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乳がんステージ4の治療の考え方――生物学的根拠に基づき一人ひとりに適した戦略を立てる

乳がんステージ4の治療の考え方――生物学的根拠に基づき一人ひとりに適した戦略を立てる
岸本 昌浩 先生

関西医科大学 乳腺外科学講座 診療教授、関西医科大学総合医療センター 乳腺外科部長、関西医科大...

岸本 昌浩 先生

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ステージ4(Ⅳ期)の乳がんは根本的な治療が難しく、5年生存率は約40%といわれています。しかし、関西医科大学乳腺外科学講座 診療教授、同総合医療センター 乳腺外科部長兼ブレストセンターセンター長 岸本 昌浩(きしもと まさひろ)先生は、患者さん一人ひとりに合わせた治療戦略を立てることで、ステージ4の乳がんであっても無病状態(症状がなくなり画像検査でも転移巣が確認できなくなる状態)を目指しているといいます。今回は、岸本先生が行っている乳がんの治療に対する考え方についてお話を伺いました。

ステージ4の乳がんの5年生存率は約40%*というデータがありますが、私がこれまで行ってきた治療では5年生存率67%、長期無病状態維持率55%(観察期間中央値3.5年)という成績が得られています1)

私自身、入手し得る文献を独自に調査しましたが、“ステージ4の乳がんは治らない”といわれる生物学的根拠を見つけることができませんでした。ステージ4の乳がんが治らないとされる根拠は、恐らく転移・再発乳がんの治療指針とされる“Hortobagyiのアルゴリズム”にあるのではないでしょうか。これは1998年に発表されたHortobagyi教授の研究論文2)に基づいたもので、論文には“ステージ4の乳がんはほとんど治らないため症状緩和と延命が治療の主な目標である”と書かれています。一方で、ステージ4の乳がんでも完全寛解する患者さんがいるからこそ“今後は初期治療を改善し、無病状態到達率の改善を目指すべきだ”という前向きな考えも読み取れると考えています 。こちらが、Hortobagyi先生方の本旨ではないでしょうか。また論文に使用されたデータは数十年も前の症例です。当時でも16%が無病状態に到達したと報告しています3)。現在は治療法がさらに増えた分、さらに完全寛解率の向上を目指していくべきだと考えます。

*国立研究開発法人国立がん研究センターの調査4)による2015年5年生存率は39.2%。

乳がんとは、その90%は乳腺にある乳管の上皮細胞(体の表面や臓器の粘膜を覆う細胞)ががん化したものです。ステージ0の乳がん(非浸潤性乳管がん)は、やがて浸潤がんとなり周りの組織へ広がる能力や、原発巣から離れて移動する能力を獲得する可能性をもっています。しかし、乳管から離れた場所に移動しても、乳管の上皮細胞以外に接着することは本来できません。そのため、肺や肝臓など別の臓器にがんの転移が成立するには、がんが転移しやすくなる環境(前転移ニッチ)が必要です。

前転移ニッチに関与していると考えられるのが、がん細胞から分泌されるエクソソーム*という物質の表面に発現する細胞接着因子(インテグリン)です。エクソソームが各臓器の標的細胞に接着することによって、がんが標的臓器に転移しやすくなる土壌が作られます。また、インテグリンの発現パターン(組み合わせ)によって、がん細胞がどの臓器にくっつくことができるかが決まります。

*エクソソーム:タンパク質、mRNA、DNAなどの遺伝物質を内包する細胞外小胞の一種。

イラスト1

がんが転移する段階では、がんの悪性化などの原因になる上皮間葉転換(EMT:Epithelial Mesenchymal Transition)という現象も起こることが知られています。

乳がんのできる上皮細胞は本来、細胞間の接着が強く、移動しにくい特徴を持っています。しかし、上皮細胞は、低酸素や低栄養などによって悪性化すると接着力が失われて、移動しやすい特徴を備えた間葉系細胞に変化します。この変化をEMTといい、EMTが起こるとがんの転移につながります。

イラスト2

ただし、肺転移ではパーシャルEMT(部分的な上皮間葉転換)の状態で転移が生じる例も確認されています。完全にEMTを起こす前段階の細胞は、まだ悪性化する手前です。このような早期の肺転移の段階であれば抗がん薬は奏功しやすく、根本的な治療を目指すことができます。一方、肝転移では、完全なEMTが起こって悪性化することが多いため、マイクロ波によって遺残した転移巣を焼くマイクロ波焼灼術を組み合わせて治療を行っています。

全身の遠隔転移が消えた状態で原発巣をそのままにしておくと、再びエクソソームが分泌される可能性が残ります。原発巣を切除する刺激はサイトカインという炎症物質を発生させ、その刺激ががんの転移を促進する恐れがあります。全身の遠隔転移がある状態で原発巣を切除しても生存率が伸びないのはそのためだと考えられています。全身の転移が消えた段階で原発巣を切除すれば、サイトカインの影響する転移先もなく、根治の可能性が出てくると考えます。

