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進行乳がん治療について――切除不能・転移・再発乳がんの無病状態を目指す

進行乳がん治療について――切除不能・転移・再発乳がんの無病状態を目指す
岸本 昌浩 先生

関西医科大学 乳腺外科学講座 診療教授、関西医科大学総合医療センター 乳腺外科部長、関西医科大...

岸本 昌浩 先生

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転移や再発した乳がんは治すことが難しいとされ、症状の緩和や生存期間の延長(延命)を中心とした治療が推奨されてきました。関西医科大学乳腺外科学講座 診療教授、同総合医療センター 乳腺外科部長兼ブレストセンターセンター長の岸本 昌浩(きしもと まさひろ)先生は、転移・再発乳がんであっても無病状態(自覚的・他覚的症状がなくなり画像検査などでも病巣を検出できない状態)を目指す治療を積極的に行っています。今回は、岸本先生が行っている進行乳がんの治療法についてお話を伺いました。

治療前にほかの臓器に乳がんの遠隔転移が認められる場合を、ステージ4(IV期)といいます。遠隔転移とは、がん細胞が最初に発生した場所(原発巣(げんぱつそう))から、血流やリンパ流に乗って別の臓器へと移動して生着し増えることです。ただしリンパ節に関しては、手術で根治切除し得る腋窩(えきか)リンパ節転移は局所病変として捉え、頸部リンパ節や縦隔リンパ節などへの転移を遠隔転移と考えます。

私が専門とするのは、遠隔転移したステージ4の乳がんや、再発乳がん、初診時に根治切除できない局所で進行した乳がんの治療です。現在、こうしたケースの長期無病状態は一般に難しいといわれていますが、私が実践している治療について説明します。

ん細胞は常に変化します。多くのがんは非可逆的(元の状態に戻すことができない)に進行していくものではなく、置かれた環境や治療によって“治療の感受性の高いおとなしいがん細胞”が難治性のがん細胞になったり(上皮間葉転換)、難治性のがん細胞が治療の感受性の高いがん細胞に戻ったり(間葉上皮転換)するものです。そこで私は、複数の薬剤を組み合わせた治療によって、まず難治性のがん細胞をできるだけ治療感受性の高いがん細胞へと戻すことを目指します。その後、一気にがんをたたくという治療法です。

同じ薬剤を繰り返し使っているうちに、がんは不可逆的にその薬剤に対する耐性を獲得してしまいます。薬剤を順次投与していくと、やがて効果の期待できる薬剤がなくなってしまいます。そうなる前、すなわち薬剤感受性が高いうちにできるだけがん細胞を死滅させてしまうことが大切です。

写真:PIXTA
写真:PIXTA

難治性の乳がんの中でも、遠隔転移が認められるステージ4の乳がんにおいて、当院では次のような治療を行っています。

ステージ4の乳がんの治療には、薬物治療や放射線治療だけではなく、外科的治療も取り入れます。ただし、外科的治療もほかの治療と同じく、行うべき適切なタイミングがあります。

ステージ4の乳がんの場合、私はまずほかの臓器に転移したがんを治療します。そして、遠隔転移が全て消えた状態あるいはそれに近い段階で、原発巣に残っているがんを外科的に根治切除します。

これまでに世界中でステージ4に対する原発巣切除の臨床試験がいくつか行われていますが、それらは全て転移巣が遺残した状態での原発巣切除の効果を検討していました。これだとほとんどの臨床試験で、生存率の改善はみられませんでした。

ところが、転移乳がん患者の原発巣と転移巣の全エクソン(タンパク質の設計図にあたる領域)を調べると、無治療の転移巣は薬剤感受性が高く、初期治療により完全寛解が期待できることが分かっています1)

そこでまず私は、積極的治療により遠隔転移巣の完全寛解を目指します。

遠隔転移が全て消えた段階で原発巣を根治切除したらどうなるのかという臨床試験はまだありません。しかし、遠隔転移の多くが、たまたま到達した臓器に転移するのではなく、まず原発巣からさまざまな遺伝物質を含む、エクソソームというアドバルーンのような物質を標的臓器に飛ばし、転移しやすい土壌(前転移ニッチ)を醸成してから、原発巣からがん細胞を供給し、転移巣を形成することが分かっています2)3)。つまり、全身の遠隔転移が全て消失しても、原発巣が残っている限り、またエクソソームが標的臓器に飛んで、前転移ニッチを形成し、原発巣からがん細胞を供給して、再度転移巣を形成することが予想されます。

