連載地域医療の現在と未来

日本の未来図、大阪・南河内で続く、要支援・要介護の敵「ロコモ」への挑戦

公開日

2025年10月28日

更新日

2025年10月28日

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2025年10月28日

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運動器ケア しまだ病院 院長 佐竹 信爾先生

大阪府の南河内地域に位置する羽曳野市。日本全国の高齢化率が約29.3%(2024年10月時点)となるなか、2020年に30%を超えた同市はこの国の近い将来を映し出す縮図と言えるだろう。


高齢化の進行に伴い、腰や膝の痛みで「立つ」「歩く」といった日常の動作が少しずつ困難になり、やがて誰かの支えが必要になるケースが増えている――。その大きな原因となるのが、運動器の障害のため歩く、立つといった身体活動が低下した状態である「ロコモティブシンドローム」だ。


骨や筋肉、関節などのいわゆる運動器の診療を専門とする運動器ケア しまだ病院の院長、佐竹 信爾(さたけ しんじ)先生に、羽曳野市で起きている運動器の病気の状況と、その対策について伺った。

日本の5年先を行く街、羽曳野市で起きていること

私たちの病院がある羽曳野市は、大阪の中心部から少し離れたベッドタウンです。もともとはブドウやイチジク畑が広がるのどかな場所でしたが、開発が進むにつれて住宅地が増え、年月を重ねた今では住民の高齢化が進んでいます。

羽曳野市の高齢化率は30%を超えています(2025年時点)。そして、この高齢化率の上昇に比例するように、要支援・要介護の認定を受けている方の割合も上昇しています。これは羽曳野市に限った話ではなく、全国的に同じ傾向でしょう。

また、全国の統計で特に要支援となる原因にフォーカスしてみると、1位が関節の病気、2位は高齢による衰弱、3位が骨折・転倒であり、1位と3位はいずれも運動器の障害です(2022年時点)。つまり、高齢化すればするほど足腰に問題を抱える方が増えるのです。

日本全体の高齢化率が31%になるのは2030年頃と予測されていますので、羽曳野市の高齢化率は全国より5年ほど先を行っていることになります。だからこそ、我々がこの街で運動器の病気に対する有効な対策を実践できれば、それは全国に向けたモデルケースとなるはずです。そう考え、今独自の取り組みを進めているところです。

治療(キュア)からケアへの転換を

運動器の病気の治療で大事なことは、「治療(キュア)」だけでなく「ケア」を重視することです。「整形外科」といえば手術や薬などの治療(キュア)がメインになるイメージがあります。しかし、運動器の診療ではリハビリテーションや栄養管理といった(ケア)も非常に重要なのです。

ケアの具体的な内容として、当院の例を紹介します。当院は運動器の病気に対して年間2500件を超える手術を行っている病院(2024年実績)ですが、外来でいらっしゃる患者さんの多くは、まずは運動療法から始めます。

1日に400人近くの方が運動療法のために通院されており、いわゆる“電気”をかけるような物理療法の機械や、腰を引っ張る牽引の機械は1台もありません。理学療法士が40分間マンツーマンでケアにあたり、患者さんが体を動かすことに集中できるように対応します。その際は「なぜ痛むのか」「どうすれば体をうまく使えるようになるのか」を重視して患者さんに理解していただきながらケアを進めています。

つまり我々が目指しているのは、患者さんがご自身の体の状態を正しく理解し、自分で管理できるようになっていただくこと。そして、痛みが再発するたびに病院に頼るのではなく、自立して健康を維持できること――これこそが、今求められているケアなのではないでしょうか。

地域に広がる「ロコモ予防」の輪

もう1つ重要なのが、「そもそも運動器の病気にならない」ための予防の視点です。
たとえば病気の予防といえば、メタボリックシンドロームという言葉を知っている方は約80%もいらっしゃいます。また、メタボリックシンドロームが進行すると糖尿病や脳卒中、心筋梗塞(しんきんこうそく)といった病気になることも広く知られているでしょう。

しかし、運動器の衰えを表す「ロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)」という言葉はまだまだ知名度が低く、全国での認知度は40%程度というデータもあります。ロコモをよく知っていただくことで、運動器の病気の予防がもっと広がるのではないでしょうか。

そこで我々は羽曳野市と協力し、地域の公民館など市内88か所の会場で「いきいき百歳体操」の指導をさせていただいています。この体操はもともと高知県で生まれたもので、指導の現場では当院の理学療法士による講演なども行い、ロコモの啓発に努めています。この体操には2025年8月現在、1500人以上の方が週に1回程度の参加をされており、地域の活動として着実に定着しつつあります。

また、近年は「ひざ友の会」という、当院で膝の手術をした方やリハビリテーションに励む患者さん同士が集まるコミュニティを始めました。
この会は、私たちが一方的に情報を提供する場ではありません。患者さん同士が「手術したらこんなによくなったよ」「このリハビリテーションをがんばったら、旅行に行けたよ」と語り合い、励ましあうコミュニティです。こうした交流は治療への意欲を高めるだけでなく、ご家族や周りの方にロコモの実態や対策を知っていただく貴重なきっかけになっています。今は病院のスタッフが会を運営していますが、将来的には患者さんによる自主的な継続ができればと考えています。

これらの取り組みの成果もあって、大阪府平均が24.2%だったのに対し羽曳野市の要支援・要介護認定率は21.6%と、低い水準にあります。(2023年時点)。

「医療に頼らない」ための新しい医療へ

これからの時代、健康で長生きするためには、ご自身の「動く力」といかに向き合うかがとても重要になります。「年だから仕方ない」「痛いから動かない」と諦めてしまう前に、できることはたくさんあります。大切なのは、ただやみくもに動くのではなく、専門家のアドバイスの下で「正しく動く」ことです。

医療に頼りきるのではなく、ご自身の力で健康を維持し、毎日を自分らしく楽しむ。そのために、これからの医療機関は治療(キュア)だけでなく、ケアや予防を重視していく必要があるでしょう。羽曳野市での挑戦が、全国に広がり、多くの方がいつまでも「自分らしく動ける未来」を実現できることを、心から願っています。
 

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