ペストとは、ペスト菌の感染により引き起こされる病気のことです。ペスト菌は、ペスト菌に感染したネズミやノミが保有する細菌です。発症するとリンパ節の腫れや発熱など強い症状がみられ、発症形態によっては命にかかわることがあります。日本では1926年以降発生例はありませんが、海外ではアフリカや南アメリカで流行が報告されています。ペスト流行地域に滞在する際は十分注意し、感染が疑われる場合はただちに病院を受診してください。
今回は、ペストの概要・病型ごとの症状・検査方法について、国際医療福祉大学医学部教授 渡邉治雄先生にお伺いしました。
ペストとは、Yersinia pestisという細菌(通称:ペスト菌)により引き起こされる感染症のひとつです。
ペスト菌は本来、ネズミなどのげっ歯類の間をノミが媒介するという感染サイクルを形成して生存しています。ヒトが偶発的に、ペスト菌を有するネズミなどに直接接触したり、感染したノミに噛まれたりすることによって、ヒトへの感染が成立します。
また、ペストの患者さんから排菌*されて空気中を漂うペスト菌を吸い込むことによっても、感染は成立します。
*排菌:感染者の咳や痰とともに、菌が体外へ排出されること。
ペスト菌は、ヒトに感染すると無治療では命にかかわるような強い毒力を持つ菌です。ペストを発症すると主に高熱が生じます。感染した菌は、リンパ節または他の組織に移動すると、そこで増殖する場合があり、治療しないでおくとかなりの確率で罹患者を死亡させてしまいます。
また、発症するとさまざまな部位に出血傾向*が引き起こされ、肌が黒ずんだ形で亡くなってしまうことから、ペストは「黒死病」と呼ばれ恐れられました。
*出血傾向:出血しやすくなったり、血が止まりにくくなったりすること。
ペスト菌は、本来はネズミやリスなどのげっ歯類の体内に保有され、アフリカ、アジア、アメリカなどの森林原野や山岳地域ではごく普通に生息している細菌です。ヒトに感染すると非常に強い症状を引き起こしますが、ペスト菌に感染したネズミの多くはキャリア(保菌している状態)として生存することがわかっています。
自然界では、ペスト菌の感染サイクルが存在します。ペスト菌に感染した動物をノミが吸血するとノミの血液中にペスト菌が含まれ、それがさらに他の動物へ移されていくという経路をたどって感染サイクルを形成します。ヒトが偶然そのサイクルに入り込んでしまったとき、強い症状を引き起こす病気がもたらされます。
ペスト菌は、1894年にアレクサンドル・イェルサンによって香港で発見されました。同時期に北里柴三郎も発見していましたが、イェルサンにちなんでYersinia pestis(エルシニア・ペスティス)と名付けられました。
ペスト菌は、ヒトに病気をもたらすエルシニア属の菌の一種です。ヒトに病原性があるエルシニア属の菌は、ペスト菌のほかにはY.enterocolitica(エルシニア・エンテロコリチカ)、Y.pseudotuberculosis(エルシニア・シュードツベルクローシス)という、食中毒を起こす2種類の菌があります。
エルシニア属の菌のなかではペスト菌だけが、ノミを媒介してヒトの体内へ入るという特徴を持っています。また、長い進化のなかで遺伝子の獲得や変異を繰り返し、ヒトの感染防御力によって排除されないような強力菌に変化しました。
ペスト菌は本来、他のエルシニア属の菌と同じように、腸管から体内へ入るという性質を持っていました。しかし、今ではそれに関与する遺伝子を失って、別の2つのプラスミド(染色体外性遺伝子)を獲得したことがわかっています。このプラスミドの内の1つが、ノミなどによってヒトの体内へ入るとき病気を起こす力を増強させるような因子(遺伝子)を持っています。
歴史的には、記録が残る限り3回の世界的大流行が発生し、多くの死者を出したことが知られています。かつて大流行が起こった地域はエジプト(541年)、ヨーロッパ(1346年)、インド・中国(1855年)です。
特に14世紀ヨーロッパではおよそ2,500万人、推定で5,000万人が死亡しました。この頃は下水道が発達していなかったことから衛生状態が悪く、ペスト菌を保有する野ネズミなどのげっ歯類が町や家などに入り込みやすい状態でした。また、このときペストは「黒死病」として恐れられました。
中世の暗黒時代はペスト菌によってもたらされたといわれるほどで、ペストを題材とした絵画や小説が数多く制作されました。
今では治療薬の普及や環境整備などが進み、過去3回発生したような規模での大流行はみられなくなりました。しかし、世界各地では不規則な発生例が報告されています。2017年時点では、コンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルーがペストの3大流行国になっています。
