網膜色素変性は、視細胞が障害されることによって光から電気信号への変換が阻害され、光を感知しづらくなる先天性の疾患です。非常に緩やかに進行し、治療においては進行スピードをゆるめ、残された機能でよりよい生活を保つ工夫が重要になります。千葉大学病院病院長の山本修一先生に、網膜色素変性についてお伺いします。
網膜は、眼球の内側に張っている膜の部分を指します。外から入ってきた光を電気信号に変え、脳に伝える働きを持っています。これにより、私たちは光を感知します。この働きをする細胞の遺伝子に何らかの異常があると、光から電気信号への変換がうまくいきません。
網膜色素変性は、この網膜に存在する視細胞が障害されることで起こります。
視細胞には2種類の細胞(杆体細胞と錐体細胞)があります。網膜色素変性ではそのうち主に杆体細胞(かんたいさいぼう:暗い場所における物の見え方・視野の広さに関係する細胞)が障害されることが知られています。
また、網膜色素変性は年齢とともにゆっくり進行していく疾患であり、ほとんどの場合は生まれたときから発症し、症状の進行が始まります。
網膜色素変性は、様々な遺伝子が原因となりうる疾患です。
遺伝性の疾患は、基本的にひとつの病気に対してひとつの遺伝子異常が原因となります。一方、網膜色素変性は多数の種類の遺伝子が原因となって同じ「網膜色素変性」という病気を生み出すため、進行程度もまちまちであり、原因の特定も困難であれば経過の予測も容易ではありません。
また遺伝性疾患の場合、遺伝子治療は必ず検討される方法ですが、網膜色素変性の場合は原因遺伝子がたくさんあるため、遺伝子治療のアプローチがしづらいという難点があります。
前述したように、網膜は光を電気に変える働きを持ちます。光が網膜に当たってから電気信号になるまでに、たくさんの蛋白質が絡んできます。関与する蛋白質が多いほど、勿論そこに関わる遺伝子も多くなります。どの遺伝子が異常を起こしても網膜色素変性を発症するため、たくさんの遺伝子が原因になりうるのだと考えられています。
網膜色素変性は杵体や網膜色素上皮細胞にある遺伝子変異によって起こります。現在までにわかっている原因遺伝子として、常染色体劣性網膜色素変性では、特にEYSという遺伝子の異常が多いことが知られています。EYSは正常の方が持っていることも多い遺伝子のひとつです。
<その他推定されている原因遺伝子>
杆体cGMP-フォスフォジエステラーゼαおよびβサブユニット
杆体サイクリックヌクレオチド感受性陽イオンチャンネル
網膜グアニルシクラーゼ
RPE65
細胞性レチニルアルデヒド結合蛋白質
アレスチン
アッシャリン(USH2)
日本において遺伝子異常を探究する場合は、家族歴がはっきりしてないと見つけづらいという現状があります。
たとえば、同一家系の中に複数人、網膜色素変性の患者さんがいらっしゃれば、家族内で新たに網膜色素変性を発症した方も同じ遺伝子に異常があるとわかります。しかし、網膜色素変性は孤発性、つまり「家族の方には遺伝子異常が無いのに、その方だけ発症してしまう」というタイプの方が半数を占めます。この場合は、その患者さんが持つ何の遺伝子が原因なのかを調べるのは困難となります。
人によって網膜色素変性の進行速度は全く異なり、進行が速い場合は、物心ついたときから見えづらい方もいます。一方、徐々に進行し、60代くらいになってから顕著に見え方が悪くなり、年齢を考えて白内障を疑い、検査してみたら網膜色素変性であったというケースもあります。
これだけ進行速度の差が出る理由はよくわかっていません。同じ遺伝子の異常でも進行速度が異なる場合がありますが、同じ遺伝子なのに何が影響しているのかも現在、原因は不明です。とはいえ、基本的に網膜色素変性は緩やかに進行する疾患であり、突然目が見えなくなるようなことはありません。根治治療を急ぐよりは、進行スピードを少しでも緩めるような治療が望まれます。
