インタビュー

“持続可能”な再生医療の仕組み――神戸アイセンターがつくる未来

“持続可能”な再生医療の仕組み――神戸アイセンターがつくる未来
高橋 政代 先生

株式会社ビジョンケアグループ 代表取締役社長、神戸市立神戸アイセンター病院 研究センター顧問、...

高橋 政代 先生

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日本は再生医療領域で世界を先導する立場にある一方、治験や特許を理由とした最先端治療の高額化という大きな問題を抱えています。よい治療を早く、そして安価で患者さんに届けられる仕組みを作るために、高橋 政代(たかはし まさよ)先生(株式会社ビジョンケア 代表取締役社長)は、研究施設、病院、公益社団法人、企業が一体となった神戸アイセンターの設立を主導しました。開設から5年の時がたった今、あらためて神戸アイセンターにかける思いと、再生医療を取り巻く現状についてお話を伺います。

再生医療について考える際、いつも私はそれが“持続可能であるか”どうかを考えます。現状として一番の障壁は医療費の制約です。医薬品や再生医療等製品は、安全性を保証するため治験が重要視されますが、治験を通すことで、臨床使用されるまでに莫大な時間と費用がかかることになります。治験を行った製品は高額化して販売されますが、その製品を使用する病院側にはほとんど利益が入りません。結果として、難しい高度な治療に取り組むほど病院は赤字化していきます。それは“持続可能な治療”とは呼べません。そもそも治験のシステムはアメリカを参考にしていますが、アメリカと違い医療費を抑制している日本では、高額な製品開発自体歓迎されません。そこでさまざまな手法によって、よい治療を早く安価に患者さんに届けるために“神戸アイセンター”を設立しました。

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神戸アイセンター外観(神戸アイセンターより提供)

神戸アイセンターは、理化学研究所、神戸市立神戸アイセンター病院、公益社団法人NEXT VISION、株式会社ビジョンケアの4つの組織が寄り合ってできた施設です。網膜疾患に対する再生医療を治療として患者さんに届けるために、研究、臨床応用、治療、ケア、社会実装までトータルで行います。株式会社ビジョンケアにはほかの3つの公的機関をつなぐ役割があり、公的機関ならではの制約によって実現できないことを民間企業として解決できればと考えています。京都大学医学部附属病院で勤務していた頃から理想のアイセンターをつくりたいと考えていたので、10年以上の構想の末に実現したことになります。

開設当初、神戸アイセンターは基礎研究→治療→リハビリ→社会復帰までを一気通貫で対応することを構想として掲げていました。しかし、視覚障害を抱えながらも社会に出ている方はたくさんいます。「治療やリハビリを受けて社会復帰することがゴールといった誤解を招く構想図は見直そう」と考え、2022年12月の開設5周年を機にアイセンター構想を一新させました。

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神戸アイセンター構想(神戸アイセンターより提供)

神戸アイセンター設立の目的は、“持続可能な再生医療を実現すること”、そして“眼科における医療と福祉を一体化すること”です。

再生医療の治療を受ければ魔法のように視力が回復すると期待して診察に来られる患者さんは多く、現実を突きつけられ泣いて帰られる姿を何度も目にしてきました。治療ができないと知った患者さんは絶望して何も手につかなくなり、福祉に頼るという判断ができない方もいます。そこで神戸アイセンターのメインフロアに“ビジョンパーク”を設置し、ロービジョンケア*や福祉への橋渡しができる場所を作りました。ビジョンパークは、障害のあるなしに関係なく誰でも自由に過ごせる、一見病院とは思えないような楽しい空間になるようデザインされています。「外来終わりに相談して帰ってくださいね」と声をかけると、ビジョンパークでアウトリーチ活動を行っている福祉スタッフに相談して帰られる患者さんが多くいます。

*ロービジョンケア:視覚障害によって日常生活に支障をきたしている人に対する支援の総称。広範囲にわたる支援(医療、教育、職業、社会、福祉、心理的ケアなど)を意味する。

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ビジョンパーク(NEXT VISIONより提供)

