人口減少や高齢化、医療費抑制施策のなかで、病院経営は徐々に厳しいものに変化しています。しかし、9つの病院を中心とした60以上の事業所を運営する(2017年時点)伯鳳会グループ理事長の古城資久(こじょう もとひさ)先生は「病院経営を難しいと思ったことは一度もない」といいます。古城先生が経営に携わるまでの経緯と実際の経営、そしてこれからの医療経営についてお話を伺いました。
私は1984年に医学部を卒業後、外科医としていくつかの病院で働き、37歳のときに兵庫県赤穂(あこう)市にある父の病院(当時:一般病棟256床・介護老人保健施設70床・訪問看護ステーション)へ戻りました。私が40歳になった頃(2001年)、父が末期の肝臓がんであると判明します。当時、ステージ4の肝臓がんは1年生存率が50%ほどでしたが、結果的に父は1年10か月生きてくれました。それまで外科医として働いていた私は、経営の「け」の字もわからないまま、父が残した赤穂中央病院を継ぐことになったのです。
病院の経営状況をみてみると、2年連続赤字、自己資本比率7%(平均的な数値は30%ほどといわれます)、売り上げ53億円、借り入れ56億円、資金繰りもつかず自転車操業の状態でした。そして後継者の自分はまったく経営を知らない、ときました。
「これが最後ですから—」難しい顔でそんな言葉をいい残して帰っていく銀行員がいたことを覚えています。
まずは経営のノウハウを身につけたい。そう考えた私は、研修医の頃に出会った土井正行先生が中小起業家同友会(中小企業家を中心として全国にネットワークを持つ協議体)で行う講義を聞きにいきました。土井先生は、岡山旭東(きょくとう)病院の2代目として、経営を担っておられました。
講義後、土井先生に話しかけると、嬉しいことに私のことを覚えてくれていて、「君も、中小起業家同友会に入りなさい。」と教えられました。私は、わりに人の話は素直に聞くタイプで、その場で手続きを済ませ、すぐに中小企業家同友会に入会しました。
中小起業家同友会では、さまざまな経営者に教わりながら、経営のイロハを吸収していきました。あらゆる業種の経営者と話を交わすうち、病院という業種は、経営の観点においてかなり恵まれた環境だと知りました。その理由はいくつかあります。
このように病院は、ほかの業種に比べてあらゆるものに守られ、安定して経営できるため、非常に恵まれた環境であるといえます。
赤穂中央病院を承継してから、あまり時間はかからず経営は軌道に乗りました。
2005年頃、赤穂中央病院のほかに経営を広げようと考え、病院の買収を始めます。実際にこれまで買収した案件は、倒産した病院:2件、後継者難の病院:2件、経営不振の病院:2件、グループ内のバッド・カンパニー(不健全な事業)を切り離した案件:1件です。(2017年時点)そのうち、黒字経営だった病院は1件のみです。買収したすべての病院は、数か月のうちに単月黒字に軌道修正してきました。年間の赤字はこれまで1件も出したことがありません。
やるべきことをきちんとやれば、病院経営は赤字にはならない。これが私の持論です。もちろん病院の立地や競合の存在などの外部要因は、経営に影響を与えます。しかしながら、経営管理などの内部要因による経営不振については、やるべきことを行うことで黒字にできます。これまで、病院経営を難しいと思ったことは一度もありません。
(1)専門病院(甲状腺、眼科、耳鼻科などの専門性が高い)の場合には、立地はそこまで重要ではありません。実際、高い専門性を持つ病院は、他県や海外など遠い場所からも患者さんが安定的に訪れています。
(2)一般病院(総合病院)の場合は、患者さんの8割が半径3km以内の範囲からくるという実証があり、立地のよさが非常に重要となります。病院の半径3km以内に一定以上の人口が住んでおり、かつ強い競合病院がない。これらの条件が揃っている場合、患者さんはその病院に自然と集まります。
