細菌性髄膜炎とは、細菌を原因とする髄膜炎(脳のまわりを覆う髄膜に炎症が起こる)です。細菌性髄膜炎は、早期に適切な治療が行われない場合、死亡もしくは重篤な後遺症が残ることもある神経系の救急疾患です。細菌性髄膜炎の検査と治療について、日本大学医学部 神経内科学分野の亀井聡(かめい さとし)先生にお話を伺いました。
記事1『細菌性髄膜炎の症状・原因・予後』で、細菌性髄膜炎は神経系の救急疾患であるため、早期に適切な治療を行うことが非常に重要であるとお話ししました。発熱や頭痛などの臨床症状によって細菌性髄膜炎を疑う場合、以下の基本方針に沿って検査・治療への移行を行います。
夜間救急などでCT検査やMRI検査が実施できない状況にある場合、患者さんの年齢や状態に合わせた抗菌薬を用いて直ちに治療を開始します。
細菌性髄膜炎の治療は、以下のように患者さんの状況に応じた適切な抗菌薬の使用が基本となります。
細菌性髄膜炎を疑うときには、検査から1時間以内に治療を開始することが理想的です。なぜなら、記事1『細菌性髄膜炎の症状・原因・予後』でお話ししたように、細菌性髄膜炎によって脳の損傷・障害が進行すれば、そのぶん重篤な後遺症が残るリスクが上がるからです。
そこで細菌性髄膜炎の治療において神経系の救急医が迅速な対処をできるよう、2014年に日本における細菌性髄膜炎の診療ガイドラインを作成し公表しました。
通常の診療ガイドラインというのは、その多くがアメリカやヨーロッパのガイドラインに基づき作成されます。しかし細菌性髄膜炎の場合は、市中感染(医療機関以外の一般環境で起こる感染)する菌の種類は国ごとに異なるため、日本の菌の種類・分布(感染プロファイル)を調査し、その結果に基づいて診療ガイドラインを作成する必要があります。
実際に診療ガイドラインを作成する際には、原則として、細菌性髄膜炎を専門とする大規模病院の数か所で調査を行います。調査には、菌の培養のほかに、菌が持つ核酸を高い感度で調べることができるPCR法(polymerase chain reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)を用います。
さらに、同じ菌であっても、耐性菌(抗菌薬に対する抵抗性が著しく高く効果を示さない菌)や多剤耐性菌(複数の抗菌薬に対して抵抗性を獲得した耐性菌)がある場合には、使うべき抗菌薬も変わります。そのため、最新の調査結果を診療ガイドラインに反映するためには、5年ほどのペースで診療ガイドラインを更新する必要があります。
通常のガイドラインは非常に情報が多く文章で説明されているものですが、早期に対処するためには、救急現場ですぐに参照できるより簡潔なガイドラインが必要であると考え、私たちは診療ガイドラインの内容をすべてフローチャートに再構成し、実用性を高めました。
菌の種類、菌の耐性率を反映して治療設定を行った「2014年版の細菌性髄膜炎 診療ガイドライン」は、日本神経学会、日本神経感染症学会、日本神経治療学会の3学会で公表されています。
※2014年版の細菌性髄膜炎 診療ガイドラインはこちら
細菌性髄膜炎は予防が難しい疾患ですが、細菌性髄膜炎の原因になりやすい菌に対するワクチン接種は、有用であるといえます。たとえば成人の細菌性髄膜炎でもっとも多くの原因となる肺炎球菌の場合、1)高齢者、2)免疫が落ちている、という条件にあてはまる方に関してはワクチン接種が推奨されています。
ある菌に対するワクチンの効果というのは、人口全体における接種率が高いほど感染しない集団母体ができる、つまり感染リスクが低下するという仕組みで成立します。そのため基本的にはある程度の接種率がなければ、ワクチンの効果が期待できません。
2009年頃まで、日本では細菌性髄膜炎にかかわる菌に対するワクチン接種の導入が大幅に遅れていました。しかしほかの先進国で実際にワクチンが導入され、髄膜炎の発症頻度が激減した実績もあり、2013年4月よりワクチン接種が公費負担で導入されるようになり接種率が向上しました。
もちろんワクチンも一種の薬剤ですから、頻度は少なくとも副作用のリスクはあります。しかし、細菌性髄膜炎は1〜2日という短い期間に急激に症状が悪化し、適切な治療が行われなければ死に至る、もしくは後遺症が残る疾患です。ワクチン接種によって細菌性髄膜炎のリスクを大幅に抑えられるのだとしたら、打たない手はないでしょう。
昔は、細菌性髄膜炎の治療で副腎皮質ステロイドを投与することは禁忌でした。なぜならステロイドは免疫を抑える効果があるため、菌の増殖につながるからです。しかし現在では原則的に、抗菌薬を投与する直前に副腎皮質ステロイドを投与するように変化しました。
抗菌薬によって菌が急激に壊れると、菌の壁の一部に免疫が反応し、脳の炎症を強めるサイトカイン(細胞から放出されるタンパク質性因子)という物質の放出が活性化します。脳の炎症が強くなると、脳が腫れることで脳の損傷・障害が大きくなってしまいます。このような抗菌薬に対する免疫反応を抑えるために、原則的には、抗菌薬を使う30分ほど前に副腎皮質ステロイドを投与する方法が主流になっています。
1)脳外科の手術後に起こる二次的な細菌性髄膜炎、2)新生児に起こる細菌性髄膜炎の場合、副腎皮質ステロイド投与は実施しません。なぜなら、二次的な細菌性髄膜炎の原因は圧倒的にブドウ球菌が多いのですが、この場合には副腎皮質ステロイド投与の効果が実証されていないからです。一方、新生児の場合にはこれまでの検討で明らかな有用性が報告されておらず、副腎皮質ステロイド投与を行いません。
細菌性髄膜炎は、一刻も早く適切な治療を行うことが圧倒的に重要です。たとえばお子さんが細菌性髄膜炎であると疑う状況(熱を出して頭痛を訴えている、いつもよりぐずっているなど)の場合には、すぐに病院を受診しましょう。「風邪だろう」と判断して、夜間救急に行くのをためらって翌日の朝まで待つことはおすすめできません。もし細菌性髄膜炎だった場合、朝まで待つ間に症状は急激に悪化し、脳の障害が大きくなることが考えられます。
また、新生児や幼児、高齢者の場合には、細菌性髄膜炎の主要症状(頭痛、発熱、吐き気)が同時に起こらないケースも多々あります。どれか1つでも症状があるときや、少しでも細菌性髄膜炎を疑う場合には、すぐに病院を受診してください。
上尾中央総合病院 脳神経内科 診療顧問、神経感染症センター センター長
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