「脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)」という病名を聞いたことはあるでしょうか? 日本ではあまり知られていない病気であり、この病気に関しては原因の解明から治療方針に至るまで、さまざまな議論がなされています。
はたして脳脊髄液減少症とはどのような症状の病気なのでしょうか? 長年にわたり脳脊髄液減少症の診療に携わってきた、山王病院脳神経外科副部長の高橋浩一先生にお話をお伺いしました。
脳脊髄液減少症とは、髄液という脳と脊髄の周りを満たす液体が少なくなることにより、頭痛・めまい・首の痛み・耳鳴り・視力低下・全身倦怠感などの様々な症状を伴う病気です。
これらの症状は、立ち上がる際に悪化する傾向があります。そのため、特に頭痛については起立性頭痛と言われます。
脳と脊髄は下の図のように「硬膜」の中に入り包まれています。 硬膜と脊髄の間には「くも膜下腔」という空間があり、そこが「髄液」により満たされています。この「髄液」は常に脳・脊髄の表面を流れています。
最初に脳脊髄液が減少することにより頭痛が起きるとされたのは、1930年代のことです。
その後に「腰椎穿刺」(脊髄周囲の髄液が存在する部位に針を刺す)という手技が発達し、その後、針穴から髄液が漏れる事により頭痛が生じる「低髄液圧性頭痛」が報告され、問題となりました。現在でも腰椎穿刺後に頭痛が起きることは知られています。
1990年代には、起立性頭痛が見られ、MRI検査などで異常が認められる疾患「低髄液圧症候群」が報告されました。
篠永正道先生(現:国際医療福祉大学熱海病院 教授)が、2000年に外傷性頚部症候群(いわゆるむち打ち症)後に、頭痛・めまい・全身倦怠感などを長期に訴える症例に「低髄液圧症候群」が存在し、ブラッドパッチ治療が有効であることを報告しました。
その後、実際には髄液圧が正常である場合も多くあることが明らかになり、むしろ髄液が少なくなっていることが病態の中心ではないかと言われるようになりました。この過程を踏み、最近では脳脊髄液減少症と呼ばれています。
(参考:脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の治療―ブラッドパッチ)
脳脊髄液減少症に対しては、2007年度厚生労働省科学研究費補助金により「脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する研究班」が立ち上げられました。
平成24年に画像判定基準・画像判断基準が公表されています。
脳脊髄液減少症では、つい「むち打ちの後遺症」として起きるのか? という点ばかりが注目されてしまいます。私自身も、一定数の患者さんがむち打ち後に脳脊髄液減少症になる可能性もあるとは捉えています。ただ、むち打ち症の何割が脳脊髄液減少症を罹患しているのかが明らかでないなど、課題が多く残されているのは間違いありません。
しかし、この「むち打ち後遺症としての脳脊髄液減少症」があるか? ないか? という議論のために「脳脊髄液減少症(あるいは低髄液圧症候群)」という病気の存在そのものが懐疑的な見られ方をしてしまっています。これは大きな問題であると考えます。
さらに、必要な治療であるブラッドパッチ治療までが保険適用になっていないため患者さんの負担が大きいという現状があり、問題は山積みとなっています。
髄液が減少する病態には以下の大きく3つがあります。
特発性低髄液圧症候群の症状としては起立性の頭痛が顕著で、頭部MRIにて「びまん性硬膜造影像」を認め、多くの症例で髄液圧が低圧を示します。
「RI脳槽シンチ」や「CTミエロ」、「MRミエロ」で髄液漏出像や硬膜外液体貯留像など陽性所見を認める場合が多く、現在では世界的に確立された疾患となっています。
●年間発症率
少なくとも20000人に1人とされています。原因は特発性、もしくは軽微な外傷の場合が多く、治療予後が良好です。
●合併症
特発性低髄液圧症候群では、慢性硬膜下血腫の合併が少なからずあり、山王病院の症例では特発性低髄液圧症候群の約1/3に慢性硬膜下血腫が合併しています。
慢性硬膜下血腫を合併した特発性低髄液圧症候群は、ブラッドパッチを含めた適切な治療にて良好な予後を期待できますが、ブラッドパッチが保険適用になっていないため、治癒に至らず、国内外から死亡例の報告もあります。 また、ブラッドパッチ治療が自由診療であるがゆえに、保険診療である慢性硬膜下血腫の治療と同時に施行が困難であるという問題もあります。
さらに特発性低髄液圧症候群には、静脈洞血栓症を合併する場合があります。しかし、本症の認知度が低いため、適切に診断されずに、長期間経過観察され、半身麻痺を生じて、はじめて特発性低髄液圧症候群と診断された症例もありました。このような問題が生じているのは、ブラッドパッチが保険適用されていないということが大きな要因の一つにあると思います。
腰椎穿刺後に起立性頭痛を生じる場合があります。腰椎穿刺の針孔から髄液が漏出するためと考えられています。通常は、数日間の安静で治癒しますが、稀に起立性頭痛が長期化する場合があります。
このような症例に対しても穿刺部を塞ぐブラッドパッチ治療が有効です。
脳脊髄液減少症は頭痛、めまい、嘔気、耳鳴り、倦怠感など他の不定愁訴を伴う場合が多く、頭痛に関しては典型的起立性でない場合が多いです。 また頭部MRI、RI脳槽シンチやCTミエロ、MRミエロにて特徴的な所見を呈する場合が少なく、髄液圧は正常圧の場合が多いです。
原因として、不明、もしくは交通外傷など強い衝撃の場合が多く、治療予後は改善率約75%です。学童期、小児期発症例は、ほとんどが脳脊髄液減少症です。
上記3つの原因のうち、特に脳脊髄液減少症に関しては、画像上、特徴的な所見を示さない場合が多いなど、議論となっています。この点に対しては大きな課題があり、今後も慎重に検討していく必要があります。
しかし、特発性低髄液圧症候群に関しては、国内外から臨床像や画像所見、治療方法に関する報告も多く、確立した疾患です。また、腰椎穿刺後頭痛に対するブラッドパッチ治療は、50年以上前から行われている歴史ある治療法です。
こういった病態に対してすら、適切な治療がなされずに経過観察されている症例が少なくありません。これもブラッドパッチが保険適用になっていない大きな弊害であり、私たち医師も早期の保険適用認定を強く望んでいます。
最も典型的な症状としては、 起立性頭痛(起き上がると頭痛が増強する) が挙げられます。
その他には以下の様な5症状を伴う場合があります。
これらの症状は、症状の強弱はあるものの、連日出現します。
脳脊髄液減少症の症状はいわゆる「よくある症状、誰でも訴え得る症状」が多いため、患者さん自身も見逃してしまいがちです。だからこそ医療機関側も慎重に診断をしていく必要があります。
日常生活・社会生活に強い支障を来す頭痛などの不定愁訴があり、「様々な治療をやっても治らなかったのに、ブラッドパッチ治療でとても良くなった」という方々が少なくないのは事実です。ブラッドパッチ治療は脳脊髄液減少症の治療以外にも、難治性の不定愁訴を訴える方々や外傷性頚部症候群に悩む方々の治療に一石を投じた存在と言えるかもしれません。
山王病院(東京都) 脳神経外科 部長
高橋 浩一 先生の所属医療機関
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