したがって私は、遠隔転移巣が全て消えた段階で、原発巣を根治切除することにより、ステージ4の乳がんの根治を目指しています。実際にそのタイミングでの原発巣切除により、遠隔転移巣を含めて再燃せずに長期無病状態を維持する症例を何例も経験しています。

乳がんの遠隔転移が起こりやすい場所としては肝臓や肺が挙げられます。「遠隔臓器のどこかに転移をすれば、もうすでに全身にがん細胞が飛んでいるから治らない」との意見を耳にすることがあります。しかしながら、肺・肝・骨・脳・遠隔リンパ節転移などへの転移機序は全て異なります 2)3)。したがってたとえば、肺転移したからやがてほかの臓器にも転移するということは必ずしも起こり得ません。複数の臓器に転移するがんは、それぞれの臓器へ転移する能力を同時に獲得していると考えなければなりません。それゆえ、私はそれぞれの臓器に転移した転移巣は転移した臓器に合わせて、治療方針を検討しています。そのためには必ずしも1つの治療法のみで完全寛解(薬物療法のみや放射線療法のみで、がんが全て消失したと判断できる状態)を目指す必要はなく、さまざまな方法を組み合わせて集学的に転移巣の消失(無病状態)を目指しています。

肝臓に転移した乳がんの治療

肝臓に転移した乳がんは、ある程度大きくなっていると難治化していることが多く、薬物療法のみで転移巣が全て消失しない場合があります。その際にはマイクロ波焼灼術を組み合わせて、完全寛解を目指します。マイクロ波焼灼術とは、がんに治療用の針(アンテナ)を直接刺し、マイクロ波によってがんを焼く治療法です。大きな範囲を焼き切る効果が期待できます。またある程度複数の転移巣を同時に治療することが可能です。マイクロ波焼灼術が行えない大きさや場所に転移巣がある場合には、肝切除術を行うことがあります。

肺に転移した乳がんの治療

肺に転移した乳がんは、薬物療法を行うか、少数が遺残した場合には外科的療法で転移巣を切除します。

一方、肺に放射線治療を行うことは、放射線肺炎を引き起こすリスクがあり呼吸機能の低下の原因となる恐れがあります。より長く、元気に生活していただくことが治療の目的ですから、先述のように抗がん薬や外科的療法を適切な組み合わせ、タイミングで取り入れることで根本的な治療を目指します。

広範囲に皮膚転移したがんの治療

皮膚に転移した乳がんは、皮内リンパ管内を広範囲に広がっていると考えます。よって、まずは薬物療法により、できるだけ皮膚転移の広がりを縮小させ、切除可能と判断した段階で根治切除を目指します。肉眼的に切除断端(切り口)にがんが残っているかを判断することは不可能なので、病理診断科に依頼し術中迅速病理診断で切除断端を確認します。切除範囲が広範囲におよぶ場合には、形成外科に閉創を依頼しています。

写真:PIXTA
写真:PIXTA

切除不能乳がん、転移乳がん、再発乳がんはこれまで根本的な治療が難しいものとされてきました。しかし当院では、保険診療の範囲内で長期無病状態を目指した治療を行っています。できるだけ早めにご相談にいらしていただきたいと思いますが、すでに薬剤をいろいろと使って治療を行ってきたという方は、まずはセカンドオピニオン外来*でご相談ください。昔と比べて、近年では進行乳がんであっても無病状態への到達を期待できるようになってきています。そして、長期無病状態の先に完治(根治)があります。諦めることなく、まずは無病状態を目指していきましょう。

*セカンドオピニオンは健康保険が適用されない自由診療です。当院のセカンドオピニオン外来の費用は1時間(報告書作成含む)33,000円(税込)となります。

参考文献

  1. Hu Z, et al. Nat Genet. 2020; 701-708.
  2. Hoshino A, et al. Nature. 2015; 527: 329-335.
  3. X Yuan, et al. Theranostics. 2021; 11: 1429-1445.
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  • 関西医科大学 乳腺外科学講座 診療教授、関西医科大学総合医療センター 乳腺外科部長、関西医科大学総合医療センター ブレストセンター センター長

    岸本 昌浩 先生

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