日本は、地震や洪水など、自然災害が頻発する国です。一度大きな自然災害が発生してしまうと、治療を必要とする多数の傷病者が発生します。圧倒的多数の患者さんに対して、医療は非常に大きな役割を果たしますが、このような災害医療はどのような考え方のもと行われるのでしょうか。東京大学大学院医学系研究科 救急医学の教授でいらっしゃる森村 尚登先生は、2011年の東日本大震災など、国内外の災害医療に携わってきました。また、2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急医療体制検討合同委員会でも委員長を務められています。
今回は森村先生に、災害医療の考え方や特徴、仕組みなどをお話しいただきました。
2017年現在、災害医療の考え方は、2000年にイギリスの概念を導入したものが一般的に採用されています。それは、地震や火事など傷病者が大量に発生する現象により、通常の保険医療サービスの提供が滞ることを災害とみなすという考え方です。この概念にもとづくと、地震や火事などの現象は災害ではなく、あくまで災害の原因に過ぎません。
たとえば、地震が発生し医療施設が倒壊すると、医療の供給側が不足してしまいます。あるいは、大量の熱中症患者さんが発生すれば医療の需要側が供給側を上回ってしまいます。このように、医療を受ける側と提供する側のバランスが崩れると、通常おこなっている医療体制が維持できなくなってしまいます。その結果、外部に支援を求めざるを得なくなり、特別な資源を投入しなければ保険医療サービスを提供できなくなること、それが災害の概念です。
災害医療を特別な医療と考える方もいるかもしれませんが、災害医療とは、あくまで災害時の医療なのです。何か特別な医療があるわけではなく、医療の一環として、災害時にいかに地域の医療サービスを提供するかということに過ぎません。しかし、災害時の医療と平常時の医療には大きな違いがあります。それは、平常時であれば地域内で提供できていた医療サービスが、一時的ではありますが、災害時にはできなくなるため、外部から支援を受けながら治療に取り組む体制が必要になるという点です。
災害は、地震や洪水などの自然災害と、交通事故やテロなどの人為災害に大きく分けられます。もちろん特徴はそれぞれ異なりますが、患者さんの緊急性を判断し、診療していく際のアプローチの原則は変わりません。
このような災害時の医療は、必ず終わるときがきます。通常の医療にいずれ戻っていくのです。いかに通常時の医療にスムーズに戻すことができるかは、大きな課題です。それは医療従事者だけではなく、行政を含め関わる皆で考える必要があります。災害の程度が小さく周辺に医療機関が多い場合であれば、災害時の医療は短期間で終わり、通常時の医療に戻すこともできるかもしれません。しかし、2011年の東日本大震災のような大地震が起これば、その復旧には長期間を要し、災害時の医療に取り組む期間は長くなります。特に日本は、地震などの自然災害が頻発する国です。今後も発生することを考えれば、いかに通常時の医療にスムーズに移行していくかは、皆で取り組まなければならない課題であると考えています。
災害医療と救急医療は、どちらも緊急の対応が必要になる点は似ていますが、いくつかの点で大きく異なります。災害時の医療をイメージしてもらえるよう、ここでは救急医療と災害医療の大きな違い、すなわち災害医療のみが持ちうる特徴をお話しします。
たとえば、都市部を見舞う地震による災害を想定した場合、まず、災害時の医療が通常の救急医療と異なる点は、需給バランスを崩す需要増大の程度が比較にならないほど大きい点です。もちろん、通常時であっても、救急外来に一度に多数の患者さんが来院すれば需給バランスが崩れることもあります。一方、災害時には、圧倒的多数の患者さんが発生します。この点が、災害時の医療が救急医療と大きく異なる点です。
次に、場所の因子があります。救急外来に来院する方は少人数であるとともに、場所も限られていることが多いでしょう。しかし、たとえば、地震は県境や区境で止まるよう発生するものではありません。大規模であるとともに、場所を選び発生するものではないのです。そのため、県、市や区でそれぞれ異なる災害援助プランが組まれていることがありますが、隣接する地域と合同でプランを立てることが重要になるでしょう。
いわゆる時間内を平日の9時から17時とするならば、週の約75%は時間外になります。このことはすなわち、の多くが、フルスタッフがそろわない時間帯に発生することを教えてくれています。
