タンジール病とは、生まれつきHDLコレステロール*の値が異常に低い病気です。この病気では、HDLコレステロールの濃度が低くなることによって、さまざまな症状が現れます。
なかでも注意しなくてはいけないものは、動脈硬化(動脈の壁が厚くなったり硬くなったりすることで、はたらきが悪くなる状態)によって引き起こされる心筋梗塞や脳梗塞です。なぜタンジール病が、これらの病気につながってしまうのでしょうか。
今回は、帝京大学医学部附属病院の塚本 和久先生に、タンジール病の原因や症状についてお話しいただきました。
HDLコレステロール:HDL(体の細胞で余剰となったコレステロールを肝臓に運ぶ粒子)の中に含まれるコレステロールのこと。HDLは脂質が蓄積して動脈硬化を起こした血管からもコレステロールを引き抜くことができます。そのため、HDLコレステロールを「善玉コレステロール」と説明することがあります。
HDLというリポタンパク粒子(脂質が集まった粒子)には、いろいろな臓器で使いきれずに余ったコレステロールを取り除いてくれる働きがあります。タンジール病では、生まれつきHDLをつくる機構(しくみ)がうまく働かないために、HDLコレステロールの値が異常に低くなります。
さらに、この病気ではHDLの機能がうまく働かないために、細胞や組織に余ったコレステロールを取り除くことができずコレステロールがたまり、さまざまな症状が現れます。たとえば、扁桃腺にコレステロールがたまると、オレンジ扁桃と呼ばれる黄色あるいはオレンジ色に腫れて大きくなった扁桃腺が現れます。また、肝臓や脾臓にコレステロールがたまると、これらの臓器が腫れて大きくなります。
さらに、動脈の壁の細胞にコレステロールがたまると動脈硬化が進行し、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こす可能性があります。
2018年5月現在、タンジール病は、世界でも100例程度の症例報告しかない、非常にまれな病気です。発症が多く認められる地域や人種はみつかっておらず、あらゆる地域や人種で起こる可能性があります。それは日本も例外ではなく、日本人の症例報告もあります。
タンジール病はあらゆる年齢で発見される可能性があります。幼少期で診断されることもありますし、中高年で診断されることもあります。また、発症のしやすさに男女差は認められておらず、男女どちらでも発症します。
体のはたらきを維持するために、人は体内でコレステロールをつくることができます。しかし、つくることはできても、コレステロールを分解する機構は持っていません。そのため、末梢細胞(肝臓以外の組織の細胞)に余分なコレステロールがたまったときには、何らかの方法で細胞からコレステロールを取り除く必要があります。
また、動脈の壁のなかには、マクロファージというコレステロールを取り込むはたらきをもつ細胞が存在しています。コレステロールがたまったマクロファージは泡沫細胞と呼ばれます。泡沫細胞からは動脈硬化を進行させるいろいろな物質(サイトカイン)が分泌されますし、泡沫細胞自体がその後死んでしまうことでコレステロールの塊が残り、動脈硬化が進行します。
そして、末梢細胞や泡沫細胞からコレステロールを引き抜くはたらきを担っているものが、HDLと呼ばれるリポタンパク粒子です。HDLは泡沫細胞からコレステロールを引き抜くことで動脈硬化を抑える機能を発揮します。
細胞にたまった余分なコレステロールは、HDLにより細胞から引き抜かれて肝臓へと運ばれます。肝臓から、コレステロールそのもの、あるいは胆汁酸に変換されたものが体外に排泄されます。
しかし、タンジール病のようにHDLがうまく働かない状態であると、末梢細胞や動脈壁にたまった余分なコレステロールが再回収されず、残ってしまいます。その結果、臓器のさまざまな所見・症状があらわれ、また動脈硬化を生じる可能性が高くなってしまいます。
タンジール病は、ABCA1と呼ばれるたんぱく質の遺伝子の異常が原因で起こります。ABCA1は、HDL粒子をつくる物質のひとつです。そのため、遺伝子異常によってABCA1の機能が失われると、HDLがつくられなくなり、HDLコレステロールが低くなります。
一概にABCA1の遺伝子異常といっても、その変異の部位や種類により、ある程度機能が残っているものから、まったく機能がなくなっているものまで、さまざまです。そのため、タンジール病の重症度は、原因であるABCA1の機能がどれくらい残っているかによって異なると考えられています。
たとえば、ABCA1の機能が比較的多く残っていれば軽症ですむこともありますし、ABCA1の機能がほぼ残っていなければ重症化することが多いといわれています。
タンジール病は、常染色体(生物の遺伝情報を伝える遺伝子を含む物質)劣性遺伝と呼ばれる遺伝形式で伝わります。遺伝子は、父親と母親から受け継いだ2本のDNAから成り立ちます。常染色体劣性遺伝では、2本のDNAの両方に変異がある場合に病気を発症します。
2本のDNAのうち1本のみに異常がある場合は、病気の原因となる遺伝子変異を持っていますが、病気を発症することはありません。このような方を保因者と呼びます。たとえば、両親がともに保因者である場合には、その子どもは4分の1の確率で病気を受け継ぐと考えられています。
タンジール病では、以下のようなさまざまな症状が現れます。しかし、患者さんによって現れる症状や程度は異なります。
オレンジ扁桃はタンジール病の患者さんに現れる症状のひとつです。オレンジ扁桃とは、喉にある扁桃腺が鮮やかなオレンジ色あるいは黄色になり、大きく腫れる症状を指します。さらに、扁桃の炎症を繰り返すこともあります。
タンジール病の約3分の1の方には、肝臓が腫れて大きくなる肝臓腫大がみられるといわれています。ただし、肝臓の機能に障害が起こることはほぼありません。
また、脾臓が腫れて大きくなる方もいます。脾臓の腫大に伴い、血小板が少なくなったり貧血が現れたりすることもあります。
目の角膜にコレステロールが蓄積して混濁することがあります。角膜が混濁すると目がくもった感じになり、視力低下などの症状が現れます。
リンパ節、胸膜、腸管粘膜、皮膚、角膜などにコレステロールが蓄積することがあります。
末梢神経障害による知覚障害や運動障害などが現れる場合もあります。たとえば、知覚障害が起こると、痛みや温度を感じにくくなっていきます。これらの症状は一過性のこともあれば、持続性に現れることもあるといわれています。
もっとも生命に関わる合併症は、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などです。タンジール病の患者さんの動脈硬化の程度はさまざまですが、動脈硬化が進行してくると、これらの病気を起こすリスクが高くなります。
記事2『タンジール病の診断と治療-心筋梗塞や脳梗塞を予防するために』では、タンジール病の診断と治療についてお話しいただきました。
帝京大学 医学部内科学講座 主任教授、帝京大学医学部附属病院 内科 科長、日本内分泌学会 評議員
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