東京や大阪などの都市部では、同じ地域内に医療機関が乱立し、患者の取り合いになっているケースが珍しくない。少子化・人口減少によって将来的に患者が減ることが見込まれている地域も増えており、2024年に始まった医師の働き方改革も相まって経営難に陥っている医療機関もある。
人口が多い地域の医療機関が今後生き残っていくためにはどうすればよいだろうか? 千葉県済生会習志野病院(千葉県習志野市)の病院長である小林智先生に、持続可能な地域医療のヒントを伺った。
当院が属する千葉県の東葛南部医療圏(習志野市・市川市・船橋市・八千代市・鎌ケ谷市・浦安市)は人口約180万人を有し、東京のベッドタウンでもある習志野市には若い世代もたくさん暮らしています。今のところ習志野市の高齢化率は全国平均に比べるとそれほど深刻ではありませんが、働き方改革が施行された影響により、一部地域では救急医療がひっ迫しつつあることも確かです。
医療圏における人口10万人当たりの医療機関数や医師数は全国平均を下回り、全体として見れば医療が足りていない状況です。しかし一部には複数の病院やクリニックが集中し、競合状態になっている地域もあります。
こうした背景を踏まえ、各医療機関がいかに共存していくかを考え、高齢者医療や救急医療の充実を図っていくことが、私たちが今取り組むべき医療課題だと考えています。
都市部では同じ地域に同じ診療科を掲げる医療機関が複数存在し、効率的な医療が行えなくなっている現状があります。たとえば、東葛南部医療圏にはスポーツ整形を診る整形外科の単科病院が複数あります。総合病院やクリニックも合わせるとその数はもっと多くなります。
地域の中に同じような役割の医療機関が集中している状況は、患者さんが病院選びで迷ってしまったり、病院経営に悪影響を及ぼしたりして、決して効率のよい医療体制とはいえません。それぞれの地域で必要な対策は異なると思いますが、私としてはまず、医療の役割分担と地域連携を進める必要があると考えています。
当院では地域における競合を避ける意味から、たとえば循環器内科ではカテーテル治療や植込みデバイス治療を積極的に行い、整形外科には関節外科センター・脊椎外科センター、呼吸器内科には肺高血圧センターを併設しています。昨年よりダヴィンチを導入し、泌尿器科と呼吸器外科でロボット支援手術を開始し、各科で特化した診療を中心に行っています。連携フォーラムなどを通じて地域のクリニックとのつながりを強化し、各医療機関の得意分野を踏まえた患者さんの紹介をクリニックの先生方と協力して進めています。
着実に進行する高齢化社会においては、複数の病気を併発している高齢患者さんへの対応も必要です。当院のように複数の診療科を備えた病院はそのような方への診療を行うことができますが、それらの多くは急性期(病気になりはじめの時期)の医療を行う病院であるため、病状が落ち着いた後は回復期、慢性期の医療を受けられる医療機関やご自宅へ移っていただくことになります。その際、患者さんがどこでどのような医療を受けるかを、我々急性期の病院はしっかりと考える必要があります。
その際に重要となるのは、適切な治療を行える医療機関、あるいは地域のクリニックへの逆紹介(急性期病院から以降の医療を行う医療機関へ患者さんを紹介すること)をスムーズに進めたり、在宅医療を必要とする方へのサポート体制を整えたりすることだと思います。また、当院のような急性期病院は特殊な検査や入院治療に専念し、退院後の患者さんを支える地域のクリニックや療養型病院との住み分けを徹底していくことで、患者さんにとってより適切で効率的な医療を提供できるようになるでしょう。
当院は地域の中核的な病院として率先して医療連携を行い、急性期から慢性期までの橋渡し役を担っていこうと考えています。
2024年4月に施行された働き方改革は、医療機関それぞれに大なり小なりの影響を与えたのではないでしょうか。特に大きいのが、長きにわたり病院経営を支えてきた「当直」という制度に及ぼした影響です。この問題は地域の救急医療体制が揺らぐ一因ともなっており、東葛南部医療圏においても、すでに一部地域で救急医療のひっ迫が表面化しています。
対策として考えられるのは、医療資源の不足分を地域の医療機関同士の連携によってカバーしていくことでしょう。当院の周辺地域では、東葛南部医療圏を構成する6市から病院の院長等や行政、医師会が集まる東葛南部地域保健医療連携・地域医療構想調整会議が定期的に開催されています。医療資源の適正な再配分を行うとともに、地域一丸となって患者さんを支えていこうという意思統一を図っています。今後もこうした会議を通じて、地域におけるさまざまな医療課題を解決していかなければならないと考えています。
医療を取り巻く環境が変わっていくなかで、それぞれの病院が求められる役割を十分に果たしていくためには、これまで以上に医療機能の重点化を進めていく必要があります。たとえば当院では、地域のクリニックでは対応が難しい血液内科やリウマチ科の診療に力を入れており、患者さんの中にはかかりつけ医からの紹介で当院を受診してくださる方も少なくありません。
自院の強みとなる診療科を伸ばす一方で、専門性がそれほど必要とされない領域の患者さんは他の医療機関に積極的に紹介する……。急性期の医療を担う我々のような病院は今後、そのような動きをいっそう求められるようになるでしょう。それぞれの医療機関が自らの役割を再確認し、地域において確固たる存在感を築いていくべきではないかと思っています。
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