眼底の中心に位置する黄斑(おうはん)が障害され、視界のゆがみや視力の著しい低下を来す「加齢黄斑変性」は、日本の失明原因の第4位を占めるまでに増加しています。特に「滲出型(しんしゅつがた)」といわれる新生血管の増殖による加齢黄斑変性が多く、その背景には人口の高齢化や食生活の欧米化といった、現代日本ならではの問題があるといわれています。本記事では、加齢黄斑変性の原因について国際医療福祉大学病院眼科部長の森圭介先生にお話しいただきました。
網膜の下には、網膜色素上皮・ブルッフ膜・血管に富んだ脈絡膜(みゃくらくまく)があります。滲出型加齢黄斑変性は、脈絡膜から異常な新生血管が生じ、それが網膜色素上皮の下や、網膜と網膜色素上皮の間へと侵入し、滲出液が漏れ出たり出血することによって起こります。
この局所的な脈絡膜新生血管の異常増殖を引き起こすものとして考えられているのが「喫煙」です。タバコに含まれるニコチンには、新生血管の増殖と血管漏出を促進するVEGF(血管内皮増殖因子)など、種々のサイトカインの分泌を促す作用があることがわかっています。
昭和の頃には男性の喫煙者が非常に多く、喫煙者の男女比は8:1となっていました。その結果、現在の日本の加齢黄斑変性患者は男性が多くなっていると考えられています。過去の喫煙習慣が加齢黄斑変性の発症と因果関係を持っていることは、我々が複雑な統計処理によって証明しましたが、このような男女差は日本人および東アジア人種特有のものであり、欧米では加齢黄斑変性の患者に男女差はほとんどありません。これは喫煙習慣が国によって違うことを反映しており、日本を含む東アジア人種の国は男性の喫煙が多いことを反映しているものと解釈されます。
現在は喫煙者が減少し続けていますので、これによりニコチンが引き金となる加齢黄斑変性の発症率は減少するのではないかと期待しています。しかし、加齢黄斑変性には喫煙のほかに「高脂肪食」など、様々な要因が関与しているため、患者数自体は増え続ける可能性が指摘されています。
欧米では成人の失明原因の1位が加齢黄斑変性であり、日本でも近年患者数が著しく増加していることから、生活様式の変化、特に食生活の欧米化が発症に関与していると考えられています。
加齢黄斑変性では老廃物(視細胞の一部が剥がれ落ちたもの)がブルッフ膜に蓄積し、「ドルーゼン」と呼ばれる塊を形成します。このドルーゼンを足場にして炎症が引き起こされ、新生血管が発生します。ドルーゼンは加齢だけでなく、脂質の多い食生活により体が酸化する(老化する)ことでも蓄積していきます。
欧米では両眼性の加齢黄斑変性が多いのに対し、日本では片眼に症状が現れる片眼性でとどまっている患者さんが多いという傾向があります。この理由として、日本の食生活がまだ完全には欧米化しておらず、良質な油(EPAやDHA等)を含んだ青魚を摂る習慣があるからではないかと考えられています。
ブルッフ膜は、コラーゲン繊維を含む弾性繊維層など5層から成り立っています。そのため、加齢により皮膚のコラーゲンが不足して弾力が失われていくのと同じように、ブルッフ膜も弱くなり、断裂しやすい状態になります。脆くなったブルッフ膜の上にドルーゼンが蓄積することでブルッフ膜が破れると、その部分に新生血管が発生します。これが老化により加齢黄斑変性が引き起こされるメカニズムの一つです。
過去に行われた動物実験によって、ブルッフ膜をレーザーで断裂させると、その下の脈絡膜から新生血管が網膜方向へと伸びてくることが明らかになっています。
ドルーゼンは、先にも述べたように網膜の視細胞が剥がれ落ちたものです。視細胞は「光刺激」を受けることで常に活発に代謝を繰り返しています。このとき、視細胞の下にある網膜色素上皮細胞が古い視細胞の一部を食べるため、老廃物は溜まることなく消化されます。しかし、代謝機能が加齢などによって衰えると、光を浴びて剥がれ落ちた視細胞が掃除されずにドルーゼンとして蓄積されることとなるのです。
このように、喫煙習慣、食生活、加齢、光刺激など様々な因子が組み合わさって、加齢黄斑変性は発症します。
(加齢黄斑変性と遺伝子の関係については記事6「加齢黄斑変性の予防法と遺伝要因について」をご覧ください。)
国際医療福祉大学 眼科教授
森 圭介 先生の所属医療機関
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