院にはそれぞれの特色や、診療件数が多く強みとなっている診療科など得意分野があることも多いのです。
当院でいえば、消化器系を中心としたがん治療が挙げられます。私は当院に入職するまで国立がん研究センター東病院で研鑽を積んできましたが、その経験を生かして消化器がんセンターや化学療法センター、緩和ケア部門などを立ち上げて「この垂水区内で、がんセンターと同じようながん治療が受けられる環境づくり」を目指しつづけてきました。2025年度には、手術支援ロボット・サロアを導入することが決まっています。
このように各病院が強みを生かすことで、“○○の治療なら○○病院”と、地域の皆さん、そして地域の医療機関に認識してもらえる状況が理想だと思っています。地域の医療機関同士で、それぞれの強みを生かして適切に患者さんを引き受ける・紹介し合うということが、地域医療を持続可能なものにしていくためにも、大切なのではないでしょうか。
当院が所在する神戸市垂水区のように、公立病院がない地域においては、一部の医療分野が手薄になりがちなことで住民の皆さんにご不便をおかけしている部分もあるかと思います。しかし、民間病院も“地域の皆さんの健康と命を守りつづけるために、経営もきちんと成り立たせなければいけない”という気持ちで日々奮闘しています。
公立病院の役割を我々民間病院が分担して果たすことで少しでも地域の皆さんに安心していただけるよう、患者さんやご家族への対応にも配慮しながら、やれることはしっかりやるという意気込みで診療を続けていきたいと考えています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。