天疱瘡(てんぽうそう)という病気を聞いたことはありますか? ほとんどの方がその病気の特徴はもちろん、名前を聞いたことすらないのではないでしょうか。天疱瘡は自己免疫水疱症と呼ばれる自己免疫疾患の一種で、デスモグレインという特殊なたんぱく質が関与していることが分かっています。はたして天疱瘡とはどのような病気なのでしょうか? 自己免疫疾患研究のトップランナーであり慶應義塾大学医学部皮膚科教授の天谷雅行先生にお話をお聞きしました。
まず、天疱瘡の説明をする前に、人体の免疫システムを解説しましょう。免疫は、元々自分にとって害となるウイルスのような存在を排除するシステムを持っています。ですから通常であれば、私たち人間にとって味方であり、プラスの働きをしてくれます。しかし、ごくまれに自分自身が持つたんぱく質を、体にとって有害な「敵」と間違ってしまうことがあります。すると免疫細胞はその標的と間違えたたんぱく質を体から除外しようとして、自分自身の体を攻撃してしまいます。これが自己免疫反応です。
通常の免疫反応は、たとえばウイルスを除去しようとして働いたのであれば、標的(ウイルス)がいなくなれば免疫反応も終息します。しかし、自己免疫疾患の場合は標的が自分自身の一部なので、半永久的に自己免疫反応が起こってしまいます。
それでは、自己免疫疾患である天疱瘡とはどのような病気か説明します。天疱瘡とは、人の上皮細胞(皮膚の表面の細胞)を接着している分子(デスモグレイン。詳しくは後述)に対して抗体ができることにより、体の免疫システムが皮膚に含まれるたんぱく質を誤って攻撃して、皮膚や粘膜などに水疱(水ぶくれ)やびらん(表皮細胞がはがれてただれ、内側が見えてしまう状態)を発症する、自己免疫性水疱症と呼ばれる病気の一種です。
自己免疫疾患には、全身性自己免疫性疾患と臓器特異的自己免疫性疾患の2種類があります。全身性自己免疫性疾患の代表的な病気には、関節リウマチなどの膠原病が挙げられ、天疱瘡は臓器特異的自己免疫性疾患に分類されます。
天疱瘡は主に、尋常性天疱瘡(じんじょうせいてんぽうそう)と落葉性天疱瘡(らくようせいてんぽうそう)の2種類があります。尋常性天疱瘡は口腔内に主な症状が出るのに対し、落葉性天疱瘡は皮膚に主な症状が出るのが特徴です。
尋常性天疱瘡と落葉性天疱瘡は別に分類されていますが、両者は部分的に重なり合った病気といえます。というのも、どちらの病気もデスモグレインという物質が関与しているからです。
天疱瘡の患者さんは、デスモグレインという抗原に対して抗体ができてしまいます。デスモグレインとは、デスモゾーム(表皮細胞と表皮細胞を接着する装置のようなもの。ボタン状の構造をしている)のなかにあるノリのような分子です。天疱瘡の患者さんはデスモグレイン1あるいはデスモグレイン3(または両方)に対して抗体ができます。
デスモグレインは、それぞれ1・2・3・4の4種類があります。デスモグレイン1は表皮前層に主に出現し、デスモグレイン2は基本的にデスモゾームを持つすべての細胞が持っており、細胞と細胞を接着する働きをしていて、心筋細胞や肝臓、腎臓などにも存在します。デスモグレイン2に対する自己免疫は知られていません(もしあったとしたら、全身がバラバラになってしまいます)。デスモグレイン3は重層扁平上皮すべてに出現します。重層扁平上皮の代表的な部位は食道、口、膣、肛門開口部などがあります。そしてデスモグレイン4は毛嚢に出現し、デスモグレイン4遺伝子に変異がある方は貧毛症という病気になります。
このように、デスモグレイン1は主に皮膚に関与し、デスモグレイン3は主に粘膜(口腔内など)に関与します。ですから、デスモグレイン1の抗体を持つ患者さんは主に皮膚に症状が現れる落葉性天疱瘡を発症し、デスモグレイン3の抗体を持つ患者さんは主に口腔粘膜などに症状が現れる粘膜優位型の尋常性天疱瘡、そして両方の抗体を持つ患者さんは口腔粘膜と皮膚の両方に症状が現れる粘膜皮膚型の尋常性天疱瘡を発症します。
慶應義塾大学大学院医学研究科 皮膚科学 教授
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