連載健康聴寿な耳のトリセツ

「大きな音でなければ“ヘッドホン難聴”にはならない」が間違っている理由

公開日

2019年07月18日

更新日

2019年07月18日

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2019年07月18日

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国際医療福祉大学耳鼻咽喉科 教授

中川 雅文 先生

難聴を予防しよう【2】

No Music, No Life.

健康な聞こえを保つことができなければ、残された人生はつまらないものになりかねません。「健康聴寿」は、生き生きと過ごすための最優先の課題。今回は、「音楽を安全に楽しむためのセーフリスニング」と、「いつまでも音楽を楽しめる耳づくり」についてお話しします。

ロックのライブで耳が“壊れた”?

「昨日、大好きなロックグループのライブに行ったんです。最前列の“特等席”が手に入って、サイコーのステージでした。でも、帰宅して静かな部屋にいて気付いたんですが、『キーン』って感じの耳鳴りがずっと続いているんです。それに、耳が詰まったような感じもします。もしかして私の耳、壊れちゃったんでしょうか?」。前夜の興奮の余韻もどこへやら……不安そうな表情で20代の女性が受診に訪れました。

実は今、世界中で10代、20代の若者の難聴が急増しています。

若者の難聴が増えている原因

「音楽を安全に楽しむ??」

「音楽って危険なの!?」

このように思った方にこそ、今回の記事を読んでいただきたい。

若者の難聴の原因としては、以下のような点が指摘されています。

  • ヘッドホンやイヤホンの使い方が正しくない
  • ライブハウスなど、危険なほど大音量の場所に無防備なまま出向いている
  • 生活騒音や趣味の音楽でも、時間が長くなると耳の負担が生じる

――というように、私たちはかつてないほど難聴のリスクに直面しているのです。

「自分はそんなに大音量で音楽を聴いていないから関係ない」と思った方がいるかもしれません。しかし、耳への負担は、「音の大きさ」と「時間」の2つから生じます。大きくない音でも長い時間だと、大きな音と同じくらい危険です。

スマートホンや携帯型オーディオプレイヤーの普及により、ヘッドホンやイヤホンでいつでもどこでも音楽を楽しめるようになりました。しかしその分、私たちの耳は今まで以上に長い時間、音にさらされるようになっています。その結果、耳の負担も増えてきました。

セーフリスニング なぜ必要?

世界保健機関(WHO)が2015年から「Make Listening Safe」という難聴予防活動を展開したのは、そんな理由からなのです。日本でもWHOと連携しながら独自の運動が展開されています。カスタムIEM(イン・イヤー・モニター=イヤモニ:使用者の耳型をとり外耳道にフィットするよう個別に作成した高性能イヤホン)の製造販売を手がけているFitEar社代表、須山慶太さんが旗振り役の“セーフリスニング”がそれです。

須山さんは、「ヘッドホンやイヤホンは、すっかりライフスタイルの一部になりましたが、(つけたままだと)危険を知らせるために大切な周囲の音情報が得にくくなります」「大きな音にも耳はしなやかに順応してくれますが、知らず知らずに音量を大きくしてしまっていることもしばしばです。長時間連続して大きな音量でリスニングを続けると聴覚へは大きな負担となります。ヘッドホンやイヤホンの正しい使い方や耳を休ませることの大切さを、多くの人に知ってほしい」とおっしゃっています。メッセージの詳細は、セーフリスニングのウェブサイトで見ることができます。

ちなみに須山さんは、ロックコンサート会場で耳栓を頒布したり、安全なイヤホンの使い方を啓発するポスターを東京・秋葉原の各所に掲示したりと、積極的な活動をされています。

WHOとITUがガイドラインを作成

では、どれぐらいならば“セーフ”なのでしょうか。

WHOと国際電気通信連合(ITU)は2019年2月に連名で、安全な音量と聴取時間の上限についてのガイドラインを示しました。

ガイドラインに示された成人と小児それぞれの1週間の「音曝露許容量」は表の通りです。

*ロックコンサートの音響設定は前5列目で110dBと設定していることがしばしばです。耳栓なしでは大人でも会場に2分しかいられない計算になります。また小さなお子さんをイヤマフなどで耳保護することなくライブハウスに連れて行くことは「耳への虐待」に等しい行為といえます。運動会などでも声援は110dBを超えることがあり、子どもたちの耳の健康を考えると声援もほどほどに控えることをお勧めします。

**空港における近隣騒音は、任意の時間帯における一定時間の騒音の平均が70dB未満であれば許容されるというのが従来の騒音訴訟などでの見解でした。しかし(1)1週間で評価する(2)小児の基準が設けられた(3)音圧レベルごとに許容される時間が異なる――ことなどから見直しが必要と思われます。例えば沖縄・北谷上空を飛ぶ戦闘機の騒音は最大で95dBを超えます(筆者実測値)。1週間というスパンで考えると、お子さんの通学時に難聴になるリスクもあると言えます。

