概要
遺伝子治療とは、遺伝子の異常が原因で病気を発症した患者を対象に、正しい配列の遺伝子を投与するなどして、病気の根治や回復を目指す治療法です。一部のがんや遺伝子疾患、感染症などの治療法として研究・開発が進められており、日本でも一部の病気ではすでに保険適用され専門の医療機関で治療が行われています。
目的・効果
遺伝子治療では病気の原因となる遺伝子を探し出し、そのはたらきを修復することで、遺伝子の異常によって起こっている病気の根治を目指します。
遺伝子とは
遺伝子とは人の体を形成するための設計図のようなものです。人の細胞内にある核にはDNAが折りたたまれて存在しています。DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の物質(塩基)で構成されており、この塩基の並び方(塩基配列)によって遺伝情報が決まります*。
人の体を構成するタンパク質は、遺伝子の情報に従ってつくられるため、遺伝子に異常があるとタンパク質が正常につくられず病気を引き起こすことがあります。
*塩基配列の中でも、遺伝情報を持っているものと持っていないものがあり、“遺伝子”は遺伝情報を持っている部分を指す。
種類
遺伝子治療には大きく分けて、患者から取り出した細胞の遺伝子を改変して体の中に戻す“ex vivo遺伝子治療”と、患者の体内で遺伝子操作が行われる“in vivo遺伝子治療”の2種類があります。
ex vivo遺伝子治療
ex vivo(ラテン語で“生体外”という意味)遺伝子治療とは、病気の原因細胞を患者から採取し、改変・培養して患者の体の中に戻す治療法です。変化させた遺伝子を再び体の中へ戻し、正常な遺伝子がはたらくことを期待します。
狙った細胞を遺伝子改変できるため安全性が高いなどのメリットがありますが、対象は造血幹細胞やT細胞など採取できる細胞に限られます。
in vivo遺伝子治療
in vivo(ラテン語で“生体内”という意味)遺伝子治療は、遺伝子を組み込んだ“ベクター”を患者に直接投与する遺伝子治療です。
ベクターとは、導入したい遺伝子を細胞に運ぶために使用するウイルスなどを指します。神経や筋肉など取り出すのが困難な細胞で遺伝子の異常が生じていても、遺伝子を導入したベクターを投与することにより、体内における遺伝子変化が期待できます。
リスク
病気や治療法によって遺伝子治療のリスクは異なります。治療の歴史が浅いため、予期せぬ副作用が生じる可能性があります。
また、治療の適応があっても必ずしも効果が現れるとは限らない点にも注意が必要です。
適応
遺伝子治療の対象となる病気は多岐にわたるため、ここでは日本で遺伝子治療が認められている主な病気(2024年2月時点)を取り上げます。なお、遺伝子治療の導入が検討されている病気はほかにも数多く存在し、研究・開発が続けられています。
脊髄性筋萎縮症(SMA)
脊髄の神経細胞にあるSMN1という遺伝子が変異することで、進行とともに筋肉が萎縮する病気です。日本では2020年からオナセムノゲン アベパルボベクという遺伝子治療が導入されています。この遺伝子治療では、SMN1遺伝子を組み込んだ治療薬を点滴注射することで症状の進行抑制が期待できます。
脊髄性筋萎縮症に対しては、現在、遺伝子治療薬を含めた3種類の薬剤があり、患者それぞれの年齢や状況に応じて検討します。
慢性動脈閉塞症
手足の先端の血管が詰まって血流が悪くなることにより、最終的に細胞が壊れる病気です。慢性動脈閉塞症の治療法としては、薬物療法をはじめ、血管に細い管を入れて狭まった血管を押し広げる“血管内治療”、代わりの血管を新たに作る“バイパス手術”、そして“遺伝子治療(2019年に導入)”があり、血管が細くなっている位置や形状に応じて治療法を検討します。
慢性動脈閉塞症における遺伝子治療とは、血管の再生を促進する遺伝子を作成し、それを筋肉に注射で投与することで、血流改善などを期待するものです。特に治りにくい潰瘍のある人やほかの治療が困難な人を対象に検討されます。
急性リンパ芽球性白血病・悪性リンパ腫・多発性骨髄腫
血液のがんでは、2019年より“CAR-T細胞療法”と呼ばれる遺伝子治療が行われています。血液がんの治療法は病気の進行度などによって異なりますが、一般的に抗がん薬(化学療法)や分子標的薬などを使った薬物療法、病変への放射線療法、また化学療法や分子標的薬で治療が不十分な場合には造血幹細胞移植*を検討します。CAR-T細胞療法は、難治性の急性リンパ芽球性白血病、悪性リンパ腫および多発性骨髄腫に対して検討される治療法で、遺伝子技術で改変した患者のT細胞を体内に注入することで、がん細胞を特異的に攻撃します。
*造血幹細胞移植:白血球や赤血球などの基となる造血幹細胞を点滴で注入する治療法。患者自身の造血幹細胞を使う“自家造血幹細胞移植”と、ドナーから提供された造血幹細胞を使う“同種造血幹細胞移植”の2種類がある。一般的に急性リンパ芽球性白血病では同種造血幹細胞移植を、悪性リンパ腫と骨髄腫では自家造血幹細胞移植を行う。
治療の経過
遺伝子治療は、対象となる病気や治療法によって治療の流れが異なります。
in vivo遺伝子治療はベクターを体内に直接投与しますが、ex vivo遺伝子治療はまず患者から細胞を採取し、遺伝子の改変・培養を行ったうえで再び体に戻します。また、同じ治療を受けた場合でも患者によって効果の持続期間や現れ方が異なるため、再治療が必要となる場合もあります。
費用の目安
遺伝子治療は高額な治療法ですが、公的医療保険の被保険者であれば1か月の医療費が一定額を超えた場合は“高額療養費制度”を活用することで、上限額を超えた分は国から支給されます。自己負担の上限額は年齢や所得によって異なるため、厚生労働省のホームページなどで確認するとよいでしょう。
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