「ひきこもり」という言葉は誰しも聞いたことがあるでしょう。ひきこもりの原因を考えるとき、つい「家庭にも問題があったのでは」と考える人も多いかもしれません。実はひきこもりは、特に問題のないごく一般的な家庭にも起こりえます。そして、そこからさまざまな二次的な問題が起きてしまうこともあるのです。
筑波大学社会精神保健学分野教授・斎藤環先生は、日本で初めてひきこもり問題を提唱され、多数の著書をお持ちです。現在、先生の著書は世界中で翻訳され、ひきこもりという言葉も「Hikikomori」として海外でも使われています。ひきこもり問題の世界的な第一人者である斎藤先生に、ひきこもりの原因についてお話をうかがいました。
ひきこもりの原因はさまざまですが、きっかけとして大きいのは「不登校」と「退職」です。やはり最も多いのは、学生時代に不登校となり、そのまま卒業や退学になってひきこもりになってしまうパターンです。ですから稲村博先生(参照:「ひきこもりという概念の歴史(2) ひきこもりの概念が広まった事件」)は不登校との関連について警鐘を鳴らし続けてきたのです。そしてもうひとつは、会社を退職してからひきこもるパターンです。かつては就労経験を持つひきこもりは珍しかったのですが、最近はこのパターンが急増中です。
どんな方でも、ひきこもりのリスクを抱えて生きています。それゆえ1次予防として「未然にひきこもりを防ぐ」ことは、現時点ではなかなか難しい。むしろひきこもりになってから適切に介入を行う、という考え方のほうが現実的です。
ひきこもりについて、生物学的脆弱性(ストレスなどに弱い性質)やトラウマとの関連についてはまだ指摘されていません。遺伝との関連についても指摘されていません。厚生労働省の研究班でもこのあたりはほぼ手つかずです。調べれば何らかの関連性がみつかる可能性は否定しませんが「それをみつけてどうするの?」というのが正直なところです。
かつて文部科学省は、不登校について、「どんな家庭のどんな子どもにでも起こりうる」と画期的な「宣言」を行いました。ひきこもりについてもまったく同じことが言えます。統計的に検証できるような話ではありませんが、社会的な偏見を取り除くためにはこのくらい強烈な「カウンター」はありでしょう。もちろん、ひきこもりになりやすい方はもともと内向的だったり非社交的だったりという傾向は指摘できます。しかし、社交的な人がひきこもりになる場合も珍しくありません。「こういう人はひきこもりやすい」とは言えても「こういう人はひきこもらない」とは言えないのです。
何らかのはずみで社会からはずれてしまった人、そこから再度社会に参加できなくなった人がひきこもりになってしまうというふうに考えるだけで十分と思います。長く引きこもればひきこもるほど、本人は社会に参加しにくくなります。さらには、本人が社会参加したいと思っていても、家族が足を引っ張ってしまうことも残念ながらあります。それは、家族が世間体を気にして本人に過度なプレッシャーをかけてしまうような場合です。これは本人にとって非常に大きなダメージを与えてしまいます。
このように、支援者であるべき家族が足を引っ張ることでひきこもりをこじらせてしまうことは、誰にとっても不本意なことでしょう。実際、ひきこもり対応の基本は、「ひきこもった原因を探すこと」ではありません。「何が抜け出すことを阻害しているか」を理解し、阻害要因をひとつひとつ取り除いていくことです。残念ながら、大きな阻害要因のひとつが、家族の誤った対応ぶりであることが少なくありません。
治療者の間にも誤解があります。ひきこもりの治療や支援を過度に難しいものととらえてしまうことです。しかし、それは事実ではありません。ケースによっては家族対応だけで改善してしまう場合もある。私自身、一般的な臨床活動の中で、ひきこもりにだけ特別な対応をしているわけではありません。
ひきこもりの治療的支援は段階的になされます。①家族相談、②個人療法、③集団適応支援です。家族相談で重要なことは、本人がもう一回他者と触れ合うことができるように家族が協力することです。全体の8割ほどは、これによって改善します。そこで家族がすべきことについては、次の記事(「引きこもりを脱出したい人へ(1)―家族と本人の対話が大切」)でより詳しく説明します。
前述したように「ひきこもり」というのは基本的に「状態」です。もちろん病院で治療をする際にはなにがしかの「診断」をつけますが、診断名はそれほど重要ではありません。
加えて述べれば、通常の医学教育を受けた精神科医は、ひきこもりを統合失調症と誤診しがちです。青年期に部屋に閉じこもってなにもしなくなったら、まずこの診断名を思い浮かべるように教育されるからです。ひきこもりのことは教科書には載っていませんから仕方がないとも言えますが、もう少し社会情勢にも関心を持ってほしいものです。誤診によって間違った治療を受けさせないためにも、私たちは、ひきこもりと統合失調症の鑑別診断を慎重に行うようにしています。
不登校やひきこもりは「病理としては軽い」けれども「社会への適応レベルが著しく低下してしまう」という特殊な問題です。これは、本人の社会適応レベルが何らかの理由で一時的に低くなっているけれども、本人の健康度は比較的高い、ともいえます。また、だからこそ周囲の家族が変わることによって本人が変わる可能性が高まるのです。
筑波大学 医学医療系社会精神保健学教授
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