交通の便がよい(病院から駅が近い)メリットとして、交通機関を利用して遠い場所からも患者さんが訪れること、また、日々の通勤が便利であることから職員を集めやすく人材の確保に有益です。しかしながら、交通の便がよいと患者さんの流入・流出が大きいため、必然的に広範囲かつ大規模な競争に巻き込まれます。
一方、交通の便が悪い場合は逆で、患者さんの流入・流出が少ないため限られた範囲内で競争をすることになります。
これまでの経験から申し上げますと、経営不振に陥る病院の多くは、職員への情報開示がされず、トップダウンで経営が行われています。経営会議自体は、どの病院でも開催されますが、そこで何を共有し、行動につなげるかが重要です。たとえば、経営会議で改善案として「病床稼働率を5%向上させましょう」という結論を共有しても、職員はなぜ5%向上させなければならないのか、5%向上するとどうなるのかがわかりません。必要なのは、現状の財務の状況と、それを打開するための具体的な道筋を共有することです。たとえば、赤字のある病院なら、黒字にするために必要な収入、外来と病棟でいくらずつ増やせば補えるのか、病棟でこの収入を増やすために必要な日当点を出します。すると、あと何名ののべ患者さんが必要なのかが自ずとわかってきます。
経営の構造がみえれば、職員1人1人が自ら考え経営のために行動できるのです。職員を信頼し情報を開示し、職員自らが考え、行動を起こすことが、病院経営には必要不可欠といえるでしょう。
経営会議で職員に開示すべき情報とは、資金繰りを含めた財務諸表(企業の一定期間の経営成績や財務状態等を明らかにするための書類)です。なかでも、貸借対照表(BS:Balance Sheet)と損益計算書(PL:Profit & Loss statement)は重要です。実際に当グループでは、銀行へ提出するような細かく項目の入った財務諸表をグループ全体、各法人別に毎月発表します。各事業所は法人本部の手助けを受けながら、毎月の損益計算書を自ら作成し、経営会議で自ら説明します。
当グループでは、年初めから経営計画書を作成します。
経営計画書の最初の30ページには、私が経営の方針書を作成します。その後、各部署(あるいは各事業所・診療科単位・各委員会)に全篇を配布して項目を埋めたあと、その内容をもとに各部署の経営数値目標を立て、3月に経営計画発表会を行います。
各事業所では、
という4つの視点(バランスドスコアカードといいます)すべてが網羅された経営計画を立てます。また、達成成果尺度目標値、実施項目、達成期限、達成の責任者を設定し、具体的な行動を明示化します。これらを人事考課表とリンクさせ、達成度の向上を計っています。
当グループでは、1人あたりの粗利益・経営利益を比較し、低い事業所については数字をもとに課題と改善案を検討します。1人あたりの粗利益・経営利益を管理することで、事業所ごとの経営状態を容易に比較できます。もし、売上が高くても1人あたりの粗利益・経営利益が少なければ、経営として順調とはいえません。
さらにグループ内の同業態(たとえば急性期病院、回復期リハビリテーションごとなど)における1人あたりの粗利益・経営利益の実績が蓄積されれば、ベンチマーク(高低を比較するための基準値)に使用でき、基準よりも明らかに低い数値を出している病院について早急な対処が可能になります。
職員に安定して病院に勤めてもらうためには、その職場にとどまるメリットが必要です。そこで当グループでは、利益を職員へ正しくペイバックするシステムを採用しています。
当グループでは半期に1度、決算賞与が支給されます。賞与原資は、3分の2を粗利益から、残りの3分の1を経営利益からそれぞれ割合を定めてあてています。このシステムは、極端に変動することのない粗利益によって安定した賞与原資を確保しつつも、グループ全体の経営利益が上がるほどに賞与原資が増えるという利点を備えています。また、賞与原資を職員全体(人事考課別、職種別)に分配するため、少ない人数で達成することにインセンティブが生まれ、余分な人材採用や機材購入を管理・抑制し合えるというメリットもあります。
