私たちが日常生活を送るうえで目の健康はとても大切ですが、糖尿病黄斑浮腫は知らず知らずのうちに視力の低下を引き起こす恐れがある病気です。視力を維持・改善するためには早期発見による治療が大切になります。糖尿病黄斑浮腫を早期発見して悪化を防ぐためには、どのような点に注意が必要であり、治療にはどのような方法があるのでしょうか。今回は昭和大学江東豊洲病院 眼科 准教授・診療課長補佐 小菅 正太郎先生に、糖尿病黄斑浮腫の特徴や治療のポイント、先生が日頃の診療において心がけていることについて伺いました。
糖尿病黄斑浮腫は、血糖値の高い状態が長く続くことにより網膜の黄斑部という物を見るのにもっとも重要な部分に水がたまり、むくみが起こる病気です。糖尿病の三大合併症の1つである糖尿病網膜症に伴って起こる病気ですが、糖尿病網膜症が軽症の患者さんであっても起こり得ます。特に、血糖値が高い方や、糖尿病の全身状態が悪い方、腎機能が低下している方に起こりやすい傾向があります。発症すると、視力が低下する、物がゆがんで見えたり小さく見えたりするなどの症状が現れます。
糖尿病黄斑浮腫は進行してもまったく見えなくなるということはありませんが、徐々に視力が低下していく可能性があります。その結果、たとえば自動車の運転免許に必要な視力を保てないといったことが原因で、仕事に影響が出る方もいます。一度下がった視力を元に戻すことは難しいため、悪化する前に適切な治療を受けることが重要です。
加齢による視力低下と勘違いしたり、片方の目が悪くなっても気付かなかったりすることもあります。見え方に違和感がある場合には眼科を受診し検査することをおすすめします。
糖尿病黄斑浮腫の治療法には薬物注射、レーザー光凝固術、硝子体手術があります。それぞれの治療法に期待できる効果と、リスクや副作用について以下に解説します。
治療の第一選択は、糖尿病黄斑浮腫の悪化に関わるVEGF(血管内皮増殖因子)と呼ばれる物質のはたらきを抑える“抗VEGF薬”の硝子体注射です1)。黄斑浮腫を改善させる効果が期待できます。リスクは少ないですが、ごくまれに感染症が報告されることがあります。また高価な薬であるため、治療を選択する際には治療効果と患者さんの経済的負担を考慮して検討するようにしています。
患者さんの中には、目に注射することを不安に感じられる方もいらっしゃるかと思いますが、目に注射する際チクッとはするものの、痛みはさほど強くありません。注射後は抗生物質の点眼薬を投与するのみで、数日後には日常生活に戻ることができます。
注射薬のもう1つの選択肢は、目のふちのテノン嚢下に薬を注入する“ステロイドテノン嚢下注射”です。抗VEGF薬と比較して費用は抑えられますが、眼圧が上昇するなどの副作用に注意が必要です。
1)日本糖尿病眼学会診療ガイドライン委員会: 糖尿病網膜症診療ガイドライン(第 1 版), 日眼会誌124: 955-981, 2020
血管内の血液成分が漏れている部分にレーザーを照射するレーザー光凝固術は、抗VEGF薬がなかった時代には第一選択でしたが、現在は抗VEGF薬による治療からスタートするのが基本です。検査を行って無血管野(血管の存在しない部分)が広くみられた場合には、抗VEGF薬にレーザー光凝固術を併用して治療する場合もあります。黄斑の中心部以外に照射する方法であり、レーザーの照射によって正常な組織にもダメージが及ぶことがあります。
硝子体手術は、硝子体内の出血やむくみの原因となっている物質を除去する手術です。糖尿病黄斑浮腫に伴う硝子体出血や網膜剥離などを発症した場合に行うことがあります。
抗VEGF薬には複数の種類がありますが、私はより強い効果が期待できる薬を選択して早期に投与するようにしています。糖尿病黄斑浮腫の治療では、光を感じる“視細胞”にダメージが及ぶ前に、いかに早くむくみを引かせるかが重要だからです。そして、むくみが早く引けば、長い目で見たときに投与回数を少なく抑えることにつながると考えています。
抗VEGF薬は、1年間に複数回を数年にわたり継続して投与するケースが多く、医療費の窓口負担割合が3割負担の方では、1回の治療費が片目で数万円と高額になることが難点といえるでしょう。そのため、価格と効果を考慮し、患者さんと相談したうえで治療法を選択しています。