災害時に医療を提供する際、重要な役割を果たす医療機関が災害拠点病院です。災害拠点病院とは、24時間いつでも災害に対する緊急対応をすることができ、傷病者の受け入れや搬送が可能な体制が整備された病院を指します。災害拠点病院は、定期的に訓練をしているか、外部への支援手段を保有しているかなどいくつかの要件があり、国により指定されている病院です。また、災害拠点病院とは別に、各自治体は、災害拠点病院に準じた、災害時の協力病院という仕組みをつくっている場合があります。
また、日本では、災害時に派遣され現地の医療に大きく貢献する災害医療派遣チームがあります。厚生労働省によるDisaster Medical Assistance Team(DMAT)や日本医師会による日本医師会災害医療チーム(JMAT)が代表的なものです。さらに、日本赤十字社や国公立大学病院群も災害時の医療を支援するネットワークを持っており、独自に訓練したチームを保有しています。
災害時には、お話ししたような災害拠点病院や災害医療派遣チームだけではなく、いくつかの医療機関が連携する仕組みが階層的に必要になります。たとえば、2011年の東日本大震災の際には、福島空港と花巻空港に一度患者さんを搬送し、そこから羽田空港や千歳空港にも搬送しました。これは広域搬送という仕組みなのですが、多数の患者さんが発生した場合には、このように広域も含めた医療機関の連携が不可欠になります。
さらに、災害医療は、医療従事者だけでは実現できません。たとえば、震災であれば、発生当初に活躍する部隊は、消防部隊である場合が多いでしょう。また、保安を預かる警察や自衛隊も非常に大きな役割を果たします。劣悪な環境による感染症を避けるためには、衛生面の整備も必要でしょう。被災者の衣食住を支えるすべての環境の整備は予防医学の視点からもきわめて重要です。このように、災害医療では、多面的な支援が重要になり、組織間連携や組織内連携が重要になります。
2004年の新潟県中越地震では、消防組織法の改正により法制化された緊急消防援助隊が、初めて脚光を浴びた機会です。緊急消防援助隊とは、1995年の阪神・淡路大震災を契機に創設された消防部隊と、そのシステムのことを指します。これにより、大規模災害が発生した際には、全国から対応する消防部隊が被災地に集中的に出動することが可能になりました。新潟県中越地震の発災時には、現地に派遣された東京消防庁のハイパーレスキュー隊と各地の緊急消防援助隊らとが協力し、瓦礫のなかから子どもを救助した例を皮切りに、東日本大震災の際の消火に搬送に大活躍したことは記憶に新しいと思います。このように、連携を円滑にするための法律の整備も進んでいます。
各自治体は、災害医療コーディネーターを定めています災害拠点病院の医師や保健所長が任命されることが多く、主な役割は、災害時の医療の体制の調整です。
私は、災害時の医療には、俯瞰してものを考えることができる人材が重要であると考えています。災害時の医療は緊急を要する急性期の医療をイメージされる方が多いと思いますが、それだけではありません。たとえば、感染症や患者さんがもともと持つ慢性疾患の治療をどうするかという問題もあるでしょう。通常提供している医療がストップしてしまうことも大きな課題です。それをいかに継続していくか、災害時の医療だけではなく、通常の医療も含め俯瞰して考えることができる人材が必要です。そのために災害医療コーディネーターは重要であると考えていますし、今後はさらなる人材の育成も課題となるでしょう。
2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急医療体制検討合同委員会Facebookページ
2019年1月19日に「救急電話相談の現況と展望 ~救急看護・救急医療の新たなフィールド~」を下記のとおり開催させていただくことになりました。
■概要
救急安心センター事業(救急電話相談)における 事業の質改善 や 看護師教育 は これまでも行われてきましたが、事業の全国展開が進む昨今にあっては 医師・看護師・運営事業者・自治体を包括した、更に統合的な取り組みが求められます。
本会では、
・各団体における試みにつき意見交換することで 更なる向上に繋げること
・とくに相談看護師のスキルとはなにかを明らかにし、専門性のあり方を検討すること
を目的とします。
■日程・会場
日程:2019年1月19日 12時30分~17時00分
会場:東京都医師会館2階講堂
※参加費は無料です。当日直接会場までお越しください。
■主催:日本臨床救急医学会・日本救急看護学会
共催:東京都医師会
■URL
帝京大学医学部附属病院 救命救急センター 科長/主任教授
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