済生会新潟県央基幹病院 遠藤 直人院長(写真は済生会新潟県央基幹病院ご提供)
高齢化の進行や医師不足といった複合的な要因により、全国の地域医療は今、見直しと再編の局面に立たされている。
新潟県のほぼ中央に位置する県央医療圏でも同様の課題が深刻化しており、数年前までは救急や専門医療の提供体制が新潟市周辺や長岡市周辺ほど充実しておらず、地域内で完結する医療の実現は難しい状況であった。
しかし現在は、地域内の医療機関が連携しながら機能を分担し、地域全体で患者を支える体制を築きつつあるという。
済生会新潟県央基幹病院の院長である遠藤 直人(えんどう なおと)先生に、この地域が直面してきた課題と、その克服に向けた取り組みについて伺った。
新潟県央に位置する県央医療圏は、三条市・燕市・加茂市・田上町・弥彦村の5つの自治体で構成され、人口は約21万人(2025年時点)です。金属加工業で知られるこの地域は、複数の公的病院が統合・再編され、機能分化を進める医療再編が進められてきました。
そのなかで2024年春に開設されたのが済生会新潟県央基幹病院であり、県央医療圏における医療の中核的な役割を担うことを期待されています。
県央医療圏で医療再編が進められた背景として、この地域が抱えていた大きな3つの医療課題がありました。
1つ目は救急医療の逼迫(ひっぱく)です。以前は県央医療圏の救急患者さん(救急車搬送)の約4分の1の方が他の医療圏で救急医療を受けざるを得ない状況がありました。
2つ目は専門的な医療体制の不足で、医療圏外の病院に紹介せざるを得ない患者さんが少なからずいらっしゃいました。
3つ目は医療人材の不足です。特に若手医師の定着が進まず、医師の高齢化が進行し、このままでは持続的な医療体制の構築が進まなくなる可能性がありました。
これらの課題に対処するためにどのようなことに取り組んできたのか、順番に説明します。
県央医療圏では数年前まで、多くの救急の患者さんが医療圏内ではなく別の地域に搬送されていました。2019年には年間8000件を超える救急搬送がありましたが、そのうち2000件以上が地域内で対応できず、別の医療圏へ搬送されていました。
その理由として、救急医療の態勢が不十分であったことと、同規模の病院がいくつもありながら、病院間で急性期や救急機能を効率的に分担できていなかったことの2点が挙げられます。
こうした状況に対して、全国的に急性期を担当する病院の再編や救急機能の集約といった解決策が採られてきました。県央医療圏でも同様の再編・集約を行い、2024年3月1日に地域の急性期医療の中心を担う病院として新設されたのが済生会新潟県央基幹病院です。
当院が設立されるにあたって、もともと県央医療圏にあった県立燕労災病院と厚生連三条総合病院という2つの病院を統合し、2次救急(入院や手術が必要な重症患者さんへの救急医療)~2.5次救急(命に関わる重症の患者さんへの3次救急に近い救急医療)にも対応した急性期病院としました。これによって2024年には毎月約500件、1年で約6400件の救急搬送を受け入れることができています。また、医師会が運営する応急診療所でも平日夜間や土日祝日に救急対応をすることで、現在は医療圏全体で救急患者さんの95%ほどを受け入れることを目標に救急医療態勢を整えています。
当院では多くの救急の患者さんを受け入れるために、開院時に救急科へ常勤9名の医師を配置しました。さらに看護師、救急救命士などのメディカルスタッフとの連携も重視したチーム医療を行うことで、救急の患者さんに素早く適切な対応ができるようにしています。
また当院では、救急の患者さんへの対応として「総合診療科」も重視しています。県央医療圏にはご高齢の方や複数の病気がある方が多く、専門の診療科ではカバーしきれない症例も少なくありません。そうした患者さんに柔軟に対応するため、医師を5名体制で配置し、地域の医療ニーズに応えています。
救急医や総合診療専門医がいることで、当院は地域の“トリアージ機能”(搬送された患者さんたちに対し、緊急度や重症度に応じて治療の優先順位を決めること)としての役割も担っています。たとえば救急の患者さんはまず当院に搬送され、病気の種類や病態に応じ、治療の優先順位やその後の治療方針を決めています。このときに、場合によってはヘリコプターを使って遠方へ患者さんを搬送することもあるため、当院では医療圏以外の広域な医療機関とも連携を行って、この地域の患者さんのいざというときに対応しています。
当院が新設されたことで、地域の皆さんが安心して暮らしていくための救急の医療体制が整ってきていると感じています。今後も救急隊や他の医療機関との連携を進め、地域の医療を支える中核的な病院として、迅速かつ柔軟な対応を進めていく所存です。