ビジョンパークを訪れる患者さんの視力はさまざまなので、生き生きと過ごしている視覚障がい者の方を見ることができるというのも大きなメリットだと感じています。治療法がなく絶望している患者さんには、見えずとも元気に過ごす視覚障がい者の方々を見てもらうことが一番の処方になります。特に視覚障害は外見で判別することができません。患者さん本人も自分を障がい者だと思いたくない気持ちが強く、病気を隠して仕事を続けているような方も多くいます。ビジョンパークでの交流によって、障がい者に対する「かわいそう」や「何もできない」というイメージが払拭されることを期待しています。

障害というのはグラデーションで、どこかに境目があるわけではありません。それにもかかわらず、福祉は重度の方ばかりを対象としていることがほとんどです。そのため、重度になる一歩手前の患者さんは医療にも福祉にも頼ることができずに行き場を失った結果、社会から断絶されてしまう現状があります。こうした医療と福祉の谷間に埋もれている患者さんを救いあげるのは、福祉への橋渡しをする病院の役割です。

視覚障害がある方へのあらゆる支援を意味する“ロービジョンケア”は、10年ほど前に保険収載されたことが1つのきっかけとなって、積極的に行う眼科医も増加してきています。医師は病気の治療だけでなく、その後の患者ケアについても情報を提供していく、いわゆる“全人的医療”の考えを持つことが大切です。

持続可能な再生医療の実現に向けた大きな障壁が“病院経営”に関する課題です。冒頭で触れたとおり、病院が高額な治療を行っても、利益のほとんどは製品開発側に流れてしまいます。加えて日本の保険医療は保険点数によって料金が一律に定められていますが、こうした社会主義的な料金システムで、病院に資本主義経営を迫るという矛盾が生まれています。病院に利益が還元されないことは、優秀な医師の退職にもつながります。

こうした問題を解決するヒントとして、民間保険の活用を考えています。すでに民間保険で展開されている“先進医療特約”の対象を広げることができれば、患者さんの負担額を減らし高額な自由診療を“持続可能”にすることができるでしょう。まさに、アクセス・コスト・クオリティのバランスが取れた医療の実現につながるのです。そしてエビデンスが確立された自由診療については、大学病院などで積極的に取り組んでいくようなムーブメントを起こしたいです。ただ主導権は、保険会社ではなく、あくまで学会・医療者が握る必要があると思っています。

私は研究分野で取り上げていただくことが多いのですが、あくまでも“臨床家”です。まずは目の前、半径3mの距離で困っている人や悲しんでいる人を減らしたい、何とかしたいという気持ちで診療を続けています。現在は会社を立ち上げ、医療ではなくビジネスの場に身を置く時間が長くなりましたが、その原点だけは忘れないようにしたいです。そして神戸アイセンターをとおして、“神戸に来たら治る”という仕組みづくりに励みたいと考えています。

会社経営のうえでは、製品を作る2次元、治療をつくる3次元、そして今は、社会の仕組みを変えるような、いわば4次元の会社を目指す段階に入ってきたと感じています。再生医療の分野では日本が一歩進んでいるので、世界から注目されていることを利用して、マネーゲームのようになっている医療への問題提起を行っていきたいですね。医療者や患者さんも、医療を取り巻く現状について知る必要があります。高額な医療費の原因となっている医療開発の仕組み、特許・知的財産権などについて、ぜひ積極的に情報を取りにいく、あるいは理解してくださる方が増えることを願っています。

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  • 株式会社ビジョンケアグループ 代表取締役社長、神戸市立神戸アイセンター病院 研究センター顧問、公益社団法人NEXT VISION 理事、立命館大学 立命館先進研究アカデミー(RARA) フェロー、神戸iクリニック 医師

    高橋 政代 先生

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  • 株式会社ビジョンケアグループ 代表取締役社長、神戸市立神戸アイセンター病院 研究センター顧問、公益社団法人NEXT VISION 理事、立命館大学 立命館先進研究アカデミー(RARA) フェロー、神戸iクリニック 医師

    日本眼科学会 評議員日本眼科医会 会員日本再生医療学会 代議員・常務理事日本網膜硝子体学会 常務理事日本網膜色素変性症協会 副理事長The Association for Research in Vision and Ophthalmology(ARVO) 会員Academia Ophthalmologica Internationalis(AOI) 会員National Academy of Medicine(NAM) International Member欧州分子生物学機構(EMBO) Associate Member

    高橋 政代 先生

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