患者さんの血糖管理の状況や腎機能の状態にもよるため、何回投与が必要かは治療を継続しながら検討していくことになります。たとえば、視力が著しく低下している、黄斑浮腫の厚みが非常に増加しているといった場合には、1回の投与だけで改善させることは難しいと考えられます。
初期の状態であれば、注射を継続することで元の視力まで回復することがありますが、一度下がった視力を元に戻すのは実際には難しいことです。治療せずに放置しているとさらに悪化する恐れがあるため、機会を逃さずに治療を始めることが大切です。
患者さんの中には、忙しさゆえに通院できず治療を中断してしまう方もいらっしゃると思います。治療に前向きになれない、治療を諦めているなど、治療の継続が難しくなる患者さんの背景はさまざまです。早朝や夜間の勤務が頻繫にあり、生活が不規則で血糖管理が難しいという職業の方もいらっしゃるでしょう。
しかしながら、糖尿病や糖尿病黄斑浮腫は完治する病気ではないため、それ以上悪化させないように適切な治療を継続することが必要です。そのため当院では、視力の改善を実感してもらいやすい治療を提供できるよう体制を整えています。患者さんに定期的な通院を続けてもらえるように、土日の診療にも対応しています。さらに、ほかの医師との情報共有や治療方針の相談、勉強会への参加など、診療科内で緊密な連携を図ることにも努めています。
また、糖尿病黄斑浮腫の治療には糖尿病そのものの改善が欠かせないため、眼科と内科の連携はとても重要です。当院では、検査結果や治療のポイントを記録する“糖尿病連携手帳”を活用したり文書で伝えたりして細やかな情報共有を行い、診療連携に取り組んでいます。しかし、糖尿病を発症しても眼科を受診せず、悪化してしまう患者さんが少なくないという課題があります。早期発見のためには、内科だけではなく眼科でも定期的な検査を受けることが大切です。私たち眼科の医師が、検査や健康診断の重要性を幅広く伝えることはもちろん、医療従事者に向けた啓蒙活動を行っていくことも必要ではないかと考えています。
人間の感覚器の中で目からの情報が約85%と、もっとも多いといわれています。私は若い頃に、「目が見えていれば長い人生における生活の楽しみは格段に増える」と感じて、患者さんの目の健康維持に貢献できる眼科医を志しました。
眼科は、その場で治療がうまくいったことを実感しやすい科だと思います。視力の悪化していた方が治療の翌日に視界の明るさを取り戻し、喜んでくださったときには、大きなやりがいを感じます。また、病気やけがで視力に問題を抱えていたお子さんたちが、成長して大きくなっても視力を維持しているというときにも、とてもうれしく思います。
近年では医療の進歩により、適切な治療を行うことで視力の改善を期待できる時代になりました。改善を実感できれば患者さんの治療継続へのモチベーションも高くなるでしょう。眼科医として、1人でも多くの患者さんの視力を維持できるよう、それぞれの患者さんの状況に合わせた治療の提供に努めていきます。また、地域の先生方との連携を大切にしながら、大学病院の使命である難しい症例の治療や、若手医師たちの指導や研究に励むことで、より多くの患者さんを助けていきたいと思っています。
糖尿病黄斑浮腫は、悪化してからでは治療しても視力が元に戻らなくなってしまうことがあるため、目のかすみや見えづらさなどの症状がある場合には、早期に眼科を受診することが重要です。1〜2回の治療であまり変化がないからと通院をやめるのではなく、長い目で見て定期的に通院してください。また、ご家族も患者さんの症状に関心をもって声がけしたり、定期的に眼科を受診しているかを気にかけたりすることが大切だと思います。
糖尿病黄斑浮腫は適切な治療をすれば基本的に失明することはありません。治療のチャンスをみすみす逃すことのないよう、きちんと受診していただきたいと願っています。
小菅 正太郎 先生の所属医療機関
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