県央医療圏ではこれまで、心臓や肺などの病気では大学病院レベルの医療を提供することが難しい状況が続いていました。それらの医療が必要な患者さんは新潟市や長岡市の病院にお願いするしかなく、移動や調整の負担も大きなものがありました。
このような課題を解決するために当医療圏では、1つの病院で全ての診療科を抱えるのではなく、複数の病院がそれぞれの得意分野や専門分野の医療を担い合う「機能分担(役割分担)」という考え方で各病院の機能を分け、以前よりも質の高い医療を提供できるようにしています。
こうした機能分担の具体的な形として、たとえば当院は近隣の県立吉田病院、県立加茂病院、済生会三条病院から手術機能を集約して設立され、急性期の治療の多くを担っています。一方で先に挙げた3病院は、急性期の治療が進み、落ち着いた方の継続した治療を受け持つようになりました。また、現在は他にも神経系、整形外科系、精神科系を専門とした病院、さらに2つの療養型の病院があり、地域全体の医療を役割分担しております。
また、当医療圏では病院ごとに強みのある診療科を作っています。当院では高齢化とともに患者さんが増える整形外科に力を入れており、加えて「外傷再建科(センター)」を設置して外傷の患者さんを丁寧に診させていただく体制を強化しました。一方、心臓血管外科や呼吸器外科には常勤医ではなく、大学病院から非常勤の先生をお迎えして外来のみで対応中で、より専門的な治療が必要な場合は新潟市などの病院へ紹介させていただいています。
今後も県央医療圏では、当院や他の病院の役割分担を進め、地域の皆さんのニーズに応えていきたいと考えています。
3つ目の課題である医療人材の人手不足は、全国的に深刻な問題といえるでしょう。県央医療圏では、特に若手の医師が足りないという課題を抱えています。若手医師が増えないまま医師の高齢化が進むと、将来にわたる持続的な医療の提供にも影響を及ぼしかねません。
若手医師が足りない一因として、過去10年ほどは県央医療圏内に協力型の臨床研修病院はあったものの基幹型の臨床研修病院*がなかったことが挙げられます。医学科の学生は卒業して最初の2年間、臨床研修病院で臨床研修を受けることになっていますが、やはり基幹型のほうが人気があります。当医療圏で研修医が少ないと、そのまま当医療圏に医師として勤務を続ける医師も少なくなります。結果として若手医師が地域に根付かず、医師の高齢化が進むという状況がありました。
この問題の解決に向けて、当院では2025年4月から基幹型の臨床研修病院として初期臨床研修を開始しました。今後、若手医師がこの地でキャリアを重ねていくための1つのアプローチとして、臨床研修には特に重視して取り組んでいく予定です。
なお、当院は現在、常勤医78名体制で診療を行っており(2025年5月時点)、看護師や各領域の専門職も含めたチームで400床を支えていますが、医師や薬剤師の数は依然として十分とは言えません。今後の課題として、人材の確保と育成に継続的に取り組んで、この課題を解決していきたいと考えています。
*臨床研修病院:基幹型と協力型があり、前者は厚生労働省が定める基準に従いつつ独自の研修プログラムを作って研修医への指導を主体的に行うことが可能。一方、協力型は基幹型の研修プログラムの一部を担当する。
私は近年、医療の現場で虚弱なご高齢の方が増えていると実感しています。骨粗しょう症に伴う骨折、慢性心不全、肺炎、尿路感染症といった病気に加え、日常生活の支援が必要なご高齢の患者さんが増え、医療と介護の垣根を越えた取り組みが求められているのが現状です。そのためにも、すでに述べた役割分担と共に、今後は医療機関同士や介護施設とのさらなる連携が必要となるでしょう。
また、地域の皆さんにもご理解とご協力をお願いできればと思っています。現在の医療制度では、当院のような急性期医療を担う病院は、紹介状をお持ちいただくことで診療を行う仕組みとなっています。「なぜ紹介状が必要なのか」「なぜすぐに診てもらえないのか」といった声をいただくこともありますが、重い症状や緊急を要する患者さんに適切な医療を届けるためには、このような体制が欠かせません。風邪など日常的な病気の際には、まずお住まいの近くのかかりつけ医をまず受診していただくようお願いいたします。
繰り返しになりますが、今は「全てを1つの病院で完結させる」時代ではありません。これからは、病院同士が役割を分担しながら連携し、地域全体で1つの医療体制を築いていくことが求められています。当院も急性期を担う立場として、地域の皆さんが安心して治療に臨める環境づくりに取り組んでまいります。
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