 

このガイドラインは、

  • 週単位で考える
  • 大人と子どもで異なる基準とする(子どもでより厳しく)
  • 音圧レベルごとに基準を設ける

――と何歩も踏み込んだ厳しい基準となっています。

WHOの加盟国は遵守(じゅんしゅ)する義務があり、加盟国の1つであるわが国も早急にそのガイドラインに従った対策を講じなければなりません。

音量だけでなく時間も問題に

WHO―ITUのガイドラインが、これまでのノイズ規制と決定的に違うのは「Equal Energy Principle(EEP)」を採択したことです。EEPとは「時間軸上のエネルギーの分布に関係なく、積算で同量のエネルギーは、同程度の難聴を引き起こす」という理論です。これだけではわかりにくいでしょうから、例を挙げて説明しましょう。

・週2回、管楽器の演奏を習っているAさん(グラフ1A)

通勤時間が短いAさんは日ごろの耳の負担は少ないので、音楽の練習も週末の映画もぜんぶ楽しんでも許容量を超えることはありません。

・週末になると大好きなミュージシャンの追っかけをしているBさん(グラフ1B)

通勤時間2時間で日々の許容量はほぼ使いきってしまいます。にもかかわらず、毎週のように新幹線や夜行バスでコンサート会場まで移動。着いたころには難聴を生じさせる状態になっています。

子どもはもっと慎重に対応する必要があります。子どもの許容量は大人の3分の1以下と、とても小さいからです。

・片道30分の電車で都心の私立小学校に通うCちゃん(グラフ2A)

往復で1時間電車に乗っていると、子どもの耳はそれだけで許容量を使い尽くしてしまいます。しかし休み時間に大騒ぎになることもなければ管楽器のような大きな音に触れる機会もないCちゃんは、週末も勉強一筋なので耳の心配はありません。

・自宅から徒歩通学のDちゃん(グラフ2B)

平日は確かに耳には良さそうな生活ぶりですが、週末は事情が違うようです。親に連れられていろいろな場所にドライブへ。しかも移動中はいつもイヤホンで音楽を聞いたり英会話の勉強をしたり。高速道路で移動するため音量も大きめになり、耳にはかなり負担がかかっているようです。

BさんやDちゃんのようなケースでは、移動などの場面でイヤマフ(防音用の耳覆い)や耳栓といった保護具、ノイズキャンセルヘッドホンなどを使うことで、心配をする必要はなくすことができます。

許容限界を超えたらどうなる?

許容限界を超えると、耳鳴りを自覚したり、疲れやすくなったり、寝付きが悪くなったりといった症状が出てきます。

110dB以上の音に長時間さらされた場合には、さらに深刻です。耳の閉塞感や聞こえの悪さを自覚するようになります。さらに、120dB以上だと急に聞こえなくなってしまうこともあります。

冒頭で紹介した女性のように聞こえの変化を自覚した時は“重症”と考えた方がよいでしょう。そのまま放っておくと難聴が固定してしまうこともあるので、すみやかに診断と治療を受けることが大切です。まずはかかりつけの耳鼻咽喉科を受診してみてください。

時には聞かないという戦略で静寂を楽しもう!

前回説明したように、音を脳に伝わる電気信号に変換するのは、内耳の蝸牛(かぎゅう)の中にある有毛細胞です。正常な有毛細胞の毛は48時間サイクルで生え替わっていきます。日々、音にさらされ酷使された有毛細胞の毛は髪の毛のように抜け落ち、また生えてきます。

しかし、あまりに大きな音の負荷がかかると一気に抜け落ちすぎてしまい、生え替わりの再生サイクルでは追いつかなくなります。脱水、亜鉛やビタミンの不足によっても生えにくくなってきますし、高血糖や動脈硬化があると細胞そのものが衰えてしまいます。長い時間大きな音で酷使されてしまうと、細胞そのものの力が弱って毛を再生産することをやめてしまうのです。

週に1回は、連続して48時間は耳を休ませる――。そんな静寂がないと、有毛細胞が毛を生え替わらせることができないのです。有毛細胞そのものが、休眠したり死んでしまったりしたら、聞こえを取り戻すこともできません。

健康な聞こえを保つことができれば、いつまでも音楽を楽しむこともできるのです。音楽のない人生は、どれほどつまらないでしょうか。ひとりでも多くの人がセーフリスニングを理解し、学び、実践して健康聴寿を手に入れてください。

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国際医療福祉大学耳鼻咽喉科 教授

中川 雅文 先生

1986年に順天堂大学医学部を卒業後、創進会みつわ台総合病院、東京医科大学聴覚人工内耳センターなどでの勤務を経て、2011年より現職。耳科学、聴覚生理、脳科学を専門とし、きこえ・コミュニケーション・認知や学習などの研究の第一人者として活躍している。