このように、臓器に合わせた治療法で遠隔転移したがんがなくなってから、原発巣のがんを切除すれば、完全寛解を目指すことができると考えています。

イラスト3

ステージ4の乳がんは、根本的な治療が望めないといわれることの多いがんです。しかし、多くの患者さんは、ステージが進行していたとしても「治りたい」という思いを抱いているでしょう。そのような思いや希望を抱く患者さんに対して、マニュアル通りの治療だけを行うことが真のEBM(evidence based medicine:根拠に基づく医療)ではありません。患者さんの希望を考慮したうえで、医師の持てる限りの知識や技術を駆使し、治療法を決定することが本来のEBMの実践であるはずです5)6)。患者さんが望まない治療であると分かっているのであれば、可能ならその治療法は選択すべきではないと考えます。それ以外に改善できる見込みがあれば、その治療法を提案したうえで患者さん自身に選択してもらうことが真のEBMであると考えて実践しています。

患者さん一人ひとり、置かれた状況は異なります。年齢も違えば、がんの転移形態、腫瘍(しゅよう)の数や大きさ、副作用や合併症の現れ方も違います。たとえ臨床試験で延命が証明された治療法であっても、長期無病状態の到達を願う患者さんにとってふさわしい治療かどうかは分かりません。一人ひとりに適した戦略を見つけなければならないと考えます。

私は、国立がんセンター研究所 生物学部でがんの研究に携わっていました。がん細胞の特徴的な遺伝子の変化などを把握し理解を深めてきた経験を生かして、患者さん一人ひとりにふさわしい生物学的根拠に基づいた治療を提供したいと考えています。

生物学的根拠に基づいた治療とはたとえば、まず薬が作用しやすい状態にした後で、一気にがんをたたくという方法です。

がんは、酸素や栄養が足りなければ一定の大きさから成長することができないため、周囲の血管から新たな血管を引っ張ってきます(血管新生)。

イラスト4

この異常な血管が作られると、一時的に腫瘍の血流は豊富になりますが、血管壁が脆いため、血清成分が腫瘍内に漏れ出し、腫瘍が増大するにしたがって腫瘍内圧が高くなっていきます。それによって血管が圧迫され血流が途絶えてしまいます。するとがん組織に薬をうまく浸透させることが困難になります。治療を進めるためには、異常な血管を取り除き、薬が浸透する状態を作らなければならないのです。また、腫瘍内圧が低下し、酸素と栄養ががんに適切に行き渡るようになれば、悪性化したがんはおとなしいがんに戻るため、薬の効果がより期待できるようになります。したがって、低血流が認められたらまず血流を戻すところから始めなければなりません。これが生物学的根拠に基づいた治療です。

ステージ4の乳がんは、延命治療や症状の緩和によるQOL(生活の質)の維持・改善が推奨されています。しかし、本当の意味でQOLを追求するのであれば、痛みを緩和するだけではなく、がんが体から消えた状態で日常生活を何年も続けられることがさらなるQOLの改善に資すると考えます。今後も、患者さんの希望を汲んだ治療を提案し、本当の意味で患者さんのQOLを向上させることを目指していきたいと考えています。

近年では医療の進歩によって、より多くの患者さんにおいて完全寛解を期待できるようになってきました。患者さんには治療を諦めることなく、まずはセカンドオピニオン外来*にいらしていただけたらと思います。

*セカンドオピニオンは健康保険が適用されない自由診療です。当院のセカンドオピニオン外来の費用は1時間(報告書作成含む)33,000円(税込)となります。

参考文献

  1. 2022年 第20回日本乳癌学会近畿地方会 特別企画 「切除不能・転移・再発乳癌に対するcureを目指した外科医の挑戦」岸本昌浩(明和病院で2014-2020年に治療した全Stage Ⅳ患者を対象とした研究)
  2. Gabriel N. Hortobagyi. Treatment of Breast Cancer. N Engl J Med. 1998; 339: 974-984.
  3. Greenberg PAC, et al. Long-Term Follow-Up of Patients With Complete Remission Following Combination Chemotherapy for Metastatic Breast Cancer. J Clin Oncol. 1996; 2197-2205.
  4. 国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」
  5. R Bian Haynes, et al. Physicians’ and patients’ choices in evidence based practice. BMJ. 2002; 324: 1350.
  6. David L Sackett, et al. Evidence based medicine: what it is and what it isn’t. BMJ. 1996; 312: 71-72.
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  • 関西医科大学 乳腺外科学講座 診療教授、関西医科大学総合医療センター 乳腺外科部長、関西医科大学総合医療センター ブレストセンター センター長

    岸本 昌浩 先生

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