網膜色素変性の初期症状は夜盲や羞明、視野狭窄です。杆体細胞が障害されるため、夜盲が初発症状であることが多いといわれています。その後、病状が進行すると視力低下や色覚異常が生じます。
羞明とは夜盲(やもう:暗いところで目が見えづらい)の真逆の状態であり、「眩しくないと感じるレベルが狭まる」のが特徴です。網膜色素変性の患者さんは夜盲となる暗さの程度が通常の方よりも低い(通常の方が暗いと感じないレベルでも暗く、見えづらい)のですが、これに羞明の症状を伴うと、暗いところでは見えず、明るいところでも眩しくて見えないということになります。
網膜色素変性の患者さんは白内障や緑内障を合併しやすいことが知られています。しかし、白内障の合併が多い理由はよくわかっていません。
白内障を合併した場合、白内障手術を受けていただくことがあります。ただし、網膜色素変性の合併症としての白内障手術は、網膜色素変性に伴う白内障手術をしっかりとやっている施設で受けることをおすすめしています。そういった施設は網膜色素変性の合併症対策も経験豊富だからです。
・眼底検査
目薬で瞳を開いて(散瞳といいます)、眼底の状態を調べます。
・視野検査
「見える範囲」を調べます。特殊な器械の前に座り、患者さんは小さな光が見えた瞬間に器械についているボタンを押下します。
・網膜電図(ERG)
網膜に光が当たると生じる電気信号を角膜上または皮膚に載せた電極で調べる検査です。初期の網膜色素変性では反応が小さくなり、中期以降は反応がみられなくなります。
網膜色素変性では、上記3つの検査を一通り行います。
千葉大学病院では、網膜色素変性の患者さんに対して基本的に薬物治療は行っていません(患者さんが希望された場合は処方します)。
現在、網膜色素変性の治療に有効的な薬はなく、臨床試験で薬を開発している段階です。
iPS細胞の活用や人工網膜など、薬物治療以外の治療法が研究されています。
人工網膜は、欧米ですでに進んでいる方法であり、実際に商品化もされています。網膜を人工的に電気で刺激する方法ですが、日本でこの治療を導入するかはまだ検討段階です。
網膜色素変性の治療は発展途上にあり、費用対効果の問題も残っています。移植などに比べると、人工網膜のほうがテクノロジーの発展の可能性を考えても期待できるのではないかと考えられます。
網膜色素変性の患者さんの生活を円滑にするため、現在更なる発展が求められるのが「ロービジョンケア」というものです。これは眼が見えないなりに残っている機能を最大限発揮し、よりよい生活を送ることを目的としています。非常に重要な観点といえますが、ロービジョンケアをしっかりと行っている施設はまだ少なく、今後の社会的な課題といえます。
病気の進行速度は個人差が大きいため、一概に述べることは困難です。これは、網膜色素変性の原因遺伝子が非常に多彩なものであるためであるとも考えられますが、同じ遺伝子異常でも異なる場合があります。
ただし網膜色素変性は、すべての患者さんの目が見えなくなるわけではありません。
視力に関しても、0.1以下まで下がる方もいれば0.7前後を保っている方もいます。光に対する感度は下がるものの、視力はそこまで下がらないということを知っておいてほしいと考えます。
また病状の進行度・重症度を知るため、定期的に医師の診察や検査を受けることをお勧めします。
コラム・医療費助成度の活用に関して
日本眼科学会より:
矯正視力が0.6以下で視野の障害がある場合、ご本人の申請があれば医師が難病患者診断書・網膜色素変性臨床調査個人表を記載します。それを管轄の保健所に提出し、基準を満たすと判断されれば医療費の助成を受けることができます。また、視力や視野の障害の程度によって身体障害者の認定を受けることもできます。
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