また、2010~2015年までに世界中では3,248件の発症例と584人の死者が報告されています。[注1]診断されず亡くなっているケースや、発症例をWHOに報告していない国があるとすれば、実際の患者数はさらに多いと考えられます。
注1:WHO Plague Fact sheet Updated October 2017
2017年に問題となったのは3カ国ですが、アフリカや南アメリカなどの地域では依然として流行が続いています。発症例があるのは、北アメリカ大陸のロッキー山脈周辺、南アメリカ大陸のアンデス山脈周辺、東南アジア、中東、ヒマラヤ山脈周辺からインド方面などです。
日本では、19世紀末から20世紀初頭にペストが流行しました。しかし、ペスト菌の発見者のひとりである北里柴三郎の指導もあり、1926年以降の発生例はないとされています。
仮にペストが発生しても、国内で流行する可能性は低いといわれています。日本では病原体が発見されて以降、上下水道の整備を整えたり、建物の土間を高くしたりして、衛生環境が改善され、ネズミが家などに入りにくい状況ができています。ノミ・げっ歯類との接触が少なければペスト菌は媒介されず、ほとんど流行には繋がらないと考えられます。
日本で流行する可能性が低いとはいえ、国際化が進んでいる現在、ペスト菌の感染には引き続き注意する必要があります。世界ではペスト菌に感染した動物との接触機会が存在するので、渡航者のなかから感染者が出る可能性は残されているためです。
そこで、流行地域に訪れる際は予防対策を講じるなど、十分な注意が必要です。ペストの予防対策については、記事2『ペストの治療方法と感染対策』で詳しく紹介します。
ペストは、ペスト菌に感染することで発症します。ペスト菌の感染経路は3種類あり、「ペスト菌に感染したネズミやノミなどに噛まれることによる感染」「空気中に漂うペスト菌を含んだ飛沫(ひまつ)を吸い込むことによる飛沫感染」「感染者や動物の死骸や感染組織への接触による感染」に分けられます。
ペスト菌はエアロズル(空気中のちりなど浮遊物)を介して感染するため、他の動物にも感染する可能性があります。犬や猫などがペストにかかり、さらにヒトへ感染してしまうケースは、全くないとは言い切れません。
ペストの病型は3種類あります。ノミに噛まれてペスト菌が体内(リンパ節など)に入る「腺(せん)ペスト」、ペスト菌が肺に感染したり、腺ペストが肺に移行したりして起こる「肺ペスト」、ペスト菌が血液中に回って全身に伝わる「敗血症(はいけつしょう)ペスト」です。
これらは完全に分類されるわけではなく一連の動態(変化)です。また、症状はそれぞれの発症形態に応じて異なります。
腺ペストは、ペスト菌を保有しているノミに噛まれることで発症するペストです。歴史的大流行と深く関連している形態です。ペストのなかでの発症形態の80~90%を占めるとされています。
腺ペストの症状としては、2~7日の潜伏期間の後に高熱・悪寒・頭痛・痛みを伴うリンパ節の腫れなどが現れます。この腫れは、有痛性横痃(おうげん)といって主に太ももの付け根である鼠径部(そけいぶ)にみられます。
体内に入り込んだペスト菌はリンパ*の流れにのり、リンパ節*内で増殖します。治療の効果がうまく反映されないときや無治療の場合には、さらに全身へ広がって各種臓器に関連した症状を生じます。たとえば肺に到達すると「肺ペスト」へと移行します。
*リンパ:毛細血管から滲出した液体。
*リンパ節:リンパ管(リンパが流れる器官)に存在し、細菌などを排除する器官。
肺ペストは、腺ペストが肺に移行した場合か、ペスト菌が肺に飛沫感染した場合に起こります。ペストの飛沫感染とは、重篤な肺ペスト患者の咳やくしゃみなどにより空気中へ散布されたペスト菌を吸い込むことで、ペスト菌が肺に感染することです。ペストのなかでの発症形態の約10%とされています。
肺ペストの潜伏期間は、腺ペストと比べてやや短く1~4日です。症状は、発熱や悪寒に加えて咳・痰・胸部の痛みなど呼吸器に関連した症状が現れることが特徴です。
敗血症*ペストは、ペスト菌が血液に回って全身に広がっている状態のペストです。腺ペストや肺ペストに続いて起こることがある病型です。
症状は発熱、悪寒、腹痛、出血傾向*、出血傾向に関連して足先や指先、鼻などの皮膚に生じる出血斑(しゅっけつはん:黒っぽいあざ)などです。
抗生物質のペニシリンが登場してからは、腺ペストの段階で治療できるようになり、敗血症ペストを発症して亡くなる方は減少しています。しかし、敗血症ペストまで進むと、医療が進歩した現在でも致死率が高く、治療しても命にかかわることがあります。
*敗血症:血液に細菌が入って全身に回り、重い症状になった病気のこと。
*出血傾向:出血しやすくなったり、血が止まりにくくなったりすること。