がんばって働いて利益を増やしても経営者の懐が潤うだけなら、職員は誰も利益を増やそうとは思わないでしょう。この決算賞与システムは、職員のモチベーションを向上させ、1人1人が経営者のような感覚を持って働く環境作りに貢献しています。
当グループでは、上記の決算賞与のほかに、経営利益率が10%を超えた場合、その2割を全職員に均等配分して支給する臨時賞与システムを採用しています。たとえば職員200の病院の経営利益額が経営利益率10%の額を2億円上回ったとしたら、2%の4,000万円を均等分配し1人20万円の臨時賞与が支給されます。
臨時賞与システムのポイントは、人事考課・職種を問わずに均等配分することです。病院というのは、さまざまな職種の方が働いており、資格の有無や世間相場によって給与や賞与の額に差が生まれますが、全員が必要かつ大切な職員であることに変わりはありません。臨時賞与システムにより、職員のがんばりに対して均等な還元が可能になりました。実際に臨時賞与が支給されるときには、みなが非常に喜んでくれています。
中間管理職の選び方は非常に重要です。当グループの中間管理職は、係長・課長・部長という3種類のみで、人配配置の基準を明確に定めています。
【中間管理職の人材配置の基準】
・係長:部署最適を最重視している
・課長:法人最適を最重視している
・部長:法人将来最適を最重視している
つまり、係長は部署をかえりみて仕事できているか、課長は法人のバランスをみて部署をコントロールできているか、部長は現状の法人だけではなくその将来を考慮して行動できるか、という点が基準になるのです。中間管理職というのは、野球でたとえればピッチャーマウンドに立つ人ですから、過去の成績ではなく現状のコンディションをみて登用します。そのため、中間管理職の人事配置は必要に応じてその都度変更しますし、最適な人材がいなければ空席にして、一時的に上の管理職が兼務する場合もあります。
私が医師になった1980年代中頃は、外来や検診で訪れた方々がそのまま入院や治療を行ない「患者さん」となるBtoC(Business to Consumer:企業から個人へサービスを提供する)の時代でした。それからしばらくして、病院は紹介・逆紹介で患者さんを獲得する機会が増え、外来に訪れる方と入院患者さんが乖離していきます。この変化によって、病院や近隣医療介護施設同士の連携を強固にする必要が生まれ、病院経営は徐々にBtoB(Business to Business:企業間取引)に転じました。この流れは最近まで続いています。
2011年頃から、病院経営はさらに変化します。患者さんは病気と判明した時点から、その病気を得意とする病院や医師、さまざまな治療法の可能性をインターネットで情報収集し、行動に移すようになりました。
患者さんは自身で集めた情報をもとに、最初に病気がみつかった病院で紹介状を書いてもらったり、治療法をアバウトにでも決めていたりするのです。(治療法の決定については、専門医の意見をもとに検討することを推奨します)つまり患者さん自身が、病院・医師・治療法などを含めて、どのように治療を受けるかを決定する時代になったといえるでしょう。再び、時代はBtoCへと変化しつつあるのです。
前項の通り、今は患者さんが病院を選び、また病院同士が紹介をし合う時代です。そのような流れのなかで、病院はそれぞれの個性を強めアピールしていく必要があるでしょう。たとえば当グループでは、2017年11月に大阪初の陽子線治療をスタートしました。がんの治療はこれまで、開腹手術から腹腔鏡へ、さらに内視鏡へと発展を遂げてきました。このような流れのなかで、がんの治療は今後ますます低侵襲(患者さんの肉体的な負担が少ない)化していくと考えられます。実際に、現状日本のがん治療では手術が第一選択ですが、欧米ではがん治療のうち5〜7割は放射線治療を第一選択としています。
これからの医療経営においては、時代のニーズを先読みし、かつグループや病院ごとの特性・個性を活かした戦略を実行していくことが重要であると考えています。
伯鳳会グループ 理事長
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。