分離培養検査とは、病気の原因になっている菌を培養(ばいよう:人工的に増殖させること)し、種類を明らかにする検査方法です。ペストを疑う場合には、血液・痰・腫れているリンパ節などから浸出液を採取して培養します。
ペスト菌の特徴は、検査において多くの生化学的性状試験*で陰性になることです。そのため、培養時間が短いときは誤判定をしてしまうことに注意が必要です。ペスト菌の検査では、適切な培養時間を確保することが求められます。
*生化学的性状試験:性質と状態を調べ、生物の分類を判定する試験。
PCR(Polymerase Chain Reaction)法とは、病原因子(病気を起こす遺伝子)の有無を調べる検査方法です。ペスト菌が有する特別な遺伝子を確認する方法であるため、ペストの確定診断には有用です。
血清抗体検査とは、患者さんの血液中に存在する抗体*の量を測定する検査方法です。ペストの検査では「抗Fraction1抗体」と呼ばれる抗体の上昇量を調べます。抗Fraction1抗体を調べる血清抗体検査が実施可能な施設は、日本では国立感染症研究所のみです。(2017年現在)
抗Fraction1抗体は、ペスト菌が保有するFraction1抗原*に対抗してヒトの体内で産生される抗体です。患者さんは、感染後1週間ぐらい経ってから抗Fraction1抗体を産生します。そこで、抗体の有無を調べることにより、ペスト菌に感染したかどうかを判定します。
Fraction1抗原は、ペスト菌が保有しているエンベロープ*抗原です。この抗原は、ヒトに病気を起こさせるのに重要な機能を持っています。ペスト菌はエンベロープ抗原を保有することで、まるで鎧を被ったような形になり、病気を起こす力を強めています。
*抗体:細菌などの異物が体内に入り込んだとき、体から追い出すためにできる対抗物質。
*抗原:体内に侵入した異物、抗体と結合する物質。
*エンベロープ抗原:ウイルスを保護する外側の膜。
迅速検査キットは、15分程度でペスト菌を検出できる検査キットです。WHOのサポートにより普及している地域もありますが、日本では今のところ販売されていません。
ペスト菌の最終的な判定については、検査する材料が揃っている施設で行うことが望まれます。PCR法で必要なプライマー*が配備されている国立感染症研究所や地方衛生研究所では、PCR法などの検査が実施可能です。それ以外にペスト菌の詳細な検査が実施できる研究所はほとんどありません。
前述したように、ペスト菌は多くの生化学的性状試験で陰性反応が出るという特徴を持っており、鑑別が難しい細菌です。また、分離した菌を培養させるにはBSL-3の施設*が必要です。国内でペストの発生が疑われた際には、検体からの検査は地方衛生研究所や国立感染症研究所に相談しましょう。
*プライマー:DNAの合成をするために必要な物質の断片。
*BSL-3の施設:ペスト菌など、生物学的安全性レベル(Biosafety level)3の病原菌に対応する実験室。
ペストは一類感染症に指定されている疾患です。「感染症法」により、診断した医師はただちに保健所へ届け出を行う義務があります。
そこで、日本の病院などでペストが疑われた際には、まずは地域の保健所に連絡することが求められます。保健所では、ペストが疑われる患者(疑似患者*)を特定感染症指定医療機関に至急入院させるなどの対応を行います。次に地方衛生研究所、そのあと国立感染症研究所に連絡され、検査が進められることになっています。
*疑似患者:ある疾患に似た症状がみられるが、罹患しているとは断定できない患者。
渡航者のペスト感染が疑われる場合は、検疫法により、入国時に検査が実施されます。
空港では、同じ飛行機の利用者に臨床症状がみられるかどうかを調査します。また、ペストは発熱性の病気であることから、サーモメータ—で体温を計測し、38度以上の体温がある場合には隔離などの措置が取られます。船上では、感染拡大を防止するため海上で停留することがあります。
しかし、世間の関心が低い現在、ペスト感染者が入国時に見逃される可能性がないとは言い切れません。そこで、流行地域から帰国する際は検疫のブースで申し出るなど、自分自身で注意を払っておくとよいでしょう。
ペストの診断で重要視されるのは、診療の現場において医師がペストの可能性を思い浮かべられるかどうかという点です。仮に国内でペストが発生したとしても、臨床の現場で疑いを持つことさえできれば、速やかに隔離などの対応を行って感染拡大の防止につなげることができます。
しかし、ペストの患者さんをみたことがある日本の医師は現在ではほとんどいない状況と考えられます。医師は常にペストの可能性を頭に置いておき、発症を見逃さないようにする必要があります。
ペストの疑いがある場合、医師が確認するべき項目は下記の通りです。
国際医療福祉大学